scene.43 悪役転生者の生存戦略Ⅰ



 前世の俺……飯塚(いいづか) 陽翔