第18話 居心地の悪いランチタイム①
その夜、セキレイの学生寮は騒然となった。
カレンの襲撃を手引きしたウィリアム・スナイダーは、カレンの指示により彼の部屋で拘禁されていた。それが、何者かの手によって殺害されたのである。
事件現場となったウィリアムの部屋。その名状しがたい惨状に学生達は戦慄した。
あまりに凄惨なウィリアム殺害方法。カレンが使う最上位聖属性魔法「エリクス」に対する方法であることは明白だった。
流石のカレンでも、手の施しようがないほどの状態。
エリクスは、心肺停止状態の人間を蘇生させる魔法である。
ただし、心肺停止状態となってから数分以内に施術する必要がある。
また病死、出血死などのように他の治療が必要な場合、エリクスを施すだけでは意味がない。病気、出血の原因を初めに治療する必要がある。
死亡が老衰による場合は、もちろん蘇生は不可能だ。
さらに、一日一回という制限もある。膨大な量の魔力が必要になるからだ。
カレンは、これまでにエリクスによって多くの人の命を救ってきた。彼女が「セキレイの聖女」と呼ばれるゆえんである。
他方で「命の選別」に直面することもあったが……。
翌朝、カレンはすぐに騎士団庁に遣いを出し、ラウンジにセキレイの学生を集めた。
「悲しい報告があります。昨夜未明、私の護衛騎士見習いウィリアム・スナイダーが、自室で何者かに……殺害されました」
カレンは平静を装いながら、ゆっくりと大きな声で報告しようとした。けれども、その手はわずかに震えていた。
「は!? スナイダーが?」
「どういうことだ?」
「う、ウソ、そんなの嘘よ……」
セキレイの学生達は、信じられないといった表情で隣の者とお互いに顔を見合わせたり、思考停止したように表情のない顔で固まっていたり、両手で顔を覆って首を振ったりしている。
カレンは話を続けた。
「私が、バンブスガルテンで襲撃されたことをご存知の方は多いでしょう。彼は、その襲撃を手引きした疑いがあり、昨夜、拘禁していました」
さらに寮内は騒がしくなった。
「バカな! ウィリアムが!?」
「ウィリアムが、襲撃犯の一味だったのか!」
「まさか、サクラコ様が口封じのために……」
ここで学生達は、カレンを襲撃した犯人の一味として拘禁されていたウィリアムは口封じのために殺害されたと理解した。
しかし、聞き流すことができない言葉を耳にしたカレンは声を張り上げた。
「皆さんお静かに! 今回の襲撃に、サクラコ様は関わっておりません。バンブスガルテンのお茶会の招待状は、おそらく何者かの指示でウィリアムが作成したものです」
もちろん、サクラコが黒幕だという疑いが完全に払拭されたわけではない。
しかし、最初の招待状を受け取りレネン宮殿へその返事を届けた筈のウィリアムは、サクラコの側仕や護衛騎士の顔さえ知らなかった。彼とサクラコとの間に繋がりがあったとは考えにくい。
ただでさえ「セキレイの学生が、サクラコに報復しようとしている」などという噂があるくらいだ。ここで、黒幕はサクラコではないとカレン自身が公に明言しておかなければ、今度こそ、取り返しのつかない事態になるおそれがある。
「もう一度、言いますよ。襲撃の黒幕は、サクラコ様ではありません。今後、おかしな噂を流したり、軽率な行動を取ったりしないようにお願いいたします。いいですね?」
カレンは、念を押すように学生達にそう言い聞かせた。
「それから、大変残念ですが、本日は全員学校を欠席してください。おそらく騎士団庁の取り調べがおこなわれます。学校へは、私の方からセキレイを代表して連絡いたします」
学生達への話の後、いったん解散し全員が学生寮内に待機することになった。
そして、騎士団庁から大勢の騎士達がセキレイの学生寮にやって来た。
事件現場となったウィリアムの部屋を中心に、学生寮周辺の捜索やセキレイの学生全員を対象に聞き取りなどがおこなわれた。
騎士団が捜査を終えてセキレイの学生寮を出ていくのを見送ったカレンは、「はぁ」とため息をついてラウンジの椅子に座った。彼女の側近たちも、皆、憔悴しきった表情だ。
しばらく無言の時間が流れた後、ぽそぽそと独り言のようにカレンが話し始めた。
「直接、招待状をいただいたとき、私はサクラコ様にとても失礼な態度をとってしまいました。お茶会に誘った相手から襲撃を疑われていたなんて、サクラコ様はどれほど悲しい思いをされたでしょうか」
カレンの目に、じわっと涙が浮かんできた。
よくよく考えてみれば、サクラコよりも疑わしい人物だっていたのだ。
王族からのお茶会の招待ということで、カレン達は完全に舞い上がっていた。冷静な判断を欠いたうえに、サクラコの噂に踊らされ見誤った。そう言えるかもしれない。
「サクラコ様に、きちんとお詫びしなければなりませんね」
🐈🐈🐈🐈🐈
翌日、昼食の時間にアレクサンダーは、今日もぼっちランチかと軽くため息をついていたサクラコをランチに誘った。
「嬉しいわ! アレクサンダーさま。とても良い雰囲気のカフェがあるの。ご一緒にいかが?」
サクラコは若葉色の瞳をきらきらさせて、そう返事をした。
ふたりは、途中でカレンと合流した。
るんるん気分のサクラコ。その後をカレンとアレクサンダーが続く。
行き先は、サクラコお気に入りの「古民家カフェ」である。
「ここよ。さぁ、入りましょう」
三人は「古民家カフェ」へ入り、窓際のボックス席に座った。
それぞれ注文を終えると、カレンが話を切り出した。
「サクラコ様、先日は大変ご無礼をいたしました。じつは、折り入ってお話したいことがあるのです」
カレンの慇懃な話し方に、サクラコは少し戸惑った。
王立学院に入学して初めて、クラスメートや同級生達と過ごす楽しいランチタイムになる筈だった。
いきなり、サクラコが期待していたのと違う空気になってしまった。
「どんなお話かしら?」
そう言ってサクラコは、仕方なく王族スマイルをふたりに見せた。
「私がバンブスガルテンで襲撃された件です。じつは、セキレイの学生が襲撃犯を手引きしていたことが判明いたしました」
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