第16話 二通の招待状

 今回、少し時間がさかのぼります。

 お茶会のお断りをサクラコに伝えたアレクサンダーとフレイア。

 レネン宮殿から戻って、カレンに報告しています。


 🐈🐈🐈🐈🐈 


 シュテルンフューゲルの端に位置する「セキレイ学生寮」は、簡素な二階建て石造りの建物である。入口に装飾が施されているだけで、外装も内装もこれといった特徴のない普通の学生寮だ。建物内には、学生達の個室六〇室のほかに食堂とラウンジがある。

 一〇歳から一五歳までの王立学院に通う学生五〇名ほどが、ここで生活している。


 レネン宮殿から戻ったアレクサンダーとフレイアは、寮のラウンジでサクラコの様子をカレンに報告していた。


「私、サクラコ様のお姿を見た途端、カーッとなってしまって……。サクラコ様は、大変悲しそうなお顔をされていました」


 フレイアとアレクサンダーはサクラコの姿を見た途端、冷静さを失ってしまったことを後悔していた。


 ふたりも襲撃事件の被害者である。サクラコが黒幕だという疑いもあるのだから、無理もないのかもしれない。

 疑いがあるというだけで、真犯人のように扱ってはならないと頭では理解している。しかし、ふたりはサクラコを前にして、感情を抑えることができなかった。


 フレイアの言葉を聞いていたカレンは、目を閉じて俯いた。


「そうですか。少し気の毒なことをしてしまいましたね」


 カレンがそう言うと、その言葉を聞いたウィリアムが慌てたように口を開いた。


「しかし、演技かもしれません。王族の方は、感情を隠すのに長けておられると聞いています。それに襲撃の黒幕が、自ら黒幕だと分かるような態度を取るとも思えません」


 ウィリアムは、サクラコが黒幕であると信じて疑わないようだ。ヘンな同情は禁物だという。


「可能性はありますが、少なくともオレにはそうは見えませんでした」


 サクラコの悲し気な表情を思い出したのか、苦い顔をしながらアレクサンダーは言った。


 アレクサンダーの見た目は、一〇歳の少年だ。すでに読者の皆様はお忘れかもしれないが、元の世界ではアラサー男子だった。加えて司法試験の勉強をしていた人間である。「疑わしきは罰せず」とか「被疑者はあくまで被疑者であり、犯罪者ではない」と刑法や刑事訴訟法で勉強してきた。


 しかし、実際、自分が事件の被害者になってみると、そんなものはどこかに吹っ飛んでしまっていた。


 事件の黒幕という疑いのあるサクラコを前にして、頭に血がのぼってしまった。


「はははは。完全に騙されているな、アレクサンダー。王族の方が、感情を表に出したときは特に気をつけなければ。たいてい裏があるものだよ」


 カレンはアレクサンダーとウィリアムの会話を聞きながら、じっと何かを考え込んでいるようだった。


「それから、サクラコ様の護衛騎士が話していました。サクラコ様に報復しようと企む学生がいるという噂があるようです」


 そのアレクサンダーの報告に、カレンは目を見開いて彼の方に顔を向けた。


「まさか!? 今回の襲撃については、皆に口止めをしていたのですよ。しかも報復だなんて」


 カレンは、いずれ襲撃の噂が流れることはある程度想定していた。しかし、こんなにも早く襲撃の噂が流れ、さらにサクラコに報復するという噂まで出ているのは完全に想定外である。


「『人の口に戸は立てられない』と申しますから」


 カレンの様子を見たクランは、静かにそう言った。


「そうだとしても、報復などと早まったことをするのは放っておけません。クラン、ウィリアム、そのような動きが無いかよく目を光らせておいてください」


「「かしこまりました」」


 ラウンジでの話し合いの後、カレンは自室で二通の招待状をじっと見詰めていた。

 やがて、何かに気が付いたのか、はっと顔を上げ口元を手で押さえた。


 振り返って、部屋で控えていたフレイアに声をかける。


「アレクサンダーを呼んできて」


「かしこまりました」


 そう言ってフレイアが出ていくのを確認すると、また机の上に並べた招待状に視線を落とした。


 しばらくすると、フレイアがアレクサンダーを連れてカレンの部屋へ戻って来た。


「失礼いたします。お呼びでしょうか?」 


「ねぇ、アレクサンダー。これを見て欲しいの」


 カレンの机の上には、二通の招待状が並んでいる。最初の招待状とサクラコが手渡した招待状だ。

 アレクサンダーは、カレンの隣で招待状を覗き込んだ。


 最初の招待状は、絵柄のないシーリングスタンプで封蝋されていた。

 ところが、サクラコがカレンに直接手渡した二通目の招待状の方は、桜の紋章のシーリングスタンプで封蝋されている。おそらく、これがサクラコ専用の紋章なのだろう。


 また、最初の招待状の文面は、いかにも文官が書きそうな無駄のない事務的な文章だった。上から目線の表現も所々に見られる。

 他方、二通目の招待状の方は、サクラコのカレンに対する素直な気持ちがあらわれた文章だ。カレンに対する敬慕の情さえ感じる。


「スタンプの模様、文面が全然違いますね。どちらも男性が書いたような字ですが」


 ここでサクラコが聞いていたら「わたしの字が男性っぽいというのですか!?」と赤面しながら断固抗議したであろう。そんな発言をしながらアレクサンダーは、最初の招待状の文面を目で追い、そして封蝋を凝視した。


「どう思う?」


「それぞれ別人が作成したものだとすると、最初の招待状の作成者が不明ですね」


 カレンは頷いた。二通目の招待状は、おそらくサクラコ自身が作成したのだろう。それは、自らカレンに招待状を手渡したこと、そして文面からも窺うことができる。


 問題は、最初に届いた招待状である。


「最初の招待状を持ってきたのは、確か、ウィリアムだったわよね」


 そのカレンの言葉に、アレクサンダーは頷いた。そして二通の招待状に視線を向けながら、


「側仕から受け取ったのであれば、顔を覚えているかもしれません。……あまり考えたくありませんが、最悪の事態もあり得ます」


 そう言って、彼は目を閉じた。


「フレイア、ウィリアムを呼んでもらえるかしら?」


 振り向いてそうフレイアに指示するカレンを、アレクサンダーが止めた。


「お待ちください。こちらから出向いた方が、いいかもしれません」


 なおも最初の招待状に押された封蝋を凝視しながら、彼はそう提案した。


 三人はウィリアムの部屋へと向かった。彼の部屋は、学生寮二階のいちばん奥にある。


 そしてカレンはウィリアムの部屋の前に立つと、アレクサンダーとフレイアの顔を見て頷いてから部屋の扉をノックした。


「カレンです。少し貴方とお話がしたいの。とても大切なお話です。いいかしら?」


 部屋の扉が開き、ウィリアムが顔を出した。ウィリアムは、カレンの他にアレクサンダーとフレイアまでいたことに少し驚いたような表情を見せている。


 そして、


「ええ、むさくるしい部屋ですが、どうぞお入りください」


 と言って彼は、自室に三人を迎え入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る