第25話 ふたたび校長室でのお話

 朝、サクラコはすこし眠い目を擦りながら教室に到着した。


「あ、サクラコ様、おはようございます」


「おはようございます、サクラコ様」


 クラスメイトがサクラコに挨拶する。

 けれども、サクラコはクラスメイトとの間にどこか壁を感じていた。


 みんな一言二言、言葉を交わすと、「今日も頑張りましょう」などと言って、彼女の前を去っていく。そして別の生徒とおしゃべりを始めるのだった。


 入学からもう二週間以上経つのに、相変わらず基本ぼっちの王女であった。


 サクラコは、密かに王立学院に入学したら「おともだち100人」作るコトを計画していた。

 しかし、事前に広まっていた「悪女の噂」に加え聖女襲撃事件の黒幕疑惑もあって、彼女の計画は最初から暗礁に乗り上げていた。


 自分の席に座ったサクラコは、ひとつため息をついた。


 すると、教室の隅に集まっている女子生徒たちの話し声が聞こえる。


「それにしても、セキレイは大変ですわね。この前、カレン様の護衛騎士が刺客に襲われ命を落としたばかりなのに、今度は側仕まで行方不明になったそうですわ」


 クラン・カナリスのことだろう。一昨日の夜のことなのに、すでに噂が出回っているようだ。


 確かに、昨日、セキレイの学生寮は大騒ぎだったと聞いている。側仕のランファが集めてきた情報によると、クランの部屋に置手紙があったそうだ。


 机の上にあったその手紙には、カレンへの感謝とお茶会での粗相を謝罪する言葉が綴られていたという。そしてこれ以上、カレンに迷惑をかけるわけにはいかないので出て行く旨書かれていたらしい。


 ――それにしても、耳の早い方がいらっしゃるのね。


 サクラコはチラと女生徒たちに視線を向けた。編み込んだ金髪をアップにまとめた青い瞳の女生徒が輪の中心にいる。


 ――ユレン伯爵令嬢。お名前は、ニーナでしたね。ニーナ・ユレン。


 このクラスでは、サクラコに次いで身分が高い生徒である。そのためか取り巻きも多い。今や10組で、一大グループを形成していた。


 噂の女性クランは、現在レネン宮殿にいる。


 サクラコは主従関係を結んだクランのために、騎士団庁の魔導騎士クロムリッターカヲルコ・ワルラスに手紙を書いた。


 クランの身柄をカヲルコに預けようと考えたのである。王立学院に通うことはできなくなるが、将来的には騎士団庁に身を置くこともできるかもしれない。


 カヲルコの下ならば、セキレイのアル・ジェンマ男爵の手もさすがに及ばないだろう。


 さらに、


 ――クランも、カヲルコ師匠の「虎の穴のシゴキ」を受けて鍛えられるといいですわ。彼女にも「オンナ」を捨ててもらいましょう。フフフフ……。


 と気味の悪い笑みを浮かべながら、黒いコトを考えていたのはヒミツである。


「おはようございます。朝から何か楽しそうですね」


 いつの間にか教室に現れたアレクサンダーが、そう言ってサクラコの隣の席に座る。


「ふあっ!? アレクサンダーさま! おはようございます」


 慌てて気味の悪い笑みを魔改造すると、王族スマイルをアレクサンダーに向けた。


 始業時刻になり、教室にケトラーが現れた。生徒は皆席について、ざわざわした教室は静かになる。そして彼の方へ顔を向けていた。


 まず連絡事項として、セキレイ領の学生が失踪したことが伝えられた。クラスメイトの視線が、一斉にアレクサンダーに集まった。


 隣に座るアレクサンダーは、硬い表情で俯いている。


 ――クランのことは、ケトラー先生やカレン、アレクサンダーさまにも伝えておいた方が良いですね。


 サクラコは、アレクサンダーの腕をちょんちょんと突っついて、誰にも聞こえないように小声で伝えた。


「アレクサンダーさま、昼休みにお話したいことがあります。カレンも連れてきてもらえますか? 研究棟の入口でお待ちしております」


 アレクサンダーは、二、三回瞬きした後、無言で頷いた。


 午前中の授業が終わり、昼休みになった。


 行きつけの古民家カフェで簡単に昼食を済ませたサクラコは、研究棟の入口の前でカレンとアレクサンダーを待っていた。


 しばらくすると、カレンとアレクサンダーがやや深刻そうな表情をして姿を見せた。


「カレン。先日は、お茶会にご招待してくれてありがとう。楽しかったわ」


「いえ。こちらこそ、お忙しいなかお越し下さり、ありがとうございました。それでサクラコさま、お話というのは?」


「ええ。それについてはジーク先生……、いえ、校長先生も交えてお話いたします。校長室へ行きましょう」


 ケトラー校長を交えてする話とは、いったい何だろうか? 

 ハナシが見えないカレンとアレクサンダーは、顔を見合わせた。


 三人は研究棟の三階にある校長室へと向かう。校長室へ行ったことのないカレンとアレクサンダーは、研究棟の建物内をきょろきょろしながらサクラコの後を追い駆けた。


「サクラコ・ヴィラ・ドストです」


 校長室の前に立ち、サクラコは扉をノックした。

 すると「どうぞ、お入りください」と部屋の奥からケトラーの声がした。


「失礼します」


 部屋の奥に置かれた執務机で、ケトラーは書類を片手に三人の方へ顔を向けた。


「おや、カレン様にアレクサンダー君まで。なにか御用ですか?」


「ええ。今朝、先生が報告されたクラン・カナリスの件でお話が」


 その言葉を聞いたケトラー校長は、椅子から立ち上がった。サクラコの後ろでカレンとアレクサンダーが、顔を見合わせている。


「フム。そこに掛けて。今、遮音壁を展開しますね」


 三人に席を勧めると遮音壁を展開し、ローテーブルを挟んでサクラコたちと向かい合うようにソファーへ腰を下ろした。

 奥からサクラコ、カレン、アレクサンダーの順に腰かけている。


「さて、クラン・カナリスの件でしたね。お話ください」

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