第4話 黒いローブの男
「う…そ…」
目の前でさらさらと風に流されていく黒い灰を眺めながら、サクラコはそう言うのがやっとだった。
あまりの惨劇に、彼女は息を呑んだ。いま目の前で起きた事が、どうにも信じられないといった様子である。気持ちはよく分かる。これを見て、「ありがとう。助かりました」と済ますことのできる幼女はいないだろう。
――ネコが人の言葉を話して、スキルや攻撃魔法を使って刺客を瞬殺……、ですか……。
現実離れした光景を目にして、しばらく処理落ちしていた彼女は、やがて深く考えないことにしようと決めた。
いまは、そういうこともあるのだと思うしかない。そうしよう、と。
そして、ふと気が付いた。そういえば、あのふたり。
「ヴァイドとハンスは、無事なのかしら?」
サクラコは立ち上がり、きょろきょろと辺りを見回して、ふたりの護衛騎士の姿を探した。
黒猫ルナは耳をぴこぴこさせながら、サクラコたちが来た道の先をじっと見詰めている。
「サクラコ。どうやら、そのふたりがこちらに近づいて来るみたいだ」
「本当!? 良かった、無事だったのね! きっと、わたしたちを探して心配しているわ。行きましょう!」
そう言って歩き出そうとするサクラコを、黒猫ルナは彼女の前に出て制止した。
「待って。ひとまず、そこの茂みに身を隠そう」
「えっ!? どうして?」
「いいから早く!」
サクラコは黒猫ルナに言われるがまま、怪訝な表情で茂みに身を潜めた。
しばらくすると、二人の護衛騎士が姿を現した。彼らは、サクラコたちを心配して駆けてくるどころか歩いてきた。
安否を気遣っていた様子も、この惨状を見て慌てる様子もない。
「……これは、酷いな。だが、姫様の遺体が見当たらないぞ?」
護衛騎士のハンスが、刺客の手にかかりあられもない姿で転がる側仕たちの亡骸を見てそう言った。
「ヤツらの姿がない。おそらく、逃げた姫様を追って行ったのだろう。今頃は、アイツらの手に掛かって殺されているだろうな」
ヴァイドは落ちていた短剣を手に取って、それを値踏みでもするかような目で見ながら答えた。
――えっ!? どういうこと?
「ようやく、オレたちにも運が向いてきたな。領主の跡取りに嫁ぐ王女の護衛なんて、貧乏クジもいいとこだったからなぁ」
ハンスが口角を上げてヴァイドを見る。それに応えるように、ヴァイドは笑みを浮かべながら頷いた。
サクラコは、思わず声を上げそうになった。手で口を押さえて息を殺した。
――そんな……。ひどい……。
誰が、どのような理由で自分に刺客を差し向けたのか、それは分からない。けれども、二人の護衛騎士は、あろうことかこの襲撃に協力していた。
じわりと涙が溢れてきた。
セイランたちまで、なぜ殺されなければならなかったのか?
どうして、自分がこんな目に会わなければならないのか?
胸の奥の方から切り裂かれるようなカンジがして、涙があとからあとから溢れ出してくる。
サクラコは茂みの陰に潜みながら、ヴァイドとハンスを睨みつけていた。
歯を食いしばり、肩を小刻みに震わせて睨みつけた。
そこへ、黒いローブを纏った騎士風の男があらわれた。背が高くがっちりとした体格だ。けれども、フードに隠れて顔が見えない。
ふたりは、恭しくその男にお辞儀をしている。彼らよりも身分か階級の高い騎士なのだろうか? 黒いローブの男はサクラコたちに背を向けて、ふたりの護衛騎士達の前に立っていた。
「どうやら、すべて片付いたようです」
「そうかい? まだ、終わっていないようだけど?」
「は?」
一瞬のことだった。ふたりの護衛騎士の首の根本から、血が噴き出していた。ふたりの首は、地面に転がっている。
いつの間にか、黒いローブの男は剣を抜いて横に薙いでいたようだ。
彼は剣をひゅんと振って血を払い鞘に収めた。そして地面に転がるヴァイドとハンスの亡骸に向かって、底冷えするような声で呟いた。
「……フン。護衛対象を売るような騎士など、我が主には不要なのでね」
それを茂みの陰で見ていたサクラコは、震えながら涙を流し声を上げそうになるのを必死に耐えていた。
目の前で自分の側仕たちが次々と殺され、裏切り者だったとはいえ護衛騎士まで殺された。自分の周りにいた者たちが、自分の目の前でみんな殺されてしまった。
八歳の幼女には、あまりに凄惨な現実。
目の前がすうーっと暗くなって、身体の力が抜けていく。
パキッ
力が抜けた身体を支えるため手をついた瞬間、そこに落ちていた枝を折ってしまった。
「……まだ、生存者がいたか」
黒いローブの男が音に気が付き振り返る。そして、警戒しながらサクラコが身を潜める茂みに近づいて来た。
サクラコは身体をまるめ目をぎゅっと閉じて、男に発見されないことを願った。
ガササッ。
そこへ、黒いローブの男の前に飛び出してきた一匹の黒い猫。
「……猫か」
黒いローブの男は、ひとつため息をついた。そして黒猫が飛び出して来た茂みを一瞥すると、くるりと振り返って来た道を引き返して行く。
黒猫は腕をペロペロ舐めて顔を洗い、男の姿が見えなくなるまで遠ざかる背中をちょこんと座って眺めていた。
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