番外編 ランファのスキル―後編
ルナの言葉を聞いたランファの笑顔はみるみる崩れ、世界の終りのような表情になった。
下半身も膝から崩れ、そして両手をついた。四つん這いのような格好になっている。
「や、やっぱりヘンですよね? オカシイですよね? 恥ずかしいですよね?」
「えっ? えーと、助かったよ。ニィ」
よく分からないが、地雷を踏んでしまったと気が付いたルナは、気まずそうに目を逸らす。
「『アナタのハートに直撃よ💖クピドアロー!』は、すごいスキルなんです。でも、でもっ……」
顔をばっと上げてルナを見るランファ。
ルナの身体が、ビクッと跳ねる。
「あの詠唱とポーズがないと、発動しないんだね?」
とルナ。コクリと頷くランファ。
そして、ぶわわわっと彼女の瞳から涙が溢れ出した。
「ぞ、ぞうなんでずぅ~。あれをやらないど、発動じないんでずぅ~。わあああぁん」
ランファによれば「アナタのハートに直撃よ💖クピドアロー!」は、バレンロード家に伝わる一子相伝の攻撃スキルだという。
遺伝的に取得するものではなく、スキル保有者が資質のある子にスキルの原理、発動方法を伝授するそうだ。
ランファは、父親からこのスキルを伝授されたらしい。そしてバレンロード家は、このスキルを取得した者に家督を承継させてきた。
実は、この攻撃スキルを構築したのは、ヴィラ・ドスト王国建国の功臣にしてノウム教会教祖となった大魔導士メルヴィス・クィン。
ランファの先祖、クリスティナ・バレンロードが「かっこいい詠唱とポーズを決める攻撃魔法が欲しい」とメルヴィスに依頼して構築させたものだ。しかし、その記録は残っていない。黒猫ルナも知らない。
魔力の矢を射出するスキルは他にもあるが、追尾効果まで付いているものは珍しい。しかも必ず心臓を射抜き、オマケに雷撃まで。
あの恥ずかしいスキル名、詠唱とポーズは、スゴすぎるスキルの代償だろうか。
ルナでさえも、いろいろな意味でこれほどの攻撃スキルを見たコトはない。
「わたしは、このスキルのために恥のみ多い人生を送ってまいりました」
闇落ちしそうな表情で、ランファはどこかの小説家みたいなことを言い出した。
ルナは、きょとんとした顔でランファの顔を見上げている。
「兄弟には白い目で見られ、王立学院時代にはクラスメイトにバカにされ、彼氏には大笑いされ……」
「ほほう、彼氏……」
ルナは、興味深そうに尻尾をふりふりした。
肩を震わせるランファ。
「ぜ、ぜめで『詠唱破棄』ざえ持っていだら、ごんなごどにば……、ぴええぇぇん」
ランファが顔を伏せ泣きながら、拳で地面を叩く。
「元気出して」
ルナはランファに近づき、彼女の頭にてしっと左前足を置く。
ランファは顔を上げ、ルナの両脇に手を入れて抱え上げた。
涙でぐしゃぐしゃになった彼女の顔が、ルナの眼前に迫る。
「ル、ルナさまなら、『詠唱破棄』の取得条件をご存知なのではありませんかっ?」
切実のようだ。
「うん、知ってるよ」
ぶらりとなった状態で、ルナはコクンと頷く。
「おおお教えてくださいぃ、お願いですうぅ~」
ランファが、前後にガクガクとルナを揺すりながら懇願する。
「わたしも一生懸命探したんですぅ。詠唱破棄を取得するため、火のなか、水のなか。どこへでも行きました」
「イヤ、そんなところには無いと思うよ」
ルナは首を傾げながら、記憶を探った。
――うーん、でも、そういや普通の魔導書とかには書いていないかも? アレは確か『魔導大全』のメルヴィス・クィン執筆部分に記述があったような。あの書物は
『魔導大全』は、「天使の詞」を授かることのできるメルヴィス・クィンの末裔たちが、代々、執筆編纂している魔導書だ。ヴィラ・ドスト王国の魔導理論、および技術は、すべて『魔導大全』に基づいている。
「『魔導大全』に、『詠唱破棄』の取得方法が記述されているね。『詠唱せよ。さすれば得られん』て書いてあった」
ルナの話を聞いたランファは、静止した状態で瞬きしていた。
が、すぐに、
「意味が分かりませーん! どうすればいいんですかぁぁぁ?」
また、前後にガクガクとルナを揺さぶる。
「詠唱破棄」なのに、その取得方法が「詠唱せよ」である。ランファの言うことは、もっともだ。
大魔導士メルヴィス・クィン執筆部分は彼女の茶目っ気というべきか、イタズラゴコロがあらわれている記述が幾つか存在する。詠唱破棄の解説もそのひとつ。
『魔導大全』によれば、このスキルを取得する訓練自体は決して難しいモノではないらしい。子供でもできる。
「詠唱破棄」は先天的に持っている場合のほか、詠唱破棄をしたいスキルのレベルをカンストさせることで取得できるという。
「詠唱破棄したいスキルを何万回、何十万回……と使用しているうちに取得するみたいだよ」
ルナの説明を聞いて、ランファはへなへなと力が抜けた。両脇を抱えられていたルナもようやく解放された。
「そ、そんな。わたし、お婆ちゃんになっちゃう」
ランファは天を仰いでそう嘆いた。
お婆ちゃんになっても、取得できないかもしれないが。
さらに彼女のスキルに限って言えば、想像を絶する苦行になるだろう。
あの詠唱とポーズを、何万回と繰り返さなければならないからだ。
それに、詠唱破棄を取得したとして、その時からすぐに無詠唱でスキルを発動できるわけではない。
スキルを発動させるさいの詠唱やポーズは、身体に沁みついたルーティンだ。
結果、詠唱破棄を取得したとしても、今度は無詠唱で発動できるように訓練する必要がある。
がっくりと肩を落とすランファ。
「がんばってね」
ルナは、それ以外にかける言葉が見つからなかった。
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