第17話 宿し力
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!大きいね、すごく!」
馬車に揺られ、ようやく到着した試合会場は(捨てられた闘技場)と呼ばれるにふさわしい、石造りの今にも朽ち落ちそうな建造物だった。
「そういや、ヤリスのやつ本当に置いてきてよかったのか?あいつここの来るの楽しみにしてたろ?」
「ワシが公式に帝都を離れているのじゃ。何人かは腕の立つものが残らぬとまずいのじゃよ。」
「あー、なるほどな。」
「それにじゃ。ノルンも残ったことだしな、また適当なおもちゃを見つけて2人で楽しく遊んでおろう。」
「そうですね。帝都に残られたおふたりの分も我々が頑張りましょう。」
「ううん、違うよ!みんなね、ちょっと緊張しすぎだとメルは思うの!スマイルだよ、スマイル!」
メルとはまだそんな話したことないけど、結構周りがみえてるんだよな。
将来こういう娘がいい奥さんになるんだろうな。
…ってなんだろう。
メルを誰かの嫁にやるって想像した途端すげえムカムカしてきた。
ガラガラガラガラ…
闘技場の中に入ろうとした俺らの前に一台の馬車が停まると、中から1人の女が出てきた。
女はひと風吹けば中身が見えそうなほどのぎりっぎりなスリット入りのドレスを纏い、ぼってりとした唇が印象的な美人だった。
「お久しぶりですね。陛下。」
「随分と印象が違うのう、メリシアよ」
「ええ、驚きなのさ!あの眼鏡女か!?」
ティナが驚くのも無理ねえな。
正直言って、まったくの別人にしか見えねえ。
「あら、あの時の獣人さんですね。
相変わらず品がなく、可愛らしい娘ですね。」
ぶわぉぉぉおおん…
突風がメリシアの殺気を運んでくるかのように俺らに真っ直ぐと吹き、灼熱の砂漠の地にも関わらず背筋が凍り付く思いだ。
「今日は、どうぞお手柔らかに…。」
メリシアは俺の方をちらりと見た後馬車へと戻っていった。
腰を抜かしカタカタと震え上がっているティナ。
その隣で立ち尽くす俺も、これが戦争であることを改めて感じさせられた。
—そして戦いの幕が開く。
「1試合目に出場する方は、準備を整え入場口までお越しください。」
場内アナウンスが響き渡り、
帝国側、出場者チーム専用観覧席にいた俺たちに緊張が走った。
「ん~、よしっ!メル、行ってくるよ!」
満面の笑みでピースをしたメルはテクテクと入り口に向かって去っていった。
「う~ん、だめなのさ~。あのちびっこが勝てるとは思えないのさ~。」
「いや、身長は同じくらいだろ。」
「うぎゃー!お前はいつもなぜ意地悪言うのさ!
それにほら!胸は私の方が立派なのさ!」
ティナは俺にその立派すぎる胸を突き付けてきた。
むぎゅぅ
「ふにゃ!う、うう…。ちょっ、そんな強く揉まれたら…。」
「あれれ?突き出してきたのはお前の方だよな?それは揉んでくださいのサインじゃないのかな?なあどうなのかね?」
「うぅ、そこまで求めるつもりはなかった…のさ。」
さすがはティナだ。
こんなムードもくそもないセクハラでもしっかり興奮してくれる。
そういうところだけは、男として素直に尊敬するぞ。
コツッ
「痛っ」
「何しとるのじゃ阿保ぅ」
「ごめんごめん、つい悪ふざけが過ぎたわ。」
それにしてもティナ相手とはいえ、女の乳をいとも容易く揉みしだいてしまった。
これもシャルとのレッスンのおかげだな。
「まったく…。ほれ、そろそろ始まるぞ。」
ガラガラガラ…
鉄柵が開かれると大歓声の中、二人の入場者が表れた。
「どうやら、敵はティナ殿と同型のようですね。」
「ふにゃあ?ああ、あれは
足がめちゃくちゃ速くて狩りがうまいのさ。」
「なるほどのう。獣人の中でもトップクラスの速度を誇る種族じゃな。これではメルでは目で追うことも
「それじゃあ、メルが危険じゃないのか!?」
「まあ見ておれ。」
これだけシャルが信頼を置くなんて…。
—バトルステージ
「ルーレットの結果、一回戦目のバトルステージは森に決まりました。
これより、ステージを展開します。」
アナウンスと同時に何もなかったステージに森林が形成されていき、二人の選手を覆った。
「ケラケラケラ!こりゃあラッキーだわ。森林ステージなんてまさに私のためにあるステージじゃない!」
狩猟兎は30㎝はあろう鋭利な爪をむき出しにして高笑いをしていた。
「楽しいのね、兎さん!メルも楽しいな!」
この状況下でもメルは屈託のない笑顔を見せる。
「ふっ、余裕ぶっかましていられるのも今のうちよ、お嬢ちゃん!」
「試合開始5秒前、4、3、2、1—」
ガリッ!
「ブーストぉおお!!」
狂騒薬を噛み砕いた狩猟兎は雄叫びをあげると足が張り裂けんばかりに膨れ上がり、高速に飛び跳ね回る。
「早いですね。私でもどうにか追い切れるかどうか…。」
「ほう、シエラの言う様にスピードだけは一人前じゃのう。」
ザッザッザッ!!
「さあ、この私の舞について来れるかしらぁ!?」
「ぶぅ!うさぎさん隠れんぼ?メルは一緒に木登りしたかったぁ!」
メルは目一杯腕を振りながら前へと進み始めた。
「お、おい!危ねえぞメル!」
クソ!シャルは俺にあんなこと言ってたけど全然大丈夫な様に見えねえぞ!
ザッザッザッザッ!!
「なんだいお前は?まるでやる気が見られないじゃないかい!
まあいい…。
あまりこの私を舐めるんじゃないよ!」
すると狩猟兎は閃光のようにメルの真横を通り抜け、その鋭い爪でメルの肩を切り裂いた。
「メル!…くそ!あんな小さい娘を傷つけやがってあのくそウサギがぁ!」
「まあそう興奮するなひかるよ。傷はどう見ても浅い。敵の攻撃力が低かったのが幸いだったのう。
…それに、これでメルの勝利は確定した」
「ぐぎゃゃぁあああ!!!」
突然、狩猟兎が頭を抱えながら膝をついて悶絶し始めた。
「なんだ!何が起きてるんだ!?」
会場中のざわめきの中、それをかき消すほどのうめき声が響く。
「おい、見ろ!なんかいるのさ!」
ティナが指差す先、メルの背後に人型の3mはあろうかという黒い影が出現し、狩猟兎の胸の方に腕を伸ばしていた。
「あれがメル殿の能力、
「神飼?」
「そうじゃ。あやつは自分の体内に神を宿すことができる能力なのじゃ。
宿し神は主人への攻撃を自らへの半信と判断して、攻撃してきた者への精神攻撃を加える。
見てみぃ、今まさにあの兎が天罰を受けておる。
あれを受けたらもう二度とまともな生活は送れんだろうな」
そんな能力があの娘に…。
「…おい、ていうかさっきからメルのやつ全然動かねえじゃねえか。」
「そうですね。メル殿の能力はメル殿の意思に関わらず発動します。元々魔力量がそれほど高いわけではないので神の力の膨大な消耗に体がもたず、あのように気を失われるのです。」
「おい、それって大丈夫なのか!?」
「それは平気だ。神は
ほれ、その証拠に先程の肩の傷、もう治っておるじゃろ。
威力にしても神のやつは相当抑えておる。
それにだ…。
あやつもこの国を守りたいと思い、その責務を持った1人の戦士なのじゃ。
ああ見えてあやつなりに覚悟を決めてここにいるのじゃぞ?」
その気持ちを汲み取ってやれってことか。
…くそ!
「まあ、この試合はこれで終いじゃろう。
ひかる、ちと話があるから来てくれぬか?」
そういうと試合途中だが俺は通路へと呼び出された。
「ひかる、よく聞いてほしいのじゃ。」
シャルは先ほどと打って変わってピリッとした空気を纏っていた。
そして唇を噛み締めながら口を開いた。
「ワシはもう魔法が使えぬのじゃ。」
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