第5話 クラス分け発表
朝、サクラコはランファに起こされ、眠たそうな目をこしこしとこすりながら湯浴みをした。その後、普段着を着せられてから朝食をとる。
本日の朝食は、野菜のスープ、パン、マッシュポテトのサラダ、ゆで卵。
まずは、スープを一口啜る。優しい味のスープだ。
パンをちぎって、口に運んだ。パンの香りが口の中に広がる。
そして、マッシュポテトを掬うようにして取り、もくもくと食べた。
「……」
サクラコにとって、難関のゆでタマゴ。
「では、いただきますね」
彼女は、気合を入れた。
「エッグスタンドに立つ、ゆでタマゴの頭を軽く押さえて……」
「ナイフで、ゆでタマゴの上部を殻ごと斬るっ!」
切るのニュアンスが違うような気がするが、これは彼女なりの朝のルーティンである。
ゆでタマゴの上部をナイフでスパーンと斬り、スプーンで中身を掬って食べる。
今日のゆでタマゴは、上手く食べることができた。
いいこと、ありそう。
笑顔でゆでタマゴを口にするサクラコ。
昨日とは違って、時間の余裕はあるらしい。
朝食を終えると、ランファに手伝ってもらいながら鏡の前で制服に着替えて身だしなみを整えた。
今日は、授業がないので鞄などの荷物は持って行かない。
「では、行ってきます」
「お気をつけて。お早いお帰りをお待ちしております」
レベッカが、レネン宮殿の玄関口からサクラコ達を送り出す。
サクラコはルナを抱っこしながら、護衛騎士のディラン、側仕のランファとともにレネン宮殿を出て王立学院へ向かった。
今日は、クラス分け発表の日だ。
新入生のクラスは、トレミィ講堂の前に仮設された掲示板に貼り出される。
校門でディラン、ランファと別れたサクラコは、ルナとともにトレミィ講堂へと向かった。
トレミィ講堂の前には新入生達が集まっている。
「同じ組になったな」
「なぁ~っ、お前に負けるとは!」
「一緒のクラスよね? きゃ~」
などと、わいわい、きゃっきゃと騒ぐ学生達。
王立学院では成績順にクラス分けがおこなわれる。一学級三〇人前後、一組から一〇組に分けられる。一組が成績上位者のクラス。一〇組は、底辺クラスということになる。
一般に、一組の学生には貴族出身の者が多い。例外もあるが、クラスが下がるにつれ平民出身の者が多くなる傾向がある。
親の経済力に左右されるのだろう。子供の教育にお金をかける経済力のある家庭の子供が成績上位者になるようだ。
「はっ……。サクラコ様。おはようございます」
ルナを抱っこしたサクラコの姿を見た女子学生のひとりが、挨拶するなり目を伏せてそそくさとその場を離れて行った。サクラコが、彼女に挨拶する間さえなかった。
「?」
ルナと顔を見合わせるサクラコ。
トレミィ講堂の前に着くと、サクラコの存在に気付いた学生達が彼女のために道を開けた。
「おはようございます」
そう声をかけて、サクラコは掲示板の前に立つ。
そして、自分の名前を探し始めた。
まずは、一組。
……カレンの名前を発見した。一組一番である。トップの成績だったようだ。
300点満点中、295点と掲示されている。
――流石はカレン……。あれ?
自己採点とはいえ、全教科満点と思っていた自分の名前がない。
上位どころか、一組にすら無い!?
二組……、ない。
三組……、ナイ。
四組……、五組……。
………無い。ない、ナイ。
「あら、サクラコ様のお名前でしたら、こちらにありますわよ」
長い金髪の少女が、掲示板のひとつを指さしていた。
その少女が指さす掲示板の前に立つサクラコ。
「……一〇組!?」
最下位クラスの一番下に、サクラコの名前があった。つまり彼女の成績は最下位である。
愕然とするサクラコ。
いったい、何が起こったのだろう? いくらなんでも最下位はないだろう。
とうてい信じられない事態に、サクラコは呆然と立ち尽くすしかなかった。
サクラコの方を見ながら、周りの学生が顔を寄せ合ってひそひそと話している。
その会話は、サクラコの耳にも届いた。
「なんか、最初、一組の掲示板を見てたぜ」
「『王国内最高の先生たちが、皆、匙を投げた』なんて酷い噂かと思っておりましたけれど、本当だったのですね」
「アマティ王子もクラウス王子も大変優秀と聞いていたが、妹君は『おバカ姫』だったんだな」
貴族の子息と子女と思しき者達が、ある者は薄い笑みをうかべながら、ある者はさげすむような目をしながら、またある者は明らかにバカにした口調で、これ見よがしに陰口を叩いた。
わざわざ、本人に聞こえるような声で。
仮にサクラコが一組に名前を連ねていたとしても、王女だからとか特別扱いだとか陰口を叩いただろうが。
サクラコは蔑むような周囲の視線に羞恥心でいたたまれなくなり、涙を浮かべて駆け出した。
「あら、サクラコ様どちらへ?」
「王様のところじゃないか? 王様に頼んでクラス替えしてもらうのさ」
「私達と同じクラスになるといいですわね。一組でお待ちしておりますわ」
「あははははは」
追い討ちをかけるように、学生たちの笑い声が聞こえてきた。
何があったのだろうと心配そうな顔をしているカレンとアレクサンダーの姿もあったが、サクラコの視界にふたりの姿はなかった。
――うそ、うそ、うそ。こんなの、絶対なにかの間違いよ!
掲示板の前に群がる学生達をかき分けて、サクラコは校長室へと向かった。
校長室は三階建ての研究棟の最上階にある。王立学院入学式の日、散歩中に確認しておいたのだ。
サクラコは身体強化をして、一気に最上階へと駆け上がった。
階段を上がった廊下の突き当りが校長室だ。
サクラコは、足早に廊下を突き進む。
そして「校長室」と書かれた木製の標識が掲げられている部屋の前に立つと、その部屋の扉をノックもしないで乱暴に開けてしまった。
最上階のフロアに、バァンという音が響き渡る。
「これは、いったいどういう事なんですかっ!?」
サクラコは怒鳴り声にも似た大きな声で、部屋の中にいた教師に向かって抗議した。
彼女に背中を見せて立っていた算数・数学担当の教師ロバートソンが、その声に驚いて振り向く。
そして、校長室の扉の前に黒猫を抱いて立つ少女の姿を見ると顔色を失った。
「サ、サクラコ様!?」
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