第3話 襲撃された王女

 王宮への帰り道、サクラコは黒猫ルナを抱いてセイランが手綱を取る馬に揺られていた。朝早くに王宮を出発したからだろう。まぶたが重くなってきた。


「そういえば、護衛騎士のお二人はどちらへ?」


 ふいに側仕のひとりが、そう言って周りを見回した。

 サクラコも顔を左右に動かしたり振り向いたりして、ふたりの護衛騎士の姿を探してみた。

 確かに、いつの間にか護衛騎士のヴァイドとハンスの姿がない。


「いったい彼らは、どこへ?」


 サクラコ一行は立ち止まって、きょろきょろと辺りを見回す。

 黒猫ルナが何かを察知したのか森の方に顔を向け、耳をぴこぴこさせながら森の奥の方をじっと見詰めている。


「ルナ?」


 突然、馬が驚いたように立ち上がり、サクラコとセイランは馬から振り落とされてしまった。

 すると森のなかから覆面、黒装束の男たち数人が飛び出して、サクラコ一行を取り囲んだ。彼らは、すでに抜き身の剣を手にしている。どうやら、サクラコの命を狙う刺客のようだ。


 立ち上がったセイランは、刺客の男たちの動きを警戒しながら、


「っ! 姫様をお守りするのです」


 と他の側仕達に指示し、自らも短剣を抜いた。


 しかし、サクラコ一行はほとんどが女性である。多少、武芸の心得のある者もいたが、あっけなく次々と刺客の凶刃に倒れていく。


 筆頭側仕のセイランは、騎士を目指したほど武芸につうじた女性である。サクラコ一行のなかでは、唯一、刺客の男たちと互角に渡り合えていたといってよい。しかし他の側仕たちが刺客の刃にかかると、とうとう多勢に無勢となってしまった。


 そしてついに、短剣を弾き飛ばされ彼女にも刺客の刃が迫った。


 そのときだった。


 セイランに刃を向ける刺客のひとりに、魔力弾が命中した。魔力弾をまともに受けた刺客は、弾き飛ばされて丸太のようにゴロゴロ転がっている。


 セイランは、魔力弾が飛んできた方に視線を向けた。


「!? 姫様っ! ダメです。おやめください!」


 現在のサクラコの年齢は八歳。ヴィラ・ドスト王国で、子供が魔力の扱いを学び始めるのは九歳~一〇歳である。魔力操作には知識と訓練が必要で、不用意に魔力を使用すると身体に負担がかかりすぎるため命に関わる。


 サクラコには、魔力操作の知識はあったが未だ訓練をしたことはない。そんな彼女が魔力を使用することは、死の危険をともなう行為だ。


 けれども目の前で、自分の側仕たちが次々と殺されていくのをただ見ているワケにはいかない。セイランが刺客に殺されるのを、黙って見過ごすワケにはいかない。


 ――セキレイの「聖女」カレンは、五歳で最上位聖属性魔法を使って多くの平民を救済したと言います。なら、わたしだって、わたしだって、できるハズです! 絶対、セイランを護ってみせます。


 サクラコは、手あたりしだいに刺客たちに向けて魔力弾を撃った。

 しかし魔力弾による攻撃は、回避されてしまえばそれまでである。刺客たちは防御魔法で腕に盾のような防御壁を展開し、サクラコの放つ魔力弾をつぎつぎと跳ね返してしまった。


「そ、そんな……」


 そして刺客のひとりが剣を振り上げ、サクラコに襲いかかった。


「姫様っ!」


 庇うようにサクラコと刺客の間に立つセイラン。刺客の刃が彼女を貫いた。


「いやあぁぁ! セイラン!」


 目の前で崩れ落ちるように倒れるセイランの姿を見て、サクラコは叫んだ。すぐさまセイランの下に駆け寄った。


「セイラン。セイラン、だめ、死なないで!」


「ひ、姫様……、逃げて……」


 涙を流してセイランに縋りつくサクラコにも、刺客の刃が襲いかかろうとしていた。

 それを見た彼女は、黒猫ルナを抱いてふらふらと立ち上がり魔力弾を放つ。

 至近距離で魔力弾を受けた刺客は、吹き飛んで森のなかへ消えていった。


「はあっ、はあっ……」


「……手こずらせやがって」


 苛立った表情で刺客のひとりが、サクラコにその刃を向ける。


 サクラコは、おぼつかない足取りで黒猫ルナを抱いて逃げようとした。

 しかし、無理に魔力を使用したツケだろうか。走り出した途端、足がもつれて転んでしまった。


「あっ……、ぐっ」


 このコだけは守ろうと、サクラコは黒猫ルナに覆い被さるようにうずくまる。


「へへへへへ。これで終わりだな」


 三人の刺客たちが、笑みを浮かべてサクラコを取り囲んだ。

 そして刺客のひとりが、その刃を彼女に向けて振り下ろす。

 サクラコは、思わずぎゅっと目を閉じた。


 ギイィィィン……。


 !?


 おそるおそる目を開いた。どういうワケか、自分の周りに防御壁が展開されている。


「バカだよ、キミは。ネコなんて、置いて逃げればいいのに」


 いったい、なにが起きているのだろうか? 黒猫ルナが防御壁を展開して……、さらに喋ってる!?


「えっ!? ルナ!? 貴方なの?」


「キミは、ボクに名前をくれた。「ルナ」、素敵な名前だ。この名前気に入ったよ。ありがとう。サクラコ・ヴィラ・ドスト」


「ルナ?」


 黒猫ルナは、サクラコの腕からするりと抜け出すと顔を上げて刺客の方を見た。


「さて、コイツらを瞬殺して、ひとつ恩返しをしようか」


 そう言うと彼は、ちょこんと座って防御壁を解除し右前足をひゅっと横に薙ぐように振った。


 ――アルテマクロウ

 創世神エイベルムの遣いネコ「アノン」のフェイバリットアタックである。

 その斬撃は鋼鉄をも切り裂くといわれている。ただし、なぜかスライムには効果がない。

 ノベリストンアロウにスライムは存在しないが……。


 その爪から放たれた真空の斬撃は、まるで布を引き裂くようにサクラコを取り囲んでいた三人の刺客を切り裂いた。


 続けて、三人の背後にいた刺客に向かって走り込み、アルテマクロウで彼の足を切り落とす。片足を失い支えのなくなった刺客の身体が、崩れ落ちるように前のめりに倒れてくる。

 黒猫ルナは、刺客が倒れ込んできたところを狙って彼の顔面にねこパンチを当てた。刺客の頭部が、爆ぜるように吹き飛ぶ。


「なっ!? どういうことだ! 何だこの薄汚い野良ネコは?」


 あっという間の事で、その様子を眺めて見ているしかなかった刺客のひとりが愕然として言った。身なりなどからすると、どうやらこの男が刺客たちのリーダーのようだ。


 刺客のリーダーの方に、黒猫ルナは鋭い視線を向けた。


「は? 薄汚い野良ネコ? 幼女と女性だけの一行に、嬉々として襲撃をかけるヤツに言われたくないね」


 どうやらこの黒猫、たいそうご立腹の様子。

 彼に「薄汚い野良ネコ」は禁句のようだ。


 黒猫ルナの全身から黒い魔力が溢れ出し、それが彼の尻尾の先に収束していく。


「ふふっ。闇に飲まれ、灰塵となるがいいにゃーん!」


 黒猫ルナが尻尾をひと振りすると、放たれた黒い球状の魔力が刺客のリーダーへと光速で飛んでいく。そして黒い魔力の塊は、彼の前で大きく広がると渦を巻き始めた。


「なっ!? 何だこの魔法は!? や、闇の渦? 黒い焔? ぐ、ぐあああぁぁ……」


 最後に残った刺客たちのリーダーは、黒猫ルナによって肉塊とされた刺客たちの亡骸もろとも闇の渦に飲み込まれていく。どんなにもがこうとも、闇の渦は抗うことを許さない。


 ――グラビティ・ヴォルテクス

 闇属性攻撃魔法のひとつである。

 闇の渦に飲み込まれた対象は、渦の力によってすり潰され黒い焔に焼き尽くされて灰となる。旧大聖典によれば、最上位の悪魔が使った攻撃魔法であると記述されている。

 このためノウム教会により、禁忌に指定される魔法のひとつだ。

 現在、ヴィラ・ドスト王国の黄金騎士でも、この攻撃魔法を使える者は存在しない。


 刺客たちを飲み込んだ闇の渦が消えた後には、黒い灰だけが残された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る