166 カリスマの、独壇場。
自分の店やコンビニ商品が大人気になって、たくさんの笑顔と売上に満ちた店舗にすること。それを常日頃から夢見てはいた。
でも。
「おい、そのお茶は俺が先に取ったはずだ!横取りすんじゃねぇ!!」
「うるっさいわね!あんたこそ取りすぎよ!!もっと分け与える精神持ちなさいよおっ!!ほら、そのかごに入ってるお菓子よこしなさいっ!!」
「ねぇちょっと店員、この『つなまよおにぎり』ってのはもうないの?!どうせ裏に隠してるんでしょ!!さっさと出してよ!!」
人気になったからって何も、こんなに醜く激しく争わなくたっていいのに……そんなに奪い合わなくたって、ちゃんと明日にも納品はあるから……昨夜も必死に二店舗分の発注を入力してきたから……
緊急避難させてもらった事務所から少しだけ顔を覗かせる私は、恐怖半分呆れ半分で売場の惨状を見ていた。
ちょっと売場を歩くことすらままならないほどたくさんの民衆が詰めかけている店内。さっきまでは伯爵さんとラースさんの挨拶を熱心に聞いたり、私の食レポ実演販売をサーカスでも見るかのように眺めていた彼ら。それが今は、怒号を上げ手にしたかごを振り回し、我先にと棚に並ぶ商品に手を延ばし、あろうことかお客様同士で商品の奪い合いまでする始末だ。
「きっと心によゆうがないのですね、みんな。よゆうがあればゆずり合いができるはずなのです」
私の真下で同じように売場を眺めるアンジェちゃんの感想こそが、この世の真理なのかもね。
今日来訪した時は、お客様も店員さんもいなくて、代わりに閑古鳥の群れが住み着いていそうだったこの二号店。そんな店がどうしてこんなに変わったのか?
それはもちろん、体と心と財布を費やして人体実験になった私のおかげ……って言いたいけれど、実はそうじゃない。
「はぁ、大人気だねぇ。凄いじゃんか、あんたの商品……いや、俺のカリスマパワーのおかげだったりするかもな?」
全ては私の右隣で実に楽しそうに表を眺める、彼のおかげなのだ。いや、彼のせいとも言えるかもしれない。
「……これで買った商品は、一通り食べました…ふぅ……皆様ご満足でしょうか……?」
たくさんの観衆の視線を一身に集め続けた私が、隊長さんの指示するままにコンビニご飯を試食しまくって数十分。ようやく、二十近くあった商品を食レポし終えた。
「う……おなかいっぱいすぎてヤバイ……」
いくら一口ずつとはいえ、二十種も食事をして見せたのだ。さすがに食べすぎた……暫くは体重計乗れないな……
こんなに体も財布も張ったのだから、きっとみんな感銘を受けて、コンビニ商品が欲しくて欲しくてたまらなくなっているはず……そんな期待を込めて、私は観客の様子を伺ってみた。
「たしかに美味しそうだわ。特にあの『なんとかじゅーす』が気になるわ…でもねぇ…」
「そもそもあんな、どこの家かも分からん小娘一人の感想なんか、信用できねぇよな」
「だよねー……実はすげー味音痴で、嘘八百並べ立ててる可能性もあるもんね?」
「 最初にバルシュミーデさんは、信用できる知り合いの家の子女だって言ってましたけれど……それもどこまで信じてよいものか……」
私の渾身の食レポショーは、なんと思った以上にまったく響いていなかった!まったくもう、この街の人間はどんだけ人間不信なの?!
しかし私が今ここで怒りに身を任せてしまうのは逆効果だ。そんなことをしても、私への疑念の目が更に強くなるだけだからね。ここは……
私は無言で周囲に助け船を求める。店長のラースさんは……ダメだ。偉そうに座ってる伯爵さんにつかまってて忙しそうだ。じゃあ…
「おい、なんだ?その不満ありげな視線は?何が言いたい?俺は何も知らんぞ」
私は右隣に立つ、警備隊長さんことバルシュミーデさんに視線を走らせた。ついさっき彼のお名前を聞いたけど、噛みそうだからやっぱり隊長さんと呼ぼう。
隊長さんはビシッと整えた短い黒髪を何度も神経質に撫でつけたり、頬や頭を行儀悪くポリポリと掻いたりしている。わざとらしく私から目を逸らしているようにしか見えない。察してもらうのは諦めて、ちゃんと要求は口に出そう。
「私の努力をどうにかしてくれませんか、隊長さん」
「断る。自分で頑張るんだな」
しかしせっかくの要求は、あっさりとバッサリと切り捨てられた。酷い話だ。
「やっぱり信用するのはやめよう、あんなピンク髪の派手な女」
「そうね、そうしましょう。伯爵様にもご挨拶できたことだし、そろそろ帰らなくちゃ」
「そうですね。私も仕事を残して来ていますから」
私たちがこそこそと密談している間にも、観衆の不信任決議はどんどん進んでいく。たくさんの人の群れの端っこでは、出口近くに立つ人が帰宅準備を始めている様子まで確認できた。やばい、このままじゃこんなにたくさんの来客数を逃してしまう!
「ちょっ、待って……」
舞台代わりにしていたレジから出ようと身を乗り出した瞬間。突然真横から誰かの手がぬっと出てきて、私の目の前のコロッケパンをひょいと奪い去った。
「おっ、なかなかうめえじゃん、このパン」
私が一口齧ったパンを抵抗もなく口に運んだのは、見知らぬ男性だった。
年齢は二十代前半くらい。後ろで一まとめにした、三つ編みに結った金髪は腰まで届いていて、彼がキザな動きをする度に後ろでユラユラと揺れている。目鼻立ちはくっきりして綺麗な顔なのに、その顔中にはシルバーピアスが刺さりまくっている。耳周辺は言わずもがな、鼻や唇や舌まで鈍い光を放っている。そんなに穴だらけにして痛くないのかな?
「それよりも……何処かで……?」
その端正な顔立ちやピアスには見覚えがあるようなないような気がして、晴れないモヤモヤが記憶の隅に引っ掛かっている。
視線を下ろして彼の服装をようやく確認したと同時に、そのモヤモヤは無事に晴れた。顔のインパクトが強すぎて随分気付くのが遅れちゃった。
「……あ。そのユニフォーム、うちの……」
彼はピアスまみれの顔には似合わない、当コンビニチェーンのユニフォームを着ていた。
「うちのってことは、やっぱりあんたもこの店の関係者か。同じバイト同士、宜しくな、お嬢ちゃん」
手慣れた素振りでキザなウインクを投げてきた男性は、やっぱりこの店のアルバイトさんらしい。
そうだ、どこかで見た顔だと思ったら、前回の視察の時に監視カメラ越しに見たんだ。ラースさん率いるバイト研修の様子をカメラで見ていた時に、無愛想なお客様役をしていた男性だ。店員役の女の子が袋とかフォークとか色々聞いても、一切返事もしなかった気だるそうな態度をよく覚えている。
でもあの時とはかなり雰囲気が違うような……?もっと無口で無表情な、いかにも陰キャです、って感じだったのに。それが今では。
「パッケージ取った姿は今初めて見たけどよ、へぇ、なかなか上手そうな料理だったんだな。もっと早く知ってりゃ、陳列業務ってのももっと楽しくなったのかもな」
流暢に喋りながらも、コンビニ商品をパクパクとつまむ彼の手は止まらない。あっちのツナマヨおにぎりをパクリ、こっちのプリンを一口、そっちの缶ジュースをごくりと、忙しくあれこれをつまみ食いし続けている。
「お、この三角の黒いやつ、中身は真っ白な美人ちゃんなんだな。美白すぎてこれ以上食べるのが申し訳なくなるぜ」
「甘くとろける口どけが最高に俺を惑わしてくれるぜ……なんて罪作りなレディだ」
「喉にガツンとくるこの刺激、嘘だろ?これノンアルなのかよ?そのくせ満足度高めで最高だな!惚れちまいそうだぜ」
そしていちいち述べる褒め言葉もなんだかキザっぽい。というかナンパっぽい。謎にコンビニ商品を擬人化しているし。これがいわゆるチャラ男というかプレイボーイというか、そういうのなんだろう。ぶっちゃけ私は苦手だ。
というかあなたが今パクパク食べまくっているそのコンビニご飯たち、全部私の自腹購入なんですけど。
顔に出てしまっているドン引きな気持ちを、どうにか押し殺そうとしていたら。
「気に入ったぜ、俺。おーい、じいちゃん。今日のメシはこれにしようぜー!いい加減うちの屋敷のシェフの料理にも飽きちまったぜ」
クルリと振り返った彼は、突然誰かに向かって手をブンブンと振り始めた。
「フン……好き勝手言いおって。お主一人で勝手に食べておればよいわい」
そして彼に返答したのは、行儀悪く肘をついて偉そうに座り、大袈裟にため息をついた伯爵さんだった。
「えっ?!もしかして伯爵さ…まのご家族ですか?全然顔似てないですけど……」
「やっぱり……やっぱりお元気だったのね!若様!」
「お姿を拝見するのは何年ぶりだろうか…」
私はここに来てようやく、観客のどよめきに気がついた。
「ねぇ、よく見たらお召し物がラース君とお揃いみたいだけど……もしかして……」
「そう、この俺、アンゼルム・S・リットンケルヒは、この店の従業員なのさ!宜しくな!」
「うおおおっ!」「きゃあああああっ!!」「最高だわあああっ!!」
プレイボーイさんことアンゼルムさんの挨拶とウインクに、その場のボルテージはあり得ないほどに盛り上がった。
「じゃあ堅っ苦しい催事はこれで終わりな!みなの者、ご苦労であった!なんてな。今日は会えてよかったぜ!」
いつの間にか勝手に場の主導権を握っていたアンゼルムさんが、勝手に終了の挨拶を大々的にして、一旦はお開きになった。
それから幾時も経たずして。伯爵さんや警備兵や隊長さんたちは本当に顔見せをしただけであっさりと帰ってしまい。伯爵さん目当ての民衆も帰宅する…かと思ったら。
「ここで金を遣えば遣うほど伯爵様のご機嫌が良くなるはずだ……」
「アンゼルム様が召し上がっていたデザートはこれかしら?これをたくさん食べればつまり、憧れのアンゼルム様とお揃いになれるわ!ああ、どうしてたった四つしか在庫がないの?!」
民衆もといお客様方は、次々に売場に並ぶ商品を手に取り始めたのだ。
これが冒頭のコンビニ商品奪い合い大騒動である。
「うわあ……何これ、暴動寸前じゃん……大丈夫かな、この街の治安……?」
そして私は特別に立ち入りを許可された事務所のドアを半分開けて、地獄絵図の売場の様子を肝を冷やしながら観察しているのだ。
「この世界で私自身がエルフさん相手にコンビニ営業を始めた時も、似たような大騒ぎではあったけど……さすがに目の前のこれよりはもっと品位も落ち着きもあったはず……あの時よりもお客様はもっとずっと必死みたい……ってことはもしかして彼の影響力は、女神様疑惑のある私よりも強いってこと…?伯爵さんの孫パワーえぐ……」
私はくるりと振り返り、事務所内で雑談に夢中な二人に視線を走らせた。ぶっちゃけもう、鬼気迫まった売場を見ていたくなかった。怖いもん。
「さすがはこの街の住民だぜ!金の使い所がバッチシだ!それもこれも俺とじーちゃんのカリスマのおかげだな!」
アンゼルムさんは自らの影響力に酔っているのか、額に手を当てうっとりとしている。
「アンゼルム君、堂々と正体バラしちゃって本当に大丈夫だったの?面接では自分がここで働くことは秘密にしたいって言ってたよね?だからキャラチェンまで練習してたのに」
そんな恍惚とするアンゼルムさんの真横で、店長のラースさんはなんだか深刻そうな顔をしている。地味に距離もあるし売場の喧騒が事務所内にまで響いているから、会話の内容まではよく分からないけれど、何か重大なお話なのかな?
「店長、もう今更さ。俺をここに派遣した張本人が凱旋して来た以上、孫の俺が無関係のふりし続ける訳にもいかねーじゃん?それにあそこで名乗り出たおかげで、初日から売上上々だぜ?」
アンゼルムさんはあっけらかんとした表情をしているし、やっぱりたいした話ではないのかな?
「お?どうしたんだお嬢ちゃん。俺が気になるのかい?光栄だね」
私のじろじろとした視線に気づいたのか、アンゼルムさんとラースさんが並んでやって来た。
「あ、いえ、別に……」
「じゃあ気になるのは俺の影響力かな?俺の魅力のおかげで絶賛大盛況だからな」
「はぁ……」
間違ってはいないけれど。なんだかちょっと苦手だなぁ、この人……
「まぁ結果的にアリちゃんの頑張りが実ったのは君のおかげだけど……でもダメだよアンゼルム君、女性の食べかけを勝手に口にするのは。特にアリちゃんのは許さないからね」
腕を組みながら頬を膨らませているラースさんの隣にスッと移動しておいた。
「それにしても、権力って凄いですね。コンビニがこんなに大盛り上がりなのは嬉しいです」
初めからこの人がやればよかったんじゃん、食レポ担当……私の頑張りは一体何だったんだ……恥ずかしいのを我慢して人前で白々しい演技までしたっていうのに……
「アンゼルム君に頼ることも最初はちょっと考えたんだけど、彼は素性を隠して働きたいって希望だったから諦めたんだ。それに何よりも、本来今日はシフトなかったからさ、アンゼルム君」
私が何も言わずとも不満を感じ取ってくれたラースさんが弁明してきた。
「なるほど、シフト外なら仕方ないですね……」
固定シフトで生活を支配されている私としては、納得せざるを得ない理由だった。
「あ、レジ並び出してきましたね」
売場に散らばって各々商品を選んだり奪い合ったりしていたお客様が、続々とレジに並び始めていた。バラバラに来店したお客様たちが何故か同時にレジに並ぶ現象、コンビニあるあるだね。
「本当だ。さすがに二人だけじゃキツいかな?店長の僕も気合い入れて出ないとね」
「ラースさん、私も手伝います。この街オリジナルのレジマシンは扱えないけれど、袋詰めとかなら出来ますから」
「いいの?アリちゃんはシフト外どころか他店の子なのに」
「構いませんよ。一応ここのせきにん……いえ、何でもないです。とにかく行きましょう!お客様を待たせちゃいけません!!」
危ない危ない、近くにバイトのアンゼルムさんがいるんだった。私の正体をここで口を滑らせたら、お忍びの意味も変装の意味もなくなっちゃうもんね。
「……ありゃーしたー」「次どーぞー」
やる気のないキャバ嬢的な女性アルバイトさん二人が、とろとろと入力や袋詰めをする一番レジと。
「ありがとうございましたっ!またどうぞお越しください!」「お品物重たいのでお気をつけください」
眩しい笑顔と元気を振り撒くラースさんと、その隣で出来るだけ存在感を消してお品物と袋とお客様に向き合う私の二番レジ。会計を捌くスピードは、一番レジの倍くらい速そうだ。
こうして非常にアンバランスな二台のレジ体制で、売場を埋め尽くしていたたくさんのお客様方の対応は進んでいく。
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