第4話 クラス分けテストが終わって

「試験終了時間となりました。筆記用具プルメを置いて、解答をやめてください」


 ケトラーの合図で、三限目の魔法学の試験も終了した。


 全教科について、テストの問題を全て解くことができた。

 試験監督をしていた教師たちが、魔法学の問題用紙と解答用紙を回収していく。


「ふぅ……」


 自分の解答用紙と問題用紙が回収されると、サクラコはほっと胸をなでおろした。


 手ごたえもある。

 悪い成績ではない筈だ。


「みなさん。お疲れさまでした。明日、クラス分けが発表されます。必ず、確認してください」


 ケトラーがそう言うと、学生達の大きなため息が講義室に響き渡った。がたがたと退席する音が、あちらこちらから聞こえてくる。


 サクラコも筆記用具を片付けて、講義室を出た。


「サクラコ様。ごきげんよう。また明日」


 講義室を出たサクラコに学生が、つぎつぎと挨拶する。


「お疲れさまでした。また明日」


 声をかけられるたび、軽く手を振り王族スマイルで応えるサクラコ。


 校舎を出ると、ちょこんと座っていたルナがサクラコの方へ駆け寄ってきた。


「お待たせ。ルナ」


 サクラコは彼に手を伸ばして抱き上げる。


「お疲れさま。サクラコ。テストはどうだった?」


 サクラコの腕のなかのルナが、トパーズのような双眸を彼女に向けている。

 興味深々といった様子だ。


「ふふっ。悪くないと思うわ」


 腕のなかのルナに、サクラコは微笑みを向けた。


 黒猫を抱っこして、校門へと歩くサクラコ。

 彼女が王族だからか、黒猫を抱っこしているからか、学生達の注目を浴びていた。


「見て。サクラコ様よ」


「可愛らしい猫を抱いていらっしゃるわ!」


「素敵な黒猫ですわね。どちらの商会から献上されたのかしら?」


 ……黒猫は、森で拾った野良猫である。


 トレミィ講堂の側に差し掛かったとき、講堂前の噴水の近くをカレンとアレクサンダー、その他の学生達が集まって話しているのが見えた。カレンやアレクサンダーと話しているのは、同じセキレイ出身の学生だろう。


 サクラコは立ち止まって、その様子を眺めていた。


 だいぶ距離が離れていたものの、カレンもサクラコの姿に気が付いたようだ。サクラコの方に向きなおして軽くお辞儀をした。

 それに応えるように、サクラコも微笑みながらカレンに軽く手を振る。


 するとカレン達は、ぞろぞろと校門の方へと歩き出した。学生寮へと戻るようだ。


 校門の前でランファとディランが、サクラコを待っていた。

 サクラコの姿を見つけたランファが、大きく手を振っている。


 駆け寄りたい衝動を抑えて、サクラコは歩調を速めた。


 どんな時でも王族らしく優雅に。

 王立学院入学前に、お作法の先生からそう教わった。


「ディラン、ランファ。出迎え、ありがとう」


 サクラコはディランとランファを交互に見て、彼らの出迎えに謝意を示した。


「姫様。お疲れさまでした。さぁ、参りましょう」


 三人はシュテルンフューゲルの大通りを歩いて、レネン宮殿へと向かう。朝とは明らかに異なるスピードである。


「思っていたよりも、賑やかな街なのですね」


 サクラコはルナを抱っこしながら、きょろきょろと街を見回した。


 王都ほどではないにせよ、人通りは多い。王立学院を中心に発展してきた街だけあって、多くの学生達が歩いている。


 皆、新学期の準備に追われているようだ。あわただしく駆け回っている学生もいた。

 教師、研究者と思しき人も書店や魔導具店などを出入りしていた。

 研究者らしき人が歩いているのは、王立魔導研究所もこの街にあるからだろう。


「私も学生の頃、あの魔導具店のお爺さん店主に、よくオマケしてもらいました」


 ランファが、魔導具店のひとつを指さして懐かしそうに言った。


「ディランのオススメのお店はどこかしら?」


 サクラコは隣を歩くディランの方を見て尋ねた。


「……私は、王立学院では学んでおりません」


 サクラコとランファは思わず顔を見合わせて、目をまるくした。

 ディランは、確か「魔導騎士クロム・リッター」だった筈だ。騎士団庁のエリート騎士である。ふたりは、当然のように、この護衛騎士は王立学院を優秀な成績で卒業したものと思っていた。


「私は、平民出身です。病気の母とまだ幼い妹がいて、生活を支えるだけで精一杯だったのです。王立学院に通う経済的余裕はありませんでした。一五歳のときに騎士団庁の採用試験を受けて入庁しました」


 サクラコは、ディランと挨拶程度の会話を交わすことあっても、身の上などについて立ち入った話をすることはなかった。

 作り話かもしれないが、彼の口からそのような過去が語られるとは思わなかった。


「貴方は独りだけで、たくさん勉強して剣や魔法の鍛錬もして、『魔導騎士クロム・リッター』にまでなったのね……」


「……」


 レネン宮殿に戻ったサクラコは、部屋で制服から私服に着替えていた。

 今、この部屋にいるのは、サクラコ、ルナ、そしてランファの二人と一匹である。


 サクラコに着付けをするランファが鏡に映っている。


「……ランファ。お願いがあるの」


 サクラコは鏡を見ながら言った。


「何でしょう?」


「ディランの生い立ち、わたしの護衛騎士になるまでの経歴を調べて欲しいの」


 ランファの「隠密」は、諜報に向いているスキルだ。

 これまで、サクラコの側仕はランファしかいなかった。けれども、いまはレベッカもいる。

 レベッカがいる分、ランファも動きやすくなる筈だ。


 ランファのスキルを活かす時が来た。


「いい考えだね。ボクでは、ニンゲンの経歴を調べるのは難しい。ネコが根掘り葉掘り聞いて回るワケにはいかないからね。サクラコの護衛の点からいっても、ボクよりランファが情報を集めてくる方がいい」


 ちょこんと座ってこしこしと顔を洗っていたルナが、ふたりにそう言った。

 彼も同じ考えのようだ。


 八歳の時に襲われた「暗殺未遂事件」を、サクラコが忘れた日はない。

 毎日の食事に毒物が盛られていると知っていても、湧き上がる怒りの感情を抑えて口にしてきた。


 時折、それが暴発して、コックに何度も作り直しを命じたこともあったが……。


 ランファは、サクラコとルナに忠誠を誓っている。レベッカは、ガイウスを通してやって来た側仕だ。このふたりは、信用できる。しかし、


「ディランの?」


「ええ。お願い」


 護衛騎士のディランについては、国王の推挙という以上の話は聞いていない。

 先ほどの彼の話が本当なら、魔導騎士クロム・リッターにまで登りつめた男が、わざわざ騎士団庁を辞めてサクラコの護衛騎士になった理由が不明である。王の依頼だとしても、受ける必要などない。

 この王国は、王政、教会、騎士団庁の三権分立体制。騎士団庁は、国王の配下ではないからだ。


「かしこまりました」


 私服に着替えたサクラコは、紅茶を片手にテスト後の解放感に浸っていた。

 成績は気になるが、ひとまず最初のヤマ場は乗り越えた。


「そうだわ。問題なら全て記憶しているし、自己採点してみましょう」


 部屋にいるレベッカに、宮殿の図書室から数冊の本を持ってくるよう指示した。

 レベッカが本を抱えて部屋に戻ってくると、サクラコは問題を思い出しながら、自己採点を始めた。ルナも覗き込むようにその様子を見ている。


「……うんっ! きっと全科目満点ね」


 そう言って、テーブルの上にちょこんと座るルナに微笑んだ。


「カレンと同じクラスになるといいね」


 ルナは、サクラコの膝の上に乗ると、身体を伸ばして彼女の耳元でそう囁いた。

 カレンは学業の方も極めて優秀だと聞いている。この成績なら、彼女と同じクラスになるかもしれない。


「そうなったら、素敵ね。ふふっ。毎日が楽しくなりそう!」


 サクラコはルナと顔を見合わせて、若葉色の瞳を輝かせながらにこりと笑った。

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