167 アニマルセラピー、コンビニ流。

「ただいま戻りましたーっと。アコニードさん、セリィさん、調子どうですかー?」

「語尾のびのびでテキトーなのです」

我ながら気の抜ける挨拶全開で自分の店の前まで帰ってきた私とアンジェちゃん。

疲労困憊でベッドが恋しい私に対して、アンジェちゃんは元気いっぱいだ。そりゃそうだよね。私が実演販売やら無給レジヘルプやらをしている間、彼女は関係者面して事務所で悠々とお昼寝してたんだから。

「……ってなにこれ?なんか不自然なほどにお客様多いけど……デジャブ?」

自らの店の異様な雰囲気を感じ、私は店に入るのをやめてガラス越しに店内の様子を窺い始める。こういう時、ガラス張りのコンビニの造りって便利だよね。

「入らないのです?もしかして何かわるいこと企んでるのです?この店をおそっちゃうとか」

足元でアンジェちゃんが物騒なことを言っているけど気にしない。てか襲うも何も、私の所有物なんだけどな、このお店。


店内には大体三十人くらいのお客様の姿が確認できるが、売場を回り商品を選び取っている方は一人もいなかった。もれなく全員がレジカウンターを囲み、何かを熱心に見ているようだ。何してるの?コンビニのレジなんて今更熟視する物でもないでしょ?

「なんかさっきの二号店みたいだ…」

嬉々として伯爵さんを取り囲んでいた二号店の群衆たちが脳裏をよぎった。

不自然な点はそれだけではないようだ。

「あれ?物珍しい魔術具だからって、いつも皆かごを使いたがるのに……今日は誰も持ってないな」

とうとう飽きられちゃったかな、かごの存在にも。まぁただのかごだしね。

「いつまで悪だくみしてるですー?あたし今日はもうつかれたのです。早くねーさまに会いたいです」

アンジェちゃんが私の裾をくいくいと引っ張りながら、可愛く催促してきた。

「あ、うん、そうだね!入ろっか。リーリャさんもきっと待ってるよ」

あれこれ推測してても仕方ない。私はアンジェちゃんの手を引いて我が家に入店する。



テロリロテロリロ

「ただい……」

「おう、アリさんおかえり。お疲れ」

「あ、アリ様、おかえりなさい!早速こちらへ!」

「お疲れ様でございました、店長。どうぞこちらへ」

「これは画期的な発明ですよ、アリ様!是非一番前でご覧になってください!!」

「へ?」

入店早々私の挨拶も置き去りにして、何故かバイトのセリィさんからもお客様の皆様からも、同時にたくさんの手招きをされた。

「おかえり、アンジェ。アリ様にご迷惑をかけなかっただろうな?」

「ねーさまっ!問題なしです、あたしがめんどうを見てあげたのですからっ!!」

「あっ……行っちゃった……」

保護者リーリャさんを見つけて嬉しそうに行ってしまったアンジェちゃん。彼女に振り払われた手に寂しさを感じつつ、私は皆に言われるがままレジ前に向かう。


レジカウンターの上にちょこんと、それは居た。

「……何これ?リス?え?誰のペットですか?ペットを連れてコンビニに来るのはお断りなんですが……」

目の前の小さなそれは、紛れもなくシマリスってやつだ。ちょこちょこと動き回り細いヒゲをピクピクさせ、あちこちキョロキョロと視線を走らせている。

って、ゆっくりと観察している場合じゃない。この子、どうしよう?食品を取り扱うコンビニではとにかく衛生第一、故に動物はNGなのだ。とりあえず外に逃がさなきゃだよね……

「アリ様、違いますよ。それはペットじゃないです!この僕がご説明します!」

二時間前にシフトが終わったはずのトラバーさんが、大袈裟に挙手しながら事務所から飛び出して来た。ユニフォームも着たままのトラバーさん、もしかして勝手に二時間残業してた…?居残りなんてしなくても業務は回るように、シフトもちゃんと調整していたはずなんだけどな…?オーナーの許可なしに長時間残業されたら、時給を払う身としてはキツいんですよ。

まぁいいや、そこら辺の詳細は置いといて。今はそれよりも、一レジを我が物顔でちょこちょこと走り回っているリスちゃんの方がずっとずっと気になるし。

「じゃあ野生ですか…?ちゃんと動いているから生きてますよね?」

「生きてますけど、でも魔術具ですよ!しかも超画期的で革命的な新魔術具です!ねー、セリィさん」

トラバーさんに話を振られた仕事中のセリィさんが、わざわざレジから出てきて説明してくれた。


「僭越ながらご説明させて頂きます。本来魔術具とはただの道具、その姿は多種多様であれど、どれも必ず無機物でございました」

「たしかに……やけに動物モチーフの魔術具は多かったですけど、どれも生きてはなかったですね。人間の右手の石膏とか鷹のステンドグラスとか、黒ヤギさんの置物とか」

突如始まったセリィさんの魔術具講義。長老さんのそれよりもずっと、落ち着いてて聞き取りやすいし相づちも打てるし、おかげで話に集中できる。長老さんの講義はやたらとハイテンションだし、話長いんだもん。集中力もたないよ。

「しかし今回、長老様率いる我が魔術具研究所は、一つの快挙を成し遂げました。それがこのシマリス型接客用魔術具です。これは初めて成功した、生命を持ち自らで考えて動く魔術具なのです。憧れの伝説の魔具にも劣らぬ新発明。これも全てヴィスリーター様の有翼チーター様や、店長のお力添えあってのことでございます。非常に参考になりました。誠にありがとうございます」

「はぁ……どういたしまして…?」

私、別に何もしてないと思うんだけどな……

「それで、このリスちゃんは魔術具だから衛生面は心配ないってことでいいんですか?」

「左様でございます」「すごいでしょう!」

何故か人一倍偉そうにしているトラバーさんはいいとして。

つまりこのリスちゃんはペットや野生動物ではなく、衛生的なロボット的な存在ってことだ。何でもありだね、魔術具ってのは。

私は取り囲むお客様と一緒になって、カウンターの上の小動物を眺める。

「この子も魔術具なんですよね?一体何をしてくれるんですか?さっき接客用って言ってましたけど……」

「それは…」

「見てみれば分かります!すっごいんですよ!ではアリ様、是非先頭でごゆっくりとご覧ください!」

制作者であるセリィさんを差し置いて、やっぱり何故か終始自慢げなトラバーさん。彼に腕を引っ張られて、私は見慣れたレジカウンターを改めて凝視する。


カウンターを占拠するシマリスちゃんは、本人にとっては砂漠級に広大であろうレジカウンターをちょこちょこと走り始めた。そしてレジマシンに辿り着くと、本人にとってはエベレスト級に雄大であろうレジを登り始める。

キッキュッ

あっさりと登り終えたリスちゃんは小さくて可愛らしい鳴き声と共に、小さな手でスキャナーをペタペタと触る。そして本人にとっては岩山のように巨大であろうスキャナーを、よっこいしょと背負った。スキャナーをよく見てみると、白い紐が上手く結びつけられていて、リスちゃんがリュックのように背負えるように改造されていた。

「へー……誰が改造したのかは知りませんが、器用なもんですねぇ……」

「あっ!それ、僕がしたんです!凄いでしょう!アリ様、もっと誉めてください!!」

まるでお手が成功した飼い犬のように、賞賛を求めてくるトラバーさん作だったらしい。

大荷物を背負ったリスちゃんは元来た道をちょこちょこと戻ってきた。

「ではいよいよ自分の出番ですね!アリス様、自分の活躍をとくとご覧ください!!」

謎の意気込み満載のトルステンさんが、人混みを掻き分けてシマリスちゃんの前に躍り出た。

「どうぞ宜しくお願いします!」

リスちゃん相手に低姿勢なトルステンさんは、手に持ったお茶やパンを並べて置いた。

「あ、凄い。全部バーコード側を上にして置いてある。とっても親切なお客様だ」

日本時代の常連様にも、似たような親切な方はたまにいたなぁ……けっこう嬉しくなるんだよね。


私が勝手にほっこりとした気持ちに浸っている間にも、シマリスちゃんはちょこちょこと走り商品に登って。

ピッ

リスちゃんが九十度の深々としたお辞儀をすると、背中のスキャナーがバーコードを読み取った。

「え?やば、何この優秀リスちゃん」

リスちゃんは次々に商品の元に走り寄り、丁寧にお辞儀をしてテンポよく商品を読み取っていく。私もたまにやっちゃう、二重スキャンとか読み取りミスなんてのはまったく起こさない。その正確さはまるで、本人にとっては水平線の彼方であろうレジ画面が、ちゃんと見えているかのようだ。

