第20話 セキレイ学生寮のお茶会
王立学院入学式から、三週間が過ぎた。
カレンの側近ウィリアムが何者かに殺害されるという衝撃の事件の後、セキレイの学生寮に平穏が訪れたのはほんのわずかな間だった。
今日は休日だというのに、制服姿の学生達があわただしく動き回っている。
王族を迎えてのお茶会。セキレイの学生寮では、ほとんど前例がなかったことだ。
学生達が総出で、お茶会の準備にあたっていた。
「サクラコ様がお見えになりました」
ラウンジに入ってきたアレクサンダーが、カレン達にサクラコの到着を伝えた。
カレンを先頭にアレクサンダー、フレイア、クラン、そしてその場にいた学生達がラウンジの入り口に並ぶ。
黒猫ルナを抱っこした制服姿のサクラコが姿を現すと、セキレイの学生達は一斉に跪いた。
サクラコがカレンの前に立つと、カレンは右手を左胸に当てて恭しくサクラコに挨拶した。
「サクラコ様。本日は、セキレイの学生寮にお越し下さり大変光栄です」
サクラコは満面の笑みを浮かべている。王族スマイルではない。
「こちらこそ、お茶会にご招待下さりありがとうございます」
カレンとアレクサンダー、そして跪いて頭を垂れているセキレイの学生達を見回して感謝の言葉を述べた。
そして、ふたたびカレンの方に視線を向ける。
「それから、このコも一緒にいいかしら?」
腕のなかの黒猫ルナに視線を落とすサクラコ。カレンは、ぱちぱちと瞬きした。しかし、すぐに顔がほころぶ。
「ええ。是非ご一緒に。とても可愛らしいネコですね。お名前は、何とおっしゃるのですか?」
「ルナです」
「ルナ様。本日は、よくお越しくださいました」
そう言ってカレンは、ルナに顔を近づけ微笑んだ。
ニィ
まるで、返事をするように黒猫ルナが鳴く。
カレンに勧められ、席に着くサクラコ。一歩下がった彼女の後に側仕のランファと護衛騎士のディランが控えた。もうひとりの側仕レベッカは、お留守番である。
白のクロスが敷かれたテーブルには、ピンクのバラを基調にしたフラワーアレンジメントが置かれている。ところどころにライラックの花を散りばめられ、周りはアイビーで飾られていた。
カレンはサクラコの正面に座ると、彼女の側仕フレイアとクランに目配せした。
フレイアがカレンに、クランがサクラコに、それぞれ朝顔を象った乳白色をした陶器のティーカップを差し出す。
ルナには、ミルクの入ったお皿が差し出されていた。
「あら? アプフェルの香り……」
クランがティーカップに紅茶を注ぐと、その香りにサクラコは顔をほころばせた。アプフェルというのはリンゴのような果物である。
「セキレイ産のアプフェルを取り寄せました。お口に合うとよろしいのですが」
カレンは、おずおずとサクラコに言った。
お茶会の準備にあたって、カレンはサクラコの情報をできる限り集めた。相変わらず、悪い噂だけはたくさん入ってきた。
しかし、好きな花、好きな飲み物、食べ物、好きな色、趣味、といった招待するサクラコの肝心な情報はほとんど入って来ない。
お茶会に必要な情報収集は、困難を極めた。
八方手を尽くして何とか、王立学院の教師のひとりから「サクラコはアプフェルが好き」という情報を得ただけだ。それも又聞きの又聞き程度で、確証のないものだった。
「うれしいわ、カレン。わたしアプフェルが大好きなの。とても良い香り」
「ありがとうございます」
カレンは、ほっと胸をなでおろした。
それからしばらく、サクラコはカレン達と歓談していた。
セキレイ領の事、王城エフタトルムの事、王立学院入学前の事、黒猫ルナの事……。もちろん、これらの話題は、たんなるお喋りというような、まったりしたものではない。お互いの情報交換も兼ねている。
けれども、ふたりは周りの側近たちが冷や冷やするほど、ときに立ち入った話題で盛り上がっていた。
「お待たせいたしました」
ラウンジの奥の方から、クランがパンケーキを乗せたワゴンを曳いてあらわれた。
「こちらは、セキレイの小麦を使って焼いたパンケーキです」
「パンケーキ、ですか?」
じつはサクラコ、あまりパンケーキを食べたことがない。まあるいきつね色をした素朴なスイーツを見て瞬きした。ふわりと甘い香りがして、笑みが零れた。
「いい香りがします。美味しそう……」
じつは、このパンケーキについてもカレンはかなり頭を悩ませた。収集した情報のなかに、サクラコはスイーツを好まない、というものがあったからだ。
食後のデザートに手も付けず、下げさせるのはいつものこと。挙句には、窓から投げ捨てたという噂まであった。
真相は、デザートのなかに毒物が混入していたためである。
サクラコはスキル「毒無効」を持っている。このため、どんな毒物も彼女には効果がない。
もちろん、彼女は食事に毒物が入っていると騒ぎ立てることもできた。
だが、黒猫ルナの提案もあって、ひとまず相手の謀略に乗ったフリを続けている。
我慢して食べたこともある。しかし、あらゆる料理に毒物が混入し、最後のデザートにまで毒物が入っている。つい、サクラコは耐え切れなくなり、デザートを窓から投げ捨てたことがあった。
しかし、そんなことをカレンが知る筈もない。そこで、少し目先を変えてみるのもいいかもしれない、と考え抜いた彼女の結論がパンケーキだった。
クランがパンケーキを乗せた皿をカレンに差し出し、つぎにサクラコの席へ向かう。
クランはサクラコのパンケーキに、木製のハニーディッパーを使ってたっぷりの蜂蜜を垂らしている。
「今、おかけしている蜂蜜もアプフェルの花からとったものなのです」
カレンがそう言うと、
「ふふ、楽しみね」
サクラコも微笑みながら、パンケーキに蜂蜜をかける様子を眺めている。
そしてクランは、パンケーキが乗った皿をサクラコに差し出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます