第5話 王女と魔導騎士そしてネコ①
黒いローブの男が去った後、黒猫ルナは途方に暮れていた。
サクラコは、今、意識を失っている。
「困ったな。コレ、魔力が暴走しているよね」
暗殺者たちを撃退するため、それまで魔力を使用した経験のないサクラコが魔力弾を使用していた。
魔力使用するさい、いったん体内の魔力を循環させるプロセスが必要だ。けれども魔力を速く循環させるほど、身体への負担が大きい。身体が耐えられないほどの速さで魔力を循環させれば、命に係わる。
たとえば魔力は血管のなかでも循環するので、急激に高速で循環させると大動脈解離などを起こす危険もあるのだ。
そのため魔力を使用するには、知識はもちろんのこと訓練が必要になる。
ルナは、なんとか魔力循環を落ち着かせようと治癒魔法を使って必死に手当をする。
「くっ、やっぱり治癒魔法だけじゃ、難しいか……」
治癒魔法は、怪我などをした場合に傷口を塞いだり骨折した患部を治療したりするものだ。
この魔法で、毒や病気などの状態異常を回復することも可能である。ただし効果は薄い。これらの場合には、薬を使うのが一般的である。
サクラコの症状は状態異常なので、治癒魔法で回復させるのは困難だ。
「まずい。頭がクラクラする……」
ルナは、先ほど怒りにまかせて禁忌魔法を使用してしまった。その影響で、彼も魔力枯渇が近い。
そこへ、どこからか馬の足音が聞こえてきた。
ルナは耳をぴこぴこさせて、馬の足音がする方向を確認した。
「……あの男が去って行った方向とは、逆の方向から近づいてくるね」
そうだとすれば、このニンゲンはあの男とは無関係の者だろうと彼は思った。
ルナは、茂みの中から様子をうかがう。
すると馬に乗った女性騎士が、カポカポと近づいてくるのが見えた。
艶やかな黒髪のショートボブに黒曜石を嵌め込んだような黒い瞳。
白銀の鎧に身を包み、腰には黒い鞘に収められた剣を佩いている。
どうやら、この女性騎士は騎士団庁所属の
――
騎士団庁所属の上級騎士である。
総勢五〇〇名。魔力値85以上でかつ武芸に秀でた者で構成されている。
白銀の鎧を与えられた騎士団庁のエリート騎士だ。
女性騎士は馬を止めて、あたりの惨状に眉を顰めた。
「これは、いったい……」
そう言うと馬から下りて、彼女は側仕たちの亡骸を確認する。
「えっ? これって……」
道に落ちていた短剣を拾い上げ、柄の部分を見ると辺りを見回した。
そして、胸から出血して倒れているセイランの亡骸へと駆け寄った。
「セ、セイラン!? う、そ……。そんな……」
彼女は、セイランの亡骸の前で両膝をついて項垂れている。どうやら、セイランと親しかったようだ。
その様子を茂みから見ていたルナは、ザッと飛び出して女性騎士の側に駆け寄った。
茂みの方から急に何かが飛び出して来るような音がしたためか、女性騎士は即座に身構えた。
「ネコ?」
ニィ。
女性騎士は、すこしホッとしたような表情で駆け寄ってきた
そして茂みの前で振り返り、再びニィと鳴いて女性騎士を見る。
「? その茂みの向こうに何かあるの?」
ルナは、茂みのなかへひょいと飛び込んでいった。
女性騎士は立ち上がり、横たわるセイランの亡骸を少し悲し気に顔を歪ませて一瞥すると、ルナが消えていった茂みの方へと歩き出した。
周りを警戒しながら茂みをかき分けて行くと、その奥で倒れている幼女を発見した。
女性騎士は、慌てて幼女の方へと駆け寄る。
「サ、サクラコ様!?」
すぐさまサクラコの状態を確認する女性騎士。
ずいぶん息づかいが荒い。発熱もしている。
「毒? ……違うわね。毒を受けたなら、すでに死んでいる筈」
脈を取ると、異常に脈拍が速い。
「これは、……魔力暴走してる? まさか、魔力を使用したの!? 最近、洗礼式を終えたばかりなのに」
ニィ!
彼女の言葉に答えるように、隣で鳴くルナ。
女性騎士は黒猫ルナを見て、目をぱちぱちさせた。
「って、サクラコ様の魔力暴走を止めないと!」
女性騎士は、ルナから視線をサクラコの方に移した。
ポシェットから薬を取り出し、それをどうにかサクラコに飲ませた。
「これで、落ち着いてくれたら良いのだけれど」
これ以上は、もうできることはない。女性騎士は黒猫ルナを抱いて、サクラコの状態を見守るほかなかった。
どのくらいの時間が経過しただろうか?
辺りが薄暗くなった頃、ようやくサクラコの意識が戻った。
「う…、ううん……」
ゆっくりと目を開くサクラコ。
やがて、身体を起こし、焦点の定まらいような目をして前に座るルナと女性騎士の方に顔を向けた。
青ざめたような顔でふらふらしながら、サクラコは手で頭を押さえ女性騎士に視線を向ける。
「あ、貴女は?」
女性騎士は跪いて目を閉じた。
「カヲルコ・ワルラスといいます。サクラコ様」
――カヲルコ・ワルラス
騎士団庁所属の女性騎士。一六歳にして魔力値85を超え、剣の腕も騎士団のなかでは彼女に比肩する者なしと言われたほどの剣豪である。
彼女の佩刀は神剣のひとつ。銘を「
後に、ヴィラ・ドスト王国の歴史を動かす師弟が、いまここに出会ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます