第26話 痕跡
サクラコは、ケトラーとカレン、アレクサンダーに視線を向けてからクラン・カナリスの件について話を始めた。
まずクラン失踪の原因は、セキレイ学生寮において催されたお茶会。そこでクランが、サクラコを毒殺しようとしたことだったと話す。
クランが王女殺害を実行した。
そんなことが起きていたとは想像だにせず、サクラコの話を聞いたカレンとアレクサンダーは顔色を変えた。
「で、では、クランはあの時、サクラコ様に毒を盛ったというのですか!?」
「ええ。わたしの側仕が、それに気が付いたため、わたしがお菓子を食べるのを止めようとしたの」
ハチミツをかけたパンケーキをクランが差し出したさい、サクラコの側仕ランファがそれを制止しようとした。鑑定スキルで主に差し出されたパンケーキを診たからだ。このため毒が混入していることが判明した。
「!? しかし、サクラコ様はあのときお菓子を食べられましたよね? どういうことですか?」
アレクサンダーは、何が何だか分からないといった様子だ。他方、彼の隣に座るカレンは難しい顔をして俯いていた。記憶を探っているようだ。やがて何か思い出したのか、はっとした表情をして、
「『毒無効』……」
と小さく呟いた。
それを聞いたケトラーが視線をサクラコに向ける。サクラコは若葉色の瞳を閉じて微笑みを浮かべたまま、何も答えない。
自分がどのようなスキルを持っているかなど、友人と言えど他人に明かすものではない。
サクラコは話を続けた。
お茶会が終わった後、夜になってクランが学生寮から出てきたところを取り押さえレネン宮殿に連行した。
「わたしの部屋でクランに尋問したの。彼女、アル・ジェンマ男爵に脅されていたようね」
「アル・ジェンマ男爵!? 彼はクランの後見人ですよ?」
カレンの言葉にサクラコは頷いた。
「クランからも聞いているわ。先日、貴女の襲撃を計画したのもアル・ジェンマ男爵だったそうよ」
「では、ウィリアムも彼の手先だったと……」
聖女襲撃事件の黒幕がセキレイの貴族だったという事実に、アレクサンダーは眉間に皺を寄せて俯いた。
「側仕にまで手が及んでいたなんて……」
カレンのサファイアブルーの瞳は悲しみに染まっている。
「それにしても彼女が学生寮を抜け出すことが、よく分かりましたね」
ケトラーはサクラコに視線を向けて言った。
「先だって、カレンの護衛騎士が殺害されたでしょう? 彼はカレンの襲撃に関与していたと聞きました。彼がたどった末路を見れば、クランは自分が後日どうなるか予想したはずです」
「なるほど。それでクラン・カナリスは、セキレイの寮から姿を消そうとしたわけですか」
ケトラーは、顎に手を当てて目を閉じた。
この事件の全容を彼なりに推論しているようだ。一連の出来事がセキレイ領の内部事情に関係していることを、彼ならばすぐに察するだろう。このセキレイの事情にサクラコを結び付ける狙いも。
「この度は、重ね重ねサクラコ様にご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません。クランの処分は、セキレイの方で行います。彼女の身柄をお引き渡し下さい」
カレンは肩を震わせながら、深刻な面持ちでサクラコに謝罪した。クランの身柄引き渡しを申し出たのは、カレン襲撃の件についてもクランの件についても、自らの手で決着をつけたかったからだろうか。
しかし、サクラコは首を左右に振る。
「それは、できないわ。カレン」
「えっ!?」
意外な返事にカレンは息を呑んだ。
「なぜですか?」
アレクサンダーもサクラコに怪訝そうな表情で尋ねる。
そこへ、ケトラーが目を開けて話し始めた。
「クラン・カナリスをセキレイが処罰するとなれば、罪状が必要です。いまの話を聞くと、カレン様、貴女もなんらかの責任を問われます。それは、サクラコ様のお心を無にすることになりますよ」
はっ、とするカレンとアレクサンダー。自分の側仕が王族の命を狙ったのだ。カレンもタダでは済まない。
カレンに累が及ぶことを避けるため、サクラコはクランの粗相として扱いつつ、それを咎めなかった。
そもそもセキレイの生徒たちは、サクラコとクランの間に何があったのか全く知らない。
カレンやセキレイの生徒たちには、サクラコが自分のパンケーキをクランに下げ渡そうとしたところ、クランがそれを拒否したように見えていた。
クランの態度にサクラコが気分を害したとカレンは勘違いしていた。そこで慌てて駆け寄りサクラコに謝罪した。
「それから、クランをあなたにお返しできない理由が、もうひとつあるの」
「それは?」
「クラン・カナリスは、昨夜、わたしに忠誠を誓い主従関係を結びました。彼女はすでに、わたしの臣下。あなたの臣下ではありません」
カレンとアレクサンダーは、愕然とした顔でサクラコを見た。
けれども、なぜそんなことになったのか、ふたりにはワケが判らない。
それを聞いて、くつくつとケトラーが笑い出した。彼には、サクラコの狙いが読めたらしい。
「なるほど。面白い事を考えますね。セキレイを出奔したクラン・カナリスがあなたの臣下ならば、アル・ジェンマ男爵もおいそれと手を出すことはできないでしょうね」
サクラコは、ふふっと笑みをこぼす。
すべてはカレンのためだった。けれども別の見方をすれば、サクラコが採った措置はクランまでも救ったことになる。
「ただ、カレン。クランの証言を基に、公の場でアル・ジェンマ男爵を追い詰めることは難しくなるわ。クランは、あくまで失踪したことにするから。それに、あなたの側仕を奪うようなかたちになったことはお詫びする。ごめんなさい」
サクラコもクランを救うといった手前、クランを証人に立ててアル・ジェンマ男爵の罪を問う気はなかった。それをすれば、実行犯だったクランまで処罰されてしまうからだ。
「い、いえ。とんでもありません。今回の件の黒幕が誰か判っただけでも十分です。それにアル・ジェンマ男爵に消されるよりは、サクラコ様のお側に仕える方がクランも幸せでしょう。どうか、クランをよろしくお願いいたします」
こうして聖女襲撃事件とお茶会の件は、ひとまず落ち着いたかのように見えた。
ところが、しばらくしてクラン失踪の噂はとんでもないかたちでサクラコに飛び火した。
セキレイ学生寮で催されたお茶会でサクラコに粗相をしたカレンの側仕は、その日の夜のうちにレネン宮殿に連行されサクラコによって拷問されて殺害された、と。
「ホントに、いったい、誰が、どうして、こんなウワサを流すのかしら?」
ランファから報告を聞いたサクラコは、呆れたような表情でティーカップに口をつけている。
これまでもサクラコは、自分を貶めるようウワサを度々耳にしてきた。以前は耳にする度、逆上していた彼女も、いまや耐性を獲得してしまった。むしろ、そのようなウワサを流す者の狙いを知ろうと考えるようになっていた。
加えて今回の顛末については、すでにケトラー校長をはじめカレンやアレクサンダーにも話している。セキレイの生徒たちが騒ぎ出すこともないだろう。
一方、サクラコの膝の上でまあるくなっていた黒猫ルナは、ウワサに含まれる痕跡を見逃さなかった。
――サクラコにカレンの側仕が粗相、そしてその日の夜のうちにレネン宮殿に連行して殺した、か。すこし焦りはじめたのかな?
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