第17話 シーリングスタンプの傷
残酷なシーンがあります。ご注意ください。
🐈🐈🐈🐈🐈
ウィリアムの部屋のなかは、ベッドと机の他に、クローゼットと本棚が置かれている。全体的にモノは少ない。割と几帳面な性格らしく、机の上や本棚はきれいに整頓されている。
アレクサンダーは部屋に入るなり、ウィリアムの机に置いてあったシーリングスタンプを手に取って眺めていた。
「ウィリアム。このシーリングスタンプ良いですね。あなたのモノですか?」
アレクサンダーはそう言って、手に持っているシーリングスタンプをウィリアムに見せた。
「ああ、僕のモノだ」
「今度、貸して下さい」
「ああ、いいとも」
ウィリアムは一度眉を寄せてアレクサンダーを見た後、すぐに作り笑いを浮かべて答えた。
そして、カレンの方に顔を向ける。
「それで、お話とは?」
「ウィリアム。貴方は、この招待状を誰から受け取ったのかしら?」
最初の招待状をウィリアムに見せながらカレンは尋ねた。
「誰って、サクラコ様の側仕です」
「では、その方の名前は?」
ウィリアムは一瞬、目を見開いてからうろうろと視線を泳がせた。そして、
「え? ええと、……申し訳ございません。忘れてしまいました」
と薄緑色の頭を掻きながら答えた。カレンとフレイアは顔を見合わせた。
「こちらの招待状を持ってきたのは男性でしたか? 女性でしたか?」
今度はアレクサンダーが、最初の招待状を指さして尋ねる。
「だ、男性だったかな?」
アレクサンダーは目を閉じ、ぴんと立てた人差し指でとんとんとんと額を叩いた。しばらく沈黙した後、ふたたびウィリアムに問いかける。
「髪の毛の色や目の色は、どうですか?」
「金髪で……、そうだ。目の色は紫だったよ」
記憶を探るような仕草を見せながら、アレクサンダーの質問に答えるウィリアム。アレクサンダーは、ウィリアムの緑色の瞳を真っ直ぐ見ている。
「そうですか。ウィリアム。その後、カレン様が書いたお茶会の返事をレネン宮殿へ届けましたね。受け取ったのは、どなたでしょうか?」
「招待状を持ってきた男性の側仕だったよ」
アレクサンダーは、表情の無い顔でウィリアムを見ている。カレンも目を閉じて、無言でふたりのやり取りを聞いているようだった。
「本当にあなたは、レネン宮殿に届けたのですか?」
「何を言っているんだ? もちろんさ」
ウィリアムは両手を広げて、カレンとアレクサンダーを交互に見た。
「それはオカシイですね、ウィリアム。サクラコ様の側仕に男性はいません。ふたりとも女性です。それから、金髪の方はいますが碧眼です。もう一人の女性は、水色の銀髪でスカイブルーの瞳をお持ちです。紫の瞳の方はいません」
ちなみに、護衛騎士のディランは金髪に銀色の瞳である。アレクサンダーが言うように、サクラコの側近のなかに紫の瞳の者はいない。
アレクサンダーの言葉にウィリアムは、ひどく狼狽している。
「アレクサンダー。あんた、よく覚えていたわね」
フレイアは、目を丸くしながらアレクサンダーを見た。
「フッ、綺麗な女性の顔は、一度見たら絶対に忘れませんよ」
目を閉じて微笑みながら、やや得意げに話すアレクサンダー。
ジト目で彼を見るフレイア。
彼はフレイアの冷ややかな視線を感じたのか、作り笑いを浮かべて誤魔化そうとした。その光景を、カレンは目を丸くして口元を押さえながら見ている。
じつはアレクサンダー。かつて、フレイアとクランの顔をなかなか覚えられず、二、三度、「どちらさまでしたっけ?」と聞いたことがあった。つまり、アレクサンダー基準で彼女達は、……みなまでは言うまい。失礼な少年(中身はアラサー)である。
「……コホン」
ひとつ咳ばらいをして気を取り直し、アレクサンダーはウィリアムに質問を続けた。
「それで、カレン様が書いたお返事を、一体どこへ届けたのですか?」
「……」
ウィリアムは、ただ無言で視線をうろつかせた。
アレクサンダーは、最初の招待状をカレンから受け取る。それをウィリアムに見えるようにかざしながら、カレンとフレイアの方に顔を向けた。
「最初に受け取った招待状です。簡素で、なんの絵柄も入っていないシーリングスタンプを使って封蝋されていました」
そして、彼は封蝋の一部を指さした。
「ここを見てください。はっきりとした線が走っています。おそらく、シーリングスタンプについていた傷です」
「それがどうしたの?」
フレイアは、小さく首を傾げた。するとアレクサンダーは、ウィリアムの机に置いてあったシーリングスタンプ手に取った。そして自分の目の前に掲げて、順に右から左へ三人に見せていく。
「これは、ウィリアムのシーリングスタンプです。ほら、ここに傷があるでしょう? これで封蝋してみましょうか」
彼はスタンプについた傷を三人に見せてから、ウィリアムの机の上にあったワックスを羊皮紙に垂らして、上からスタンプを押し付けた。
「あっ!」
カレンとフレイアは顔を見合わせ、そろって口元を手で押さえている。
