第19話 獣と化した騎士

「あ、お兄ちゃん!おかえり!あのね、気づいたらね、ウサギさんが倒れちゃっててね、それでね、それでね!」


俺らが戻ると試合を終えたメルがいつもの笑顔で迎えてくれた。


「随分と長かったのう。」


なんか含みのある言い方…。

なんだろ、今更だけどすげえ罪悪感出てきた。


「そ、そうかな??そんなんでもなかったと思うけどなぁ??」


「そうかえ?先程と服装が違っているように見えるが…。さぞいい汗をかいたじゃのう?」


「いや、その—」


「それは私が全部破いてしまったからなのさ!いやー、着替えを取りに行くのもすっぽんぽんだったし、さすが照れちゃったのだ!!」


「ティナ!ちょっとあっちで話し合おう!」


「ねえねえそんなことよりお兄ちゃん!あのお姉ちゃんがね、傷だらけなの!痛そうなの!」


メルに引っ張られるとまさに戦闘中のシエラが息を切らし、片膝をついているのが見えた。


「なっ!シエラ!!」


「まったく、敵もやってくれおる。シエラのことを熟知したじゃのう。」


作戦?


俺は視点をシャルからシエラの方に戻してもう一度戦況を見渡した。


「お、おい。なんだよあれ…。」


数人の人間の女の子が鎖に繋がれ、敵の獣の前に並んでいる。


「もしかして、奴隷を盾にしてやがるのか…?」


「そういうことじゃ。何とも愚劣で汚らわしい。ヘドが出る光景じゃよ。」


まったく、これもメリシアの差し金であろうな。あの女、このような狂気をよく今まで隠し通しておれたものじゃのう。



—バトルゾーンにて


「うしししっ。どうした、騎士団長殿??もう終わりなのか?」


くっ、どう立ち回ろうともあの娘達を巻き込んでしまいますね…。


やはり私の振動魔法をぶつけて、敵の脳波に直接作用を加え…ってこの激しい戦闘下ではやはり娘達にも当たりかねません!!


「くっ、あなたは卑劣です。」


「うししっ、別に私はルールに則ってを使ってるだけだぜ?」

獣人はニタリと笑い、奴隷を繋ぐ鎖を引き寄せた。


「…。道具?ですか?」


「そうだ、お前らからもらった道具だ!こいつはいいぞぉ?壊れても壊れても補充すればいい!刀や杖みたいに修理の必要もねえんだ!どうだ、便利だろ!?」


シエラの眼の色が変わった。

それと同時にシエラを取り囲むように風が舞い、上昇気流が発生した。


「な、なんだぁこれは!!貴様がやっているのか!や、やるってのか!!」


力なく立ち上がったシエラは遠い空を見上げ、そしてつぶやく—



「…共鳴り」



「ぐひぃぃ!!何が起きてる!」


あたり一面に転がる岩石が四方八方で爆発するかのように弾け飛んでいる。


それに加えて、風の音が地響きのような轟音で唸りをあげ、会場中に砂嵐を巻き起こした。


「シャル!一体なにがどうなってるんだ!」


「これがシエラの秘技、共鳴りじゃ!


簡単に言えば、そこら中に同種の振動体を飛ばしまくって、風やら石ころの落下なんかの現象に対して、振動体によって阿呆みたいに増幅されたエネルギーを上乗せしとるんじゃ!」


…ぜんっぜんわからん!!


「要するに無差別に攻撃しまくってるってことか!」


「つまりはそうじゃな!」


砕かれた岩が空を舞い、またその岩に次のエネルギーがぶつけられる。

そうして、物質にエネルギーが蓄積され続けてさらに大きな災害を生んでゆく。


「うしぃい!!く、くるなぁ!こっちにくるなぁあ!!」


今のシエラにはいつもの洗礼された美しさはなく、それこそ獣のようにジリジリと敵へと歩み寄っていく。


「ぐっ!このままではまずいのう。」


「そうだな!これじゃ観客にも被害が出ちまう!」


「そうじゃ!その通りじゃ!それにこのまま無関係な者達に被害が出れば、あの阿呆ほど真面目なシエラじゃ!二度と立ち直れぬようになってしまうぞ!」


「くっ、どうすれば…!」


「う〜〜〜ん、閃いたのさ!!」


「なんか、思いついたのか!よし、何でもいい!この状況を止めるんだティナ!」


「あいさー!!」


ビリバリビリビリリッ!!


「きゃー!!てめぇティナ!何回俺の服破けば気が済むんだ!


…って、ちょっとまて、いや待ってください、お願い!!」


ティナの獣人ならではの怪力で半裸のまま放り投げられた俺は、ロケットのように真っ直ぐシエラの元へと放たれた。


「いぎゃぁあああ!!!シエラぁぁあ!!だずげてぐれー!!!」


俺の悲痛な叫びが届いたのか、シエラがこちらを向いた。


「ひかる…殿?」


「ぶつかるぅー!!」


その瞬間、シエラは持っていた剣を捨てて、大きく両手を広げ、俺を受け止めた。


ザザザザザァ!


5mほど2人して吹っ飛んだ。


「痛てててっ。…ってまじかよ」


吹っ飛んだ衝撃で俺のムスコがシエラの楔帷子くさびかたびらに絡まってしまった。


「んん、一体何が…。」


「あーちょっと、シエラさん!ちょっとだけ待ってくれないか!?今君に動かれると大変まずいことに…。」


「え、なんですか?…ってひかる殿!ここで何をなさっているです…え?ええ?!なんで裸なんですか!?ちょっと一体こんな公衆の面前で何を考えておられるのですかぁ!」


「痛でででで!!お願い…動かないで!毛も絡まってるから!ぶちぶち行っちゃうからあ!」


術者であるシエラの集中が乱れたことにより、先ほどまでの大嵐は消え去ったが—


「帝国側より、外部からの妨害反則と見られる行動がありました。よってルールに従い、2回戦は獣王国側の勝利となります。」


2回戦敗北のアナウンスが流れ、

この戦いは行末はティナの手腕に委ねられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る