キュキュッ

レジカウンターに並ぶ全ての商品に対してお辞儀し終えたリスちゃんは、こちらを見上げ小さく首を傾げる仕草を見せた。

「……かわいすぎる……」

実物のリスちゃんを間近で見たのはこれが初めてだけど、こんなに可愛いのか……


「五点で620ミオンですね。ではリスさん、700ミオンでお願いします」

トルステンさんはお客様用の画面をチェックし、コイントレーに丁寧に小銭を並べる。

「あ、凄い。お金を投げない優しい置き方だ。一目で分かるように綺麗に硬貨も並べてあるし」

チチチッ

リスちゃんはまたもや可愛い鳴き声をあげると、トルステンさんが丁寧に並べた硬貨を一心不乱に口の中に詰め込み始めた。

「有名なリスの頬袋だ……初めて見た……」

計七枚の硬貨をすいすいと口中に収納し終えたリスちゃんは、再びレジの高山を登り始める。口の中と背中の大荷物も何のその、今度は従業員側の金額ボタンの上を行ったり来たり、斜面の足場を忙しなく走り回っている。ただ見守っているだけの側からすると、落っこちないかヒヤヒヤする。

チチッ!ガシャッ!

私の心配をよそにリスちゃんが、危なげもなくボタンエリアを走り終えると、お金をしまってあるキャッシャーが開く。

「あ、リスちゃんが走り回ってたのは、預り金を入力してたのか。そうしないとお釣りを入れてあるキャッシャーが開いてくれないからね。防犯上必要なシステムだけど、ぶっちゃけちょっと面倒なんだよね」

今度はキャッシャーの中を駆け回っていたリスちゃんは、軽快に下山し青いコイントレーの上までやって来て。

逆再生動画を見ているかのように、口から硬貨を取り出してコイントレーの上に綺麗に並べた。

「お釣り80ミオン、ちょうど頂きました。ありがとうございました、リスさん…………どうですかアリス様!自分とリスさんの大活躍、ご覧になりましたか?!これこそ我らエルフが女神である貴女様に一歩近づいた証です!」

皆が大騒ぎする新発明リスちゃんは、商品スキャンからお会計までの一通りのレジ接客を小さな身でこなす、スーパーリスちゃんだった。

「すごい……優秀だし可愛いし……これは夢中で見守りたくなる……」

このあと暫くの間、リスちゃんの長い長い大冒険を、従業員もお客様もみな顔を揃えてじっくりと見守ってしまっていた。



「アリ様、どうですか?!僕らの最高傑作魔術具は?!!」

「なんでトラバーが誇ってんだよ。これは長老やセリィが頑張った結果だろ?」

「それは言っちゃいけないお約束だっ!」

漫才師みたいなトラバーさんとアコニードさんを無視して、セリィさんが丁寧に提案してきた。

「このリス様はまだ試作段階でございます。なので彼の活躍の太鼓判を押すことは出来ませんが、しかし幾分かは店長のお役に立つことが出来るかと思います。使用の許可を頂ければ、代金は不要でございます。如何でしょうか?」

「そうですね……レジスピードに多少の難ありなので、さすがに通常採用するのは無理ですけど……たまにお願いするのはいいかもです。じっくり考えてみますね」

店がやばいくらい暇な時とかに、このリスちゃんは大活躍するかもしれない。従業員の休憩回しや、客寄せパンダとして。

『動物がコンビニ商品にべたべたと触れたり、お金を口に入れるのは、食品衛生的に大丈夫なんだろうか…?』という疑問が頭をよぎったけれど、無視することにした。野生動物じゃないし、魔術具だし。

だから目をつけないでね、チェーン本部と消費者センターと、あと毒舌SVの早寺さん。


デモンストレーションのトルステンさんに続き、三人のお客様のレジ接客をこなすリスちゃんを見守って。この後は通常のバイトさんによるレジに戻す……はずだった。

「今日だけでも!リス様を残してください!!」

しかしお客様方の熱望により、急遽リスちゃんにも働いてもらうことになった。

二台のレジの内、異世界語翻訳済みのレジをバイトのセリィさんやアコニードさんが使い、日本語のままの私専用のレジをリスちゃんが走り回ることにする。どうやらリスちゃんには、異世界語も日本語も等しく必要ないみたいなので、使わないレジを任せてみたのだ。よっぽど混んだらリスちゃんの代わりにヘルプで入るつもりだけど、私は本来今日は休みだし。

