第5話 争点整理 不貞行為の存在
本件の争点整理は、比較的単純だ。不貞行為の存否及び程度である。原告の側から、興信所(探偵事務所)からの報告書が提出されているとともに、原告自身が、被告のスマートフォンの画面に示された、不貞行為の相手方との間のラインのやりとりを撮影した画像が、提出されている。
「また会いたいよ♡。」「今度は、縛っていいい?」「だめ、フェラしたくなっちゃう。・・・・」と、赤裸々なやりとりが、綴られる。
「ふぇら」とは、おそらく「フェラチオ」の事であろう。男性の性器を、女性が口唇で愛撫する行為である。仮に判決で書くため、あえて日本語で置き換えようとすると、難しい。オーラルセックスは、やはり英語であろうし、「口でする。」、「口腔で男性器を刺激する行為。」は野暮ったい。適当なのは「口淫」で、良く使われる。
言葉の性質から、日本語で表現するに憚られるため、バラエティーないし類語が少ないのか。いや、教育を施す側の視点の問題であり、実際の日本語は、地域に応じて、自己の人格を「私」、「俺」、「僕」、「うち」、「おい」、「わい」、「わし」などと多様に表現するように、「フェラチオ(口淫)」を細分化している。
甲裁判官は九州の方で修習したが、修習生時代、仲間と寄った地元のスナックの妙齢な女性がユニークな方で、大変話が面白かった。
当然下品な話もある。やんちゃな修習生との間で、女性は、「いや、さいしょは、こう、なぶるったい。」、「んでこう、つわぶるんよ。」、「で、ねぶるとよかけん。」、「私ん彼氏は、こう、こぶったら、すぐイクッたい。」と、豊かな表現で、コミュニケーションを行っていた。
これら、「なぶる」、「つわぶる」、「ねぶる」、「こぶる」は、いずれも、男性の陰茎を愛撫する行為を意味する動詞であり、それぞれ動作が異なる。よって、男女の前戯の会話も、
女「なぶってあげよか。」
男「ねぶって。」
という風に、バラエティー豊かになる。
修習生は、最初は言語の意味は知らず、何のことかは分からない。「きょとん?」となる、妙齢な女性は、年に似合わない悪戯な目をして、手慣れた手つきで、修習生の手を取り、「こうやるんよ。」と言いながら、彼の指に、自然に、「なぶる」、「つわぶる」、「ねぶる」、「こぶる」を経験に基づく熟練の技で実演する。あたふたするも、なすがままの彼を見ながら、皆で大笑いしたことを、甲裁判官はふと思い出す。
このような、言葉の多様さは、当然ニーズを前提とするものであり、その地域の男女の性行為では必要な言葉で、しかも、その地域のコミュニティーの中では、それら言語が意味する行為について、共通の体験からなる共通の認識を有していたに違いない。虹の色の数が、様々な地域で、虹の意味付けによって、2色からと8色と異なるように、男性の陰茎を口唇で愛撫する動作を示す動詞の数は、その地域のフェラチオの重要度、意味付けによって、異なる。
午前2時に近くなる。甲裁判官は、記録を整理し、就寝する。
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