第24話 告白

 不敵な笑みを浮かべながら、サクラコの目をじっと見つめるクラン。


「けれども、ここはどうかお見逃し下さい。お願いです。どうか、どうか……」


 じわっと涙を浮かべ、縋るような目でサクラコに懇願する。


 じつはクラン。サクラコが彼女の回答を待っている間、魔力循環を高めてスキル「誘惑」を発動していた。

 カレンの護衛騎士ウィリアム・スナイダーにもこのスキルを使用した。「誘惑」で彼を唆し、カレン襲撃を手引きさせたのである。


 しかし、彼女のスキルがサクラコに通用することはない。

 現にサクラコは、


「……わたし、ナメられているのかしら?」


 と、平然とした顔をしている。そして、膝の上でまあるくなっている黒猫ルナを見た。


 事前に流れていたサクラコの悪評を真に受けたのだろう。クランはサクラコを過小評価していた。


 じつのところ魔力量は、クランよりもサクラコの方が遥に上である。

 さらに、サクラコはスキル「魅惑」を持つ。このスキルはクランの「誘惑」よりも上位のスキルだ。

 このためサクラコは、難なく抵抗レジストしていた。


 こてりと首を傾げるサクラコ。右後ろ足で首筋をかりかりと掻く黒猫ルナ。


「!? そ、そんな……」


 クランは手で口を塞ぎ、信じられないといった表情で声を震わせた。


「まぁ、答えたくないのならば、べつにいいけれど。貴女、どこにも行けないわよ」


 サクラコは凍り付くような笑みを浮かべて、そう言った。


「そ、それは、どういう……」


「だって、わたしが貴女を逃がすわけないでしょ」


 それを聞いたクランは顔色を失った。そして懐に手を伸ばして立ち上がった。


 リィーン。


「っ!?」


 鈴の音とともに、クランの喉元に突きつけられた神剣「騒速そはや」の切先。

 鈴の音は、神剣があるじに危険を知らせる警告音。鞘の先についた鈴が鳴る。


 笑みを浮かべたサクラコが、クランを見ている。


「あのね。べつにわたしは、ここで貴女を消してもいいのよ?」


 そう言って、サクラコは笑みを深めた。

 戦慄の表情を浮かべるクラン。微動だにできなかった。


「ふふふ。でも、貴女は死ぬつもりなんてないものね。素敵よ。命は大切にしなきゃ」


 もはや言葉も出せないクランは震えながら二、三歩後退ると、その場にぺたんと座り込んだ。


 神剣「騒速そはや」を手にしたサクラコは、ゆっくりと歩いて座り込むクランの前に立った。その隣では、黒猫ルナがちょこんと座ってクランを凝視している。


 恐怖に凍り付いた目で、クランはサクラコを見上げる。

 そして、クランの肩に剣をあてるサクラコ。


「ひっ……」


 クランの肩がびくっと撥ねる。


「話しなさい。わたしに毒を盛ったのは、なぜ? 貴女、わたしに何か恨みでも?」


 クランを見下ろしながら、サクラコはやや強い口調で尋ねた。

 クランは目を閉じて、首を左右に振る。


「あるお方から、お茶会でサクラコ様を暗殺するよう指示されたのです」


「それは、カレンの襲撃を指示した人物と同じかしら?」


 クランは頷いた。


「……そう。でも、なぜお茶会でわたしを?」


「そこまでは、分かりません。ただ、指示に従えと……」


 床を見つめたまま、そう答えるクラン。


「その指示を出したのは誰?」


 目を泳がせて戸惑う様子を見せるクラン。サクラコは、剣で彼女の肩を軽く叩いた。


 サクラコに証言を促されたクランは、ひくっと息を呑んだ。


「わたしは本気よ。ここで消されたくなかったら、答えなさい」


「……セ、セキレイの貴族で、ア、アル……、ジェンマ男爵という方です」


 肩を震わせて顔を歪ませながら、何とか答えるクラン。


「アル・ジェンマ男爵……。ベイジル・ブラントとの繋がりは?」


 首を振るクラン。


「なぜ、貴女はそのような人物の言いなりになっているのかしら?」


 ついにクランは床に涙をぽたぽたと落としながら、アル・ジェンマ男爵との関係、カレンの側仕になった経緯などを話し始めた。



 セキレイ領では、カレンの護衛騎士や側仕を希望する者はいなかったという。


 若くして騎士団庁を離れ隠棲していた元魔導騎士クロム・リッターエイトスも、セキレイ領主でありカレンの父親でもあるサウロに懇願されカレンの護衛騎士となった。


 問題は側仕である。最初の側仕は、カレンが物心ついたときから仕えてきた女性だった。この側仕が、老齢による体力低下を理由に辞任を申し出たのである。


 エイトスは後任の側仕を探した。しかし、自分の娘を側仕にと希望する者はいなかった。


 領民からは「聖女」と人気のあったカレンだったが、セキレイの貴族達は次期領主候補の長男ベイジル・ブラントに睨まれることを恐れたのである。


 このため、当時、彼女の奴隷だったアレクサンダーが側仕的な仕事を任されることになった。


 問題は、すぐに生じた。カレンの着替えや入浴である。


 カレンが「アレクサンダーが良い」と言ってきかなかったため、アレクサンダーにやらせてみたこともある。


 だが、やっぱり彼は「男の子」だった(くどいようだが、中身はアラサー男子である)。

 着替えまではよかった。ところが入浴のさいに一糸纏わぬカレンの肢体を見た瞬間、アレクサンダーは前かがみになって動けなくなってしまった。


 以来、エイトスは女性の側仕を探していた。ようやく見つかったのが、フレイアとクランである。


 クランは貧しい貴族の家の出身だった。親戚づてに、カレンの側仕の話が回って来た。貴族社会の情報に疎くなっていた彼女の両親は、「ついにカナリス家の再興の日が来た」などと手放しで喜んだ。


 しかし、その直後、彼女を不幸が襲う。

 相次いで両親が他界したのである。


 クランは途方に暮れた。


 ヴィラ・ドスト王国の貴族社会では、両親のいない女性の未成年者は婚姻や養子縁組をして他家に入るか、後見人を得る必要があった。いずれでもない者は貴族籍を失い、平民の孤児として未成年の間は孤児院で暮らすことになる。


 カレンは領主の娘である。平民の女性が、領主の娘の側仕になることは体面的にあり得ない。

 クランが貴族籍を失えば、カレンの側仕の話もなくなってしまうおそれがあった。そして彼女には、未成年で貴族社会から離れ平民として生きていく自信も無かった。


 ところがカレンの側仕になった娘を養子に迎える家はなく、後見人のなりてもいない。


 カレンやエイトスに相談すれば、カレンの父であり領主であるサウロを後見人としたり、エイトスの養女となる道もあった。


 けれども、この時点でのクランは側仕に内定しただけで、カレンと正式に主従関係を結んだワケでもなければ面識もない状態だ。とても後見人や養子縁組を世話して欲しいとは言い出せなかった。 

 

 そんな時、両親を失った彼女の後見人を買って出た人物が、アル・ジェンマ男爵である。思いがけず差し伸べられた救いの手に、クランはすぐさま飛びついた。


「まさか、アル・ジェンマ男爵が、カレン様やサクラコ様のお命を狙うような方だとは思いませんでした」


「貴女の後見人がアル・ジェンマ男爵であることを、カレンは知っているの?」


 クランは頷いた。


「しかし、カレン様に害をなす人物であることまでは、ご存じないようです」


 以来、クランはアル・ジェンマの手先として働くことになる。カレンの側仕でありながら、彼の指示に従ってカレンの情報を流したり様々な裏工作をおこなってきた。


 カレンの護衛騎士であったウィリアム・スナイダーを唆してカレン襲撃を手引きさせたのも、そのことが露見したさいアル・ジェンマに報告したのもクランである。


「ウィリアムが抹殺されたのを見て、次は私だと思いました。もう……、行くあてなどなくても、逃げるしかなかったのです」


 嗚咽を漏らし涙を落としながら首を振るクラン。サクラコは、目を細めて彼女の姿を見下ろしていた。

 おそらくは、彼女の言う通りなのだろう。サクラコ暗殺の成否にかかわらず、クランは消されたに違いない。


 項垂れるクランの肩に剣を当てながら、サクラコは落ち着いた声音で彼女に告げた。


「ならば、わたしが貴女を救いましょう。クラン・カナリス。その命、わたしに捧げなさい」

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