第6話 隷属の首輪
エイトスの覇気を全身に浴びながら、オレは笑みを浮かべて剣を構えている。
なんだか、エイトスのヤツも楽しげに見える。
オレは、剣を正眼に構えた。
……八相とか脇構えとかの方がいいのか?
多分、彼はその辺の騎士ではなさそうだ。ムダな動きをすれば、あっさり斬られてしまうだろう。
身長差を考えると、脇構えの方がいいかもしれない。
オレは、一歩下がって脇構えで剣を構えた。
エイトスは笑みを浮かべながら、剣の切っ先の奥で眼を細めている。
……剣を振りかぶったところを狙おう。
オレは、エイトスの構える剣の切っ先に神経を集中させた。
ぴりぴりと張りつめた空気が、オレの頬や首筋を掠めていくような感じがする。
もう、ずいぶん長い時間、オレはエイトスと対峙している……ような気がする。
そして、彼の剣の切っ先がわずかに動いた瞬間、オレは一気に踏み込んだ。
!? しまっ………。
それは、誘いだった。
エイトスは剣の切っ先を鳥の尾のように、ひょこっと上下させただけだった。
オレの剣筋に合わせて、エイトスの剣が打ち下ろされる。
ガギィィン……。
「ぐっ……」
その斬撃の鋭さ、重さからオレは悟った。まったく、勝ち目はなさそうだと。
オレは斬撃を受け流し、エイトスの脇を抜け少女の方へと走った。
ガチの悪役みたいだが、ここは彼女を人質にして逃れよう。
そう思った瞬間、オレは突然、何かに足を取られビターンとうつ伏せに倒れてしまった。
な、何だ!? 何が起きた?
すぐさま立ち上がろうとしたが、どういうワケか上手く立てない。
足下を見ると、何か黒いモノがオレの両足首を拘束している。
どうやら、コレが原因らしい。
オレは、自分の両足首を拘束するヘンなモノを取り払おうと手で掴んでみたり、両足をウサギのようにぴょんこぴょんこと激しく動かして振り払おうとしてみたが、どうにもならなかった。
そして、エイトスと少女は警戒しながらも、ジタバタするオレの方に近づいてきた。
「お手数をおかけいたしました。カレン様」
このおかしな拘束は、どうやらエイトスではなくカレンと呼ばれている少女の仕業らしい。
それにしても、いったいこれは何なんだろう?
「いいえ。それにしても、エイトスの打ち下ろしを受け流すなんて……、ただの少年ではありませんね。お兄様たちの手の者でしょうか?」
「……さて、それは何とも。暗殺者ならば、自ら名乗ったりはしないでしょう。加えて武器ひとつ持たない暗殺者など、聞いたこともありません」
ふたりは、すでに抵抗をあきらめて座り込むオレを見下ろしながら、そんなピント外れな会話をしている。
「だから、暗殺者じゃないって! オレはたまたま扉が開いていたあの洞窟で、寝てただけだって」
そう主張してみたが、ふたりは顔を見合わせて「どうしたものか?」という表情をしていた。
するとオレに打ちのめされた兵士二人が、腹などオレに殴打された箇所を手でさすりながらこちらへ向かってくるのが見えた。
そして、オレの前に立つと、
「このガキ! さっきはよくも」
そう言って剣を振り上げようとした。
「やめなさい。それよりも、あなた達のお怪我の具合はいかがですか?」
カレンは、二人の兵士が手でおさえている箇所を心配そうに見ている。
「なんの。かすり傷です。大したことはありません。なぁ?」
「ええ。何ともありません。カレン様」
兵士たちは、顔を見合わせてからカレンの方に顔を向け、頭を掻きながら言った。
「そうですか? 見せてごらんなさい」
そう言うとカレンは兵士に近づき、少し屈んで彼が手で押さえている箇所を凝視した。
「かなり強く打たれたようですね。少し、じっとしていて下さいね」
「カ、カレン様!?」
カレンの手から白い光が溢れ出す。
彼女は、その手を兵士の腹部に優しくあてた。
続けて、同じように隣の兵士の腹部にも手をあてた。
……な、なんだアレ? まさか、アレが魔法?
オレは、生まれて初めて見る魔法に目を奪われた。ゲームやラノベの知識しかないが、おそらくあれが回復系の魔法なのだろう。
「俺らみたいな下っ端の兵士に、なんてもったない……」
兵士のひとりは、感激して涙を浮かべているようだ。
そういえば、このカレンという少女は、たしか「聖女」とか呼ばれていたな。
だからなのか? あるいは、かなり身分の高い者なのか?
兵士たちの治癒にあたっている彼女を眺めながらそんなことを考えていると、エイトスが片膝をついてしゃがみ、オレの顔を覗き込むようにして見ていた。
「カレン様。この少年、主なしの奴隷のようです」
そうだ。そういえば、すっかり忘れていた。
オレは「奴隷」だった。
エイトスが、なぜオレを見て奴隷と判断したのかというと、この世界に渡るさい爺さんがオレの首に装着した「隷属の首輪」を見たからだ。
これをどうするのか説明はなかったが、こちらの世界の奴隷はこうした首輪か腕輪を嵌めているらしい。
けれども「主なし」だと、何故判ったのだろうか?
兵士たちの治療を終えたカレンは、エイトスの隣に立ちオレの顔を覗き込んだ。
「……本当ですね。彼がお兄様の手の者であれば、『主なし』ということはありえません」
「ええ。ひとまず、暗殺者の類ではなさそうです」
ふたりはホッとしたように、ひとつため息をついた。
「いや、だから、違うって言っただろ。誓って、オレはあんた達に危害を加えるつもりなんてないんだ。だから、コイツをそろそろ何とかしてくれないか?」
オレは、両足首に巻きついている黒い拘束を指さす。
「ごめんなさい。今、解除しますね」
そう言うとカレンは、オレを拘束している黒いモノに触れた。その瞬間、その黒いモノはサラサラと砂のように解けていった。
ようやく両足の自由を得て、オレはヤレヤレとため息をついた。そして、肩や手足についた砂利を払う。
ん?
カレンが、なおもオレの顔をまじまじと見詰めている。濁りのない澄んだサファイアブルーのキラキラした瞳をオレに向けている。
……くっ、こんな幼女の視線でも、ここまで見詰められるとなんか照れるな。いや、今のオレも幼児か?
「わたしは、ヴィラ・ドスト王国セキレイ領主の長女カレン。アレクサンダー・ドレイクと言ったかしら? 異国の方のような顔立ちね」
カレンは、オレの頬に手を伸ばしてそう囁いた。
「ふふ。それに変わった髪型……」
彼女は、オレの髪に触れて微笑んだ。
……あまりそこには、触れてほしくなかった。
オレの髪型は、くるくるの天然パーマ。いわゆる「天然アフロ」である。
このクセ毛のため、「アフロ君」など意に沿わないあだ名で呼ばれた思い出は、もはや黒歴史のひとつだ。
すると彼女は、人差し指を自分の唇につけて一度宙を見ると、またオレの方に視線を向け「聖女」らしからぬ悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「いいコト、思い付いちゃった❤」
「カレン様?」
カレンは、一度エイトスに視線を向け、つぎに視線をオレの方に戻す。
そして唇につけていた人差し指を、オレの喉元に近づけてきた。
「カレン様、まさか!?」
「ええ。そのまさかです。この子の隷属の首輪に、わたしの魔力を登録します」
カレンの人差し指の先が光っている。
その指先が「隷属の首輪」に触れた瞬間、オレは雷に打たれたような衝撃を全身に感じた。
「ぐわああぁっ!」
オレはその衝撃に耐えられず、苦しみにのたうち回った。
「はぁっ、はあっ……」
肩で息をするオレの耳元で、カレンが囁く。
「ふふっ。これで、あなたはわたしの所有物です。アレクサンダー・ドレイク。その身も心も血の一滴に至るまで、あなたのすべてをわたしに捧げなさい」
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