「スキャンしか出来ないから、フライヤーや珈琲とかの販売できない商品もあるし。だからバイトさんレジと上手いこと差別化できると思ったんだけどな……」

しかし。

「リス様!次はあたくしですわ!さあどうぞ!!」

「新開発の魔術具は素晴らしいな!輝きが違うぜ、輝きが!……悪いなアコニード、今日ばかりはリス君に頼らせて貰うぜ」

「ああ、お客さんが好きな方のレジを選ぶのは自由だぜ。でもたまにゃ俺らの方も使ってくれよな!」

私の目論見は大外れだった。全お客様がリスちゃんレジの前に行列を作り、彼の一挙手一投足に歓喜の声を上げ続けていた。

「こんなに大人気なら、正式雇用しちゃおうかな?」

エルフさんやリスちゃんを雇う超レアなコンビニになる日も近いかもしれないね。



「はぁ……今日もなんだか長い一日だった……」

バイトさんだけのコンビニ運営(二回目)も何事もなく終え、遅番のセリィさんとアコニードさんが仲良く退勤したあと。店に一人残った私は、事務所で紅茶をお供に事務作業に勤しんでいた。

「レジ内金庫の補充も釣銭用硬貨の在庫も大丈夫……わざわざ銀行に行かなくても、魔具一つで両替が済むのはやっぱり楽だなぁ……両替手数料とかもないし」

眠気覚まし代わりの一人言はまったく止まる気配がない。今日はシフト入ってないからいつもより疲れてないはずなんだけどなぁ

「二号店の発注は入力完了……ラースさんから貰った納品希望リスト通りに明後日分を入れといたけど、大丈夫かなぁ……?今日や明日の納品総数の倍くらい大量に入力したんだけど……過剰ロスにならないといいけど……今日の感じを見る感じ、心配し過ぎなくても平気かな?いざとなったら伯爵孫アンゼルムさんのカリスマパワーでどうにかするのかな?」

私がいくら頭を悩ませても仕方がないことは気にしないに限る。なんとか売るでしょ、多分。

私は気持ちを切り替えて、二台ある発注タブレットを持ち替えた。メインで使っている一号機が当店用、サブで使わずにずっと事務所の充電器に眠っていた二号機が二号店用になっているのだ。

「これも一体どういう原理で設定したんだろうなぁ……?元々はどっちのタブレットも、見た目も中身もおんなじだったはずなのに。所詮事務所のパソコンと送受信してるだけだし……それを店舗毎に変えちゃうなんて」

じゃあなんで二台もあるのかって?発注担当者が複数人いるような、人材豊富な店舗の為ですよ、多分!全従業員三人且つ、どの時間もほぼワンオペで回していた昔の当店には、二台のタブレットなんて無用の長物だった訳だ。

まぁ何も考えずに使える物はありがたくフル活用する精神で、今はとにかく発注を終わらせよう。さっさと帰りたいし。


「おーわったあ!」

タブレットとにらめっこして数十分。何千種類かも数えたくもないくらい大量の商品の発注を終えて、私は大きく伸びをした。

こう表現するとやばいくらい重労働に思える発注作業だけど、慣れちゃえば一人で一店舗丸々を管理するのも早くなってきた。まぁ大体決まったいつもの商品を、いつもの数だけ取るだけの作業だし。

充電が残り二割を切ったお疲れなタブレットを充電器に戻した時、その隣に置いてある物が目に入った。

「発注用の黒マウス型の魔具……異世界間両替機のがま口の魔具……それにさっきの、愛玩レジリスちゃん……」

今日見た物たちが自由に脳内を駆け巡り、勝手に連想ゲームを始め、とある一人の少年が思い浮かんだ。

「怒らせちゃったままずっと会えてないし謝れてないけど……元気かなぁ、ベル君」

魔術具オタクの長老さんですら持っていない魔具を何故か所有していて、私に貸してくれた恩人のリス耳少年。仲直りしなきゃとは思っているものの、彼はあれから一回も来店していない。私から彼の家に出向くべきなんだけど、通常営業や二号店関連の忙しさばかりに思考が向いていた。

「……いや、本当はただ、なんて言えばいいか分かんなくて、勇気が出ないだけなんだよな……忙しいとか、『仲良くなった常連様が突然来なくなるのは、コンビニにとって日常茶飯事』とか、そんな言い訳ばっか並べてさ……はぁ……」

大きなため息と共に、カップに残ったカモミールを一気に飲み切ったと同時に。

プルルルルルルルル

「うげ、早寺さんだ……」

頼もしくもあり心労でもある当店SVからの連絡のせいで、どうやら今日はまだ終われないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る