第23話 ないしょばなし

「サ、サクラコ様!?」


 驚愕の表情で、サクラコを凝視するクラン。それもその筈。彼女は、サクラコに致死量を超える毒物を含むお菓子を食べさせた。とっくに、毒物の効果があらわれている頃だ。


「あら、何を驚いているの?」


 ところが、サクラコは平然と椅子に座って寛いだ様子だ。

 サクラコの膝の上では黒猫ルナが前足をちょちょいと出して、彼女の薄紅色のツインテールと戯れていた。


「手枷を外してあげて」


 サクラコは、クランを見ながら彼女の前に立つディランにそう指示した。


「はっ!? しかし……」


 ディランは目を見開いてサクラコを見ている。クランの背後に立つランファも戸惑うような表情で、手枷に視線を向けた。

 ランファの隣では、いま一つ状況を飲み込めていない様子のレベッカがサクラコの方をきょとんとした顔で見ている。


「ディラン。クランの手枷を外しなさい」


 主の命令である。ディランは怪訝な表情で、クランの手枷を外した。


「彼女と、ふたりきりでお話がしたいの」


 そう言って、ディラン達三人に退出を命じるサクラコ。

 三人は顔を見合わせた。今日会ったばかりの他領の者と自分の主を二人きりにさせるなど、普通はありえない。


 何かを言いかけたランファだったが、すぐに諦めたように目を閉じてため息をついた。


「もう夜遅いので、ほどほどになさってくださいね。ディラン、レベッカ行きましょう」


 そう言って、彼女は部屋を後にする。その後を追うようにディランも続く。彼は、サクラコの方へ振り返ってから部屋を出ていった。

 レベッカは「えっ? えっ?」と部屋を出て行くふたりとサクラコを交互に見た後、軽く会釈をして部屋を出て行った。


 三人が退室したのを確認したサクラコは、クランに視線を向けた。


「ふふっ。ふたりだけの内緒話をしましょう。さ、こちらへどうぞ」


 とサクラコは席を勧める。


 探るような目で彼女を見ながら、クランは、おずおずと席につく。

 するとサクラコは席を立ち、レベッカが置いて行ったワゴンの方へと歩き出した。ワゴンに準備されているお茶を淹れるためである。


「レベッカみたいに、美味しく淹れられるといいのだけど」


 王女らしからぬ手慣れた手つきで、紅茶を入れるサクラコ。それを側で見ていたクランは、目を丸くした。


「さぁ、どうぞ。お菓子もあるわ」


 そう言って、サクラコは紅茶とクッキーをクランに差し出した。


 そしてティーカップに自分の紅茶を注ぐと、それを持って自分の席についた。

 紅茶を一口飲むサクラコ。


「うん、結構上手くいったわ」


 ティーカップを口から離して、自画自賛した。


「貴女もどうぞ。クラン」


 クランの方を見て紅茶を勧めた。

 そして、今度はクッキーを口に入れて見せる。それを見たクランも紅茶を一口飲み、クッキーを口元に運ぶ。


 サクラコは微笑みながら、両手で顔を支えるように頬杖をしてクランの様子を見ていた。


「あのとき、貴女が盛ったのと同じ毒を入れてみたわ」


 そう言って、笑みを深めるサクラコ。


 びくっとして、大きく目を見開き固まるクラン。

 クッキーを持つ彼女の手が震えだした。


 サクラコは、そんな彼女の様子を楽しむように見ている。


「ふふ、冗談よ」


 こてりと首を傾けて、笑みを浮かべた。

 そして、お菓子を黒猫ルナに与える。ルナは、はむはむとお菓子を食べた。


「貴女は、どこへ行くつもりだったの?」


 ルナを撫でながら、背もたれに寄りかかって尋ねるサクラコ。


「……」


 血の気の引いた顔で、クランは視線を彷徨わせていた。


「まさか、行く当てもなく手ぶらで飛び出した、なんて思春期少女みたいなこと言わないわよね?」


「……ど、どうか、お見逃し下さい」


 そう言ってクランは不安そうに眉尻を下げ、少し潤んだ目でサクラコを見た。


「わたしね、貴女に感謝しているの」


「は?」


 ここで「感謝」という言葉が出てきた意味を理解できなかったのか、クランは何度も目を瞬いた。


「だって、あの場で貴女は毒を呑んだり、いま隠し持っている暗器で喉を突いたりしなかったでしょう」


 視線を逸らして、クランは懐を押さえる。サクラコは静かに言葉を重ねた。


「もし、あの場で貴女が自害していたら、わたしは貴女が差し出したお菓子を調べなければならなかった。わたしに毒を盛ったことが露見してしまうわ。そうなったら、カレンにも累が及ぶもの。そう思わない?」


 クランは無言のまま、じっと目を閉じていた。その様子を眺めながら、サクラコはティーカップを口元に運び紅茶を口に含んだ。


 静寂に包まれた部屋で時間だけが過ぎていく。

 サクラコは膝の上のルナをモフモフし、クランはティーカップをじっと見つめていた。


「質問を変えるわ。なぜ、わたしの命を狙ったの?」


 温くなってしまった紅茶を見つめていたサクラコは、視線を上げてクランを見た。

 クランもチラッとサクラコを見る。しかし答える気配はない。


「貴女がカレンの命を狙ったのなら、辻褄は合うの」


 お茶会の誘いを受けた後、サクラコはランファに指示してセキレイ領の状況やカレンの身辺を調査させていた。


 その結果、彼女の兄、ベイジル・ブラントが「聖女」カレンの存在を危険視しているという情報を入手した。カレンの周辺では、これまでにも不可解な事件が数件起きていたことも。


「けれども、貴女はわたしの命を狙った。お菓子に毒を盛って。なぜ?」


「先ほどからおっしゃっていることが、全く分からないのですが」


 クランは顔を上げて、不敵な笑みを浮かべた。

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