最初の招待状の封蝋と、同じスタンプの大きさと形。そして同じ形、同じ場所に走るひとすじの線。
「さて、ウィリアム。説明してください。最初のお茶会の招待状は、貴方が作成したものですね?」
ウィリアムは、大きく目を見開いて額に冷や汗を浮かべている。やがて、観念したのか、ふらふらとベッドに腰かけて項垂れた。
「も、申し訳ございません。こうするより、他なかったのです」
「どういうことですか?」
カレンが尋ねる。しかし、彼は回答を拒否するように顔を背けた。その顔は苦し気に歪んでいた。
「いずれにせよ、貴方がバンブスガルテンにカレン様を誘い出したことは認めるのですね?」
と問いかけたアレクサンダーにも黙秘を続ける。
ウィリアムが黙秘を続ける様子を見たカレンは、静かに目を閉じて胸に手を当てた。そして目を開くと、フレイアの方に顔を向け指示を出した。
「フレイア、騎士見習いの子たちを呼んで来てください」
「かしこまりました」
しばらくして、フレイアがクランと数人の騎士見習いの学生を連れて戻ってきた。
ベッドに腰かけ項垂れているウィリアムを見た騎士見習いの学生達は、怪訝な表情でカレンの顔を見た。
カレンは、そんな騎士見習いの学生達に指示を出した。
「ウィリアム・スナイダーを拘束しなさい。彼は偽の招待状を使って私をバンブスガルテンに誘い出し、襲撃に協力した疑いがあります」
「ええっ!? ウィリアムが?」
騎士見習いの学生達は、大きく目を見開いた。にわかには信じがたい事実だ。
しかし、領主の娘カレンの指示である。すぐさま一人の学生が拘束具を探しに行き、残りの学生はウィリアムを取り押さえた。
しばらくすると、手枷を持った騎士見習いの学生がウィリアムの両腕を拘束した。その様子を見届けたカレンは、学生達につぎの指示を出す。
「直ちにセキレイに連絡を取って下さい。沙汰があるまでの間、ウィリアムをこの部屋で拘禁します。あなた達は、交代で彼を見張ってください」
「かしこまりました」
騎士見習いの学生達は、右手を左胸に当て頭を下げた。
ウィリアムを拘禁した後、カレン、アレクサンダー、フレイア、クランの四人はラウンジに集まっていた。
四人とも、一様に硬い表情だ。
「まさか、こんなことになるなんて……」
なんと、襲撃を手引きしたのは自分の護衛騎士だった。カレンは肩を落として呟く。彼女のサファイアブルーの瞳が、悲しみに揺れていた。
「それにしても、いったい誰がウィリアムを
クランが、頬に手を当てて首を傾げる。
「ウィリアムが、黙秘していますからね。まぁ、誰が黒幕かはだいたい見当はつきますが」
アレクサンダーはそう言うと、腕組みをして俯いた。カレンも無言で俯いている。
じつは「セキレイの聖女」と呼ばれていても、すべての者がカレンを畏敬しているわけではない。なかには、その名声を妬み恐れる者もいる。彼女の兄ベイジル・ブラントである。狭量で猜疑心の強い彼は、カレンが将来自分の地位を脅かすのではないかと恐れていた。そこで様々な謀略を巡らして彼女を貶めようとし、あるいは殺害しようとしてきたのだった。
「私、サクラコ様になんとお詫びをしたら……」
カレンは膝の上で拳を握った。側近たちも無言で俯くほかなかった。
一方、カレンの「襲撃」を手引きしたとして、自室で椅子に拘束されているウィリアムは、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
時折、何かを思い出すのか、目をきつく閉じ肩を震わせている。
「どうして、こんなことに……」
何度もそう呟いた。
彼の父親は、セキレイ領の文官で城の会計を預かっていた。
少額の金を長年にわたり横領していたことを、ある人物に嗅ぎつけられ脅迫されていた。襲撃の手引きも、その男が指示してきたものだ。
「父上は、なぜあのようなバカなことを……」
首を振って嘆いた。
深夜になってもウィリアムは、自分の爪先をじっと見詰めていた。
ふと、物音に気付いて窓を見た。
黒装束の人間が窓の欄干に腰かけて、こちらの様子を覗っている。
彼は、その手にクロスボウを携えていた。
ウィリアムは、大きく目を見開いた。
黒装束が片手で窓ガラスを破り、クロスボウを構える。
「誰かっ! 誰か来て……」
ウィリアムは、必死に叫んで助けを求めようとした。
彼の言葉を待たず、クロスボウの矢がウィリアムの額に命中する。
ウィリアムの額を貫いた矢には、「ラプトラ」という魔法がエンチャントされていた。ウィリアムの脳、身体中の血管、心臓などの内臓がこの魔法によって破裂し、彼を絶命させた。
窓の割れる音と叫び声に気が付いた見張りの護衛騎士見習いは、何事かと扉を開けた。
次の瞬間、彼の目に飛び込んできたのは血や体液、肉片などが散乱した部屋と、正視しがたい姿となったウィリアムの亡骸だった。
見張り役の護衛騎士見習いは、その惨状に思わず手で口を押えてしゃがみ込み、嘔吐した。
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