第22話 待っていたわ

 お茶会は和やかに(?)お開きとなり、サクラコ達はセキレイ学生寮を後にした。


 お茶会でのクランの件については不問にするよう、サクラコはカレンに申し入れた。


 その申し入れに、カレンは納得していない表情をしていた。

 しかし、王女からの要請である。

 カレンは「わたくしたちの罪をご海容下さり、大変恐縮です」と言って、サクラコの申し入れを受け入れるほかなかった。


 がたごとと馬車に揺られ、レネン宮殿へ向かうサクラコ一行。


「ロベルト、馬車を止めてください」


「あいよ、姫様」


 ふいにサクラコは、馭者のロベルトに馬車を止めるよう指示した。馬車は道端に依りながら、徐々スピードを落として止まった。

 サクラコの前に座っていたランファとディランは、顔を見合わせている。


「姫様? ご気分が優れませんか?」


 サクラコは、微笑みながら首を振った。


「ディラン、ランファ。お願いがあります」


「何でございましょう?」


 怪訝そうな表情で、ランファはサクラコに尋ねた。


「今から、セキレイの学生寮を見張りなさい。早ければ今夜中に、クランが学生寮から逃亡を図るでしょう」


 ディランは、首を傾げてサクラコを見ている。ランファの方は、口元に手を当てて俯き加減になっている。難しい顔をして何かを考えている様子だ。おそらく彼女は、クランの逃亡理由に気が付いたのだろう。


「カレン様の側仕が、逃亡……ですか?」


 ディランが尋ねた。彼は、クランがサクラコに毒物を盛ったことを知らない。このこと知っているのは、サクラコ、ランファ、そしてクランの三人だけである。さらに彼は、ランファが「鑑定」スキル保有者であることも知らない。

 このため、ディランがクランの逃亡理由を知らないのも無理はなかった。


 サクラコは目を閉じて笑みを浮かべた。


「ええ。セキレイの学生寮からクランが出てきたら、レネン宮殿に連行しなさい」


「「かしこまりました」」


 すると、サクラコはルナを抱っこして扉を開けて馬車を降りた。


「姫様? どちらへ?」


「わたしは歩いて宮殿へ戻ります。馬車はここへ置いて行きます。クランを確保したら、あなたたちは馬車でレネン宮殿へ戻りなさい」


「しかし、姫様……」


 戸惑う様子を見せるランファ。そろそろ暗くなるころだ。この先は人通りの多い中心街とはいえ、王女がひとりで歩くのは心配なのだろう。


 サクラコは、腕の中のルナを見ながらふたりに言った。


「心配いらないわ。だって、このコもいるから」


 サクラコは、首をこてりと傾けて微笑んだ。

 そしてニィと鳴く黒猫ルナ。


 ――我もついておるぞ、あるじ


 手に持っている神剣「騒速そはや」も、サクラコに自らの存在を主張する。


「なっ!? し、しかし……」


 ディランはサクラコとランファを交互に見ている。

 ランファは、ひとつため息を吐いた。


「承知いたしました。お気を付けてお帰り下さい」


 ランファがそう言うと、サクラコはルナを抱いてシュテルンフューゲルの中心街の方へ歩き出した。


 サクラコに指示された通り、ランファとディランはセキレイ学生寮の門と裏口を監視していた。


 すると、ボルドー色のローブに身を包んだ女性が周囲を気にしながら裏口に姿を現した。

 その女性はセキレイの学生寮を一度見上げると、俯き加減にシュテルンフューゲル中心街とは反対の方向へと歩き出した。


 それを見ていたランファ。

 「隠密」スキルを発動して、しばらく女性を尾行する。

 そして、周囲に人がいないことを確認して女性に声をかけた。


「クラン・カナリス。どこへ行くの?」


 びくっと女性の肩がはねる。女性は立ち止まって振り返った。視線の先にランファが立っている。

 女性はボルドー色のローブを脱ぎ、ばあっとランファの目の前で広がるように投げた。

 脱ぎ捨てたローブを目くらましにして、手に持っていたナイフを突き出す。

 しかし、そこにランファの姿はなかった。


「っ!?」


 クランは、ランファの姿を探した。


「サクラコ様が、貴女に話があるそうです」


 背後から聞こえた声に振り向くクラン。一歩引いて間合いを取ろうとした。


 そのとき彼女は、何かにはじかれたように地面を転がった。

 手に持っていたナイフも、地面の上でくるくると回っている。


 振り向いた瞬間、ランファの放った魔力弾がクランに直撃していたのである。


「ぐっ……」


 クランは、地面を転がったさいに手放したナイフに手を伸ばした。すると彼女の首筋に冷たいものがあてられた。


「遅いわよ」


 ランファは腕組みして、目の前に立つ騎士に言った。彼は、魔力弾を受けて地面を這うクランの首筋に剣をあてている。


「すまない。ちょっと道に迷った」


 それは、セキレイ学生寮の門の周辺で監視していたディランだった。彼は「索敵」スキルでランファとクランが移動しているのを感知し、ふたりの後を追った。

 ところが、周辺の入り組んだ路地に煩わされてしまい、ようやく彼女達に追いついたのだった。


 ランファとディランはサクラコの指示通り、クランを馬車に乗せレネン宮殿へ戻った。

 クランは後ろ手に手枷を嵌められている。


 ふたりは、クランを連れてサクラコの部屋へと向かった。


「ランファです。ただいま戻りました」


 サクラコの部屋の前に来ると、ランファがそう言って扉をノックする。


 扉が開いて、レベッカが顔を見せた。


「姫様がお待ちです。どうぞお入りください」


 部屋の中ではサクラコが椅子に腰かけて、窓から夜空を眺めていた。クランを連行したランファとディランが部屋に入って来ると、サクラコは三人の方へ顔を向けて笑みを浮かべた。


「待っていたわ。クラン」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る