第19話 居心地の悪いランチタイム②
いわゆる「聖女襲撃事件」については、サクラコもその顛末が気になっていた。
彼女にとっては全く身に覚えのない招待状が、カレンに届いていたと聞いている。
「セキレイの学生が手引き」という言葉からすると、襲撃犯の一味だった学生がカレンに偽手紙を渡したということだ。
そんなことを考えていると、注文したローストビーフのサンドイッチと紅茶が三人分運ばれてきた。
サクラコは香りを楽しんでから、こくんと一口紅茶を飲んだ。そして、カレンに尋ねる。
「セキレイの学生が手引き……、ですか。つまり、まだ背後に黒幕がいるということね。それで、その学生から何か証言は得られたの?」
「それが……、何者かに殺されました」
サクラコは、ひゅっと息を呑んだ。
「え、えっと、まさか、わたしが黒幕だなんて言わないわよね?」
サクラコはそう言って、ふたりを交互に見た。
「し、失礼いたしました。そういう意味ではありません」
「そうです。カレン様が言いたいのは、そういうことではありません」
焦った様子でカレンとアレクサンダーはそろって仰け反り、大きく左右に首を振る。
ほっと胸をなでおろすサクラコ。カレン襲撃の黒幕なんて話もとんだ濡れ衣だ。それなのに、襲撃に協力した学生を殺害したなどという疑いまでかけられてはたまらない。
「私のような小領地の者をお茶会にお誘い下さったのに、疑心からお断りいたしましたこと心よりお詫び申し上げます」
「オレも、レネン宮殿などでサクラコ様に大変失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」
カレンは静かに目を閉じて、謝罪の言葉を述べた。アレクサンダーも、申し訳なさそうな表情でサクラコを見ている。
サクラコは目を伏せた。
「疑心から」というカレンの言葉。なぜ、彼女はサクラコを疑ったのか?
偽の招待状にサクラコの名前があったからだろう。けれども、それだけだろうか?
カレンは、入学前から流れていたサクラコの噂を知っていた。これが、サクラコを疑った事情のひとつとなったようだ。
「……あなたたちも、わたしの噂を信じたということかしら?」
わずかに眉を寄せたサクラコは、ティーカップを見詰めながらカレンに尋ねた。
「己の不明を恥じるばかりです」
しばらくサクラコは、無言でティーカップを見詰めていた。やがて視線を上げて、カレンとアレクサンダーを見た。
「あなたたちの気持ちは受け取ったわ、カレン、アレクサンダー。あのような噂があったら、あなたたちがわたしを疑ったとしても責めることはできない。気にしないで」
サクラコは、努めて笑顔を見せようとした。
「ありがとうございます」
そう言ったカレンは、沈痛な面持ちで俯いた。
サクラコは窓の外を眺めた。王立学院に入学して以来、彼女はこの三人でランチをする日が来ることを待ち望んでいた筈だった。それなのに、なんだか居心地が悪そうだ。
しばらく、三人の間に無言の時が流れた。サクラコはその間、サンドイッチをもくもくと食べ紅茶を啜って間を持たせようとした。
やがてカレンが、おずおずと話を切り出した。
「あの、こちらお茶会の招待状です。レネン宮殿と違い狭い所ですが、サクラコ様をセキレイの学生寮にお招きしたく」
そしてカレンは、サクラコの前にお茶会の招待状を差し出した。
「わたしをお茶会に?」
そう言って、サクラコはカレンとアレクサンダーを交互に見ている。
カレンは、はっと何かに気が付いて手を口元に当てた。
「あっ、申し訳ございません。あらためてレネン宮殿へ赴き、側仕の方にお渡します」
そう言って、招待状を引っ込めようとした。本来は、サクラコの側仕か護衛騎士を通すものだ。正式な手順を踏んでいないことに気が付いたらしい。
サクラコは立ち上がり、引っ込めようとするカレンよりも先に招待状を手に取った。
「ありがとう、カレン。楽しみにしているわ」
ぱあっと花が咲いたような笑顔を見せてそう言うと、カウンターの方へと向かった。
そしてカウンターに立つ男性に声をかけ、会計を済ませて足早にカフェから去って行く。
そんなサクラコの背中を、カレンとアレクサンダーは呆然と見送っていた。
その後、会計時に、サクラコが三人分の代金を支払って行ったことを知らされたふたりは、ただただ恐縮するばかりであった。
🐈🐈🐈🐈🐈
灯りのない真っ暗な部屋。
窓からうっすらとした月明かりが差し込んでいる。
丸いテーブルの隣にある椅子に足を組んで腰かける男。
その指に指輪をいくつも嵌めた両手を、杖の丸い柄の部分に重ねている。
男の顔は、暗闇に隠れて見えない。
セキレイの女子学生がひとり、その男の前に立っている。
「やれやれ、ウィリアム・スナイダーには失望しました。随分、雑な手引きをしたものですねぇ。処分して正解でした。アレの家族には、せいぜいワタシの駒として働いてもらいましょう」
女子学生から報告を受けた男は、ため息を吐いて呆れたような声でそう言った。
「それで、カレンはどうするつもりなのでしょうか?」
男は女子学生に尋ねた。
「サクラコ様を、お茶会にご招待すると話しておられました。謝罪の意味もあるのかと」
「ほほほほ、あのバカ王女に頭を下げて、尻尾を振るというワケですか」
ととん、とととんと四本の指でテーブルを叩く男。なにやら思案している様子。やがて何を思いつたのか「ほほほ」と小さく笑った。
「そのお茶会で、サクラコを殺りなさい」
その言葉に女子学生は目を丸くした。
「えっ!? サクラコ様……でございますか?」
女子学生がそう問いかけると、
「えぇ、そうですよ。素敵でしょう? ほほほほほ」
なぜか愉快そうに男は答えた。彼女には、もはやワケが解らない。この男が狙っていたのは、カレンではなかったか?
「どうして、サクラコ様を?」
男は、ヒュッと、女子学生の喉元に杖の先を突きつけた。
「アナタが、それを知る必要はありません。言われた通りに殺ればよいのです。ほほほほほほ」
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