第3章 学園生活

第1話 10組は武闘派です

 学園生活が始まって、すでに一カ月が経過していた。新入生たちも、そろそろこの生活に慣れてきたころだ。


 サクラコの通う王立学院では、毎週一回一時間ほど、昼休みの後にクラスルームの時間が設けられている。


 ケトラーは教室に入り教壇に立つと、生徒たちを見回して言った。


「今日は、このクラスの学級委員長を選出したいと思います。選出方法について、ご意見のある方はどうぞ」


 にわかに、生徒たちがざわざわし始める。


 しばらくして、一番後ろの席に座っている大柄の男子生徒が口を開いた。


「どうせ、このクラスのヤツぁみんな、お勉強が出来ても魔力が無ぇとか、魔力があってもお勉強がザンネンなヤツばかりなんだろ?」


 クラスを見回しながらそう言った。いきなり失礼な発言をしたこの少年の名はジェイル・ボルシンガム。ヴィラ・ドスト王国の北方に領地を持つボルシンガム辺境伯の令息である。


 彼は言葉を続けた。


「だったら、クラス分けテストには無ぇ、剣の腕で決めたらいいんじゃね?」


 学級委員長選出を剣の試合で決めようと言い出した。

 それならそうと端的に言えばいいものを。先の失礼発言は煽りだろうか? 炎上狙い?


「まったく。辺境にお住いの方は、本当に野蛮ですのね。そういうのを『脳筋解決』っていうのよ。獣を追いかけて剣ばかり振っていると、頭の中身まで筋肉になるのかしら」


 女子生徒の一人がため息交じりに言う。

 彼女の名は、ニーナ・ユレン。ユレン伯爵の娘である。


「ここは、やはりクラス分けテストの成績が良いのではなくて?」


 そう言うと、ニーナはサクラコの方を見て薄い笑みを浮かべた。

 クラス分けテストの成績順となると、サクラコは最下位。学級委員長の候補から外れる。


 仕方ないかと、ちょっと複雑な心境のサクラコ。

 サクラコは学級委員長という役職に魅力を感じているわけではなかった。

 図書委員でも、生き物係でも別に構わないと思っている。


 ただ、王立学院において彼女の兄たちは、当然のように学級委員長や生徒会長を務めてきた。

 なのに、自分は学級委員長の候補にすら上がらないということになる。


 それはそれで少し寂しい。


 サクラコはふたりの議論を聞きながら、俯き加減に作り笑いを浮かべていた。


 ニーナの言葉にジェイルは激高して立ち上がった。


「んだとっ! おいっ、姫さんもなんとか言えよっ! クラス分けテストの成績なら、あんたは論外だぞ。いいのか?」


 ニーナを指さしながらサクラコへ顔を向けて怒鳴る。


 サクラコの肩がビクッと跳ねた。

 クスクスと教室のあちらこちらから押し殺した笑い声が聞こえる。


 サクラコはぎこちない王族スマイルを浮かべて、おずおずと視線を上げた。

 その様子を見たジェイルがさらに煽る。


「ああ、お姫さんは剣なんか振らねぇもんな。オマケに成績はクラス最下位だし。オツムも腕っぷしも、ダメダメ姫かあ」


 ぷっちーん。


 ガターンと勢いよく立ち上がるサクラコ。

 後ろの座席のマーカスという生徒が「うわわっ!」と声を上げて仰け反った。


「なんですって!? このアホゴリラ。ブッ殺しますわよ!」


 サクラコがジェイルを睨みつける。

 コホンとケトラーが咳払い。


 少し冷静に……は、ちょっとなれない。そもそもケトラーの策略(イタズラゴコロ)のせいでサクラコはクラスどころか、学年最下位の成績だったのだ。


 サクラコはキッとケトラーを睨んだ。

 その視線に気付いたケトラーが、さっと目をそらす。


 しかし、サクラコは隣から自分を見上げるアレクサンダーの視線に気が付いた。


 今度こそ、少し冷静になれた。一度深呼吸をすると、


「いいわ、私は貴男の意見に賛成する。学級委員長は剣の腕で決めて、副委員長は成績で決めるのはどうかしら?」


 しばらくの間が空いた後、


「なるほど、良いお考えです」


「流石は、サクラコさまですわ」


「名案ですねー」


 クラスメイトたちは、とりあえずサクラコの顔を立てて、彼女の意見に賛同の意を示した。もっとも、その声はどこか棒読みである。


 王族のサクラコが言い出したことである。真っ向から反対して彼女の不興を買い、不敬の罪など着せられてはかなわない。アレクサンダーとケトラー先生を除くクラスメイトたちの多くは未だ彼女を「悪女」と認識していたからだった。


 


 ぽつりと「結局、脳筋解決じゃない」との声も聞こえたけれど、サクラコは気のせいだと思うことにした。

 隣のアレクサンダーは呆れたように大きくため息をついた。


「あ、アレクサンダーさまっ!?」


 ショックを受けた表情で、サクラコはアレクサンダーを見た。


 生徒たちの議論をじっと聞いていたケトラーは、


「ほかに、ご意見はありませんか?」


 と生徒たちを見回した。


「さ、サクラコ様の意見に賛成します」

「わたしも」

「ボクも、サクラコ様の御提案が最も妥当だと考えます」


 本心はともかく、生徒たちはサクラコの提案に追随した。


「ニーナさんは、いかがですか?」


 ケトラーがニーナに尋ねる。


「……皆様が剣の腕で決めようというなら、それに従いますわ。サクラコ様の御不興を買いたくはございませんし」


 ニーナはそう言うと、サクラコの方を見ながら含みのある笑みを浮かべた。


 ニーナの様子を見たサクラコは首を傾げている。

 なにかと妙な笑みを浮かべて絡んでくるのが気になっていた。


「では、みなさん、学級委員長は候補者のうち最も剣の腕が立つ者にするということで良いですね?」


 そう言うと、生徒たちはパラパラと拍手をした。


「では、学級委員長を決めましょう。立候補はいますか?」


「オレしかいねぇだろ」


 ジェイルが、そう言って立ち上がる。

 ところが、彼以外に立ち上がった者はいない。


「他に、我こそはと立候補する方はいませんか?」


 やがて教室中でヒソヒソ、コソコソと話し声が聞こえてきた。


「あら? サクラコさまは立候補なさらないのかしら?」


「勢いであんなこと言ったけれど、きっと、ジェイルに勝つ自信はないのだろう」


「結局、口だけプリンセスだったってワケか」


 それらの言葉は当然サクラコの耳にも届いていた。

 サクラコは俯いて肩を小刻みに震わせている。


 ジェイルに挑発されて、余計なことを言ってしまったと後悔した。


 立候補しても良かったけれど、じつはこの流れを警戒していた。


 ここで立候補して学級委員長になると、また妙な噂が立つのではないか? 

 自分が学級委員長になるために王族の身分を振りかざした系のウワサが立ちそうだ。ウワサが立つのはもはや「お約束」とはいえ、そのたびに対処しなければならないのは煩わしい。


「先生、推薦してもいいですか?」


 ひとりの女生徒が、そう発言した。


「ええ。構いませんよ。どなたを推薦されますか?」


「サクラコさまを推薦いたします」


 ばっ、とサクラコはその女生徒の方を見た。

 声の主はニーナだった。もちろん、挨拶以外に会話をしたことはない。

 彼女は薄く笑みを浮かべながらサクラコを見ていた。


 ――? 先ほどから、あの方、妙な笑みを浮かべて私を見るわね。


 サクラコの方を見ながら、学級委員長をクラス分けテストの成績順で決めようと提案したのもニーナである。そのニーナがサクラコを学級委員長に推薦するという。


 ――いったい、どういうつもりかしら?


 サクラコはニーナの真意を量りかねていた。

 サクラコの隣では、アレクサンダーが彼女を心配そうに見ている。


 すると窓際の座席の少女が発言した。


「あたしは、アレクサンダー君を推薦します」


 彼女の名はジャンヌ・フェルゼン。商人貴族の娘だ。


 ジャンヌは、これをきっかけにセキレイの聖女に近づくように父親から言い含められていた。

 本来なら、王族であるサクラコに近づくように言うものだが、そこはそれ。現時点ではサクラコの悪い噂が先行している。触らぬ神に祟りなし、というワケだ。


 カレンの護衛騎士を学級委員長に推薦したとあれば、アレクサンダーはもちろんカレンの記憶にも残るかもしれない。そんな打算からだ。


「他に立候補、推薦はありませんか?」


 生徒たちを見回すケトラー。それ以上の立候補も推薦もなかった。


「では、ジェイルくん、サクラコさん、アレクサンダーくんの総当たり戦で、最も勝数の多い候補者を学級委員長とします。みなさん、武道場へ移動してください。我がクラスの学級委員長争いの結末を見届けましょう!」


 なぜかノリノリのケトラー先生だった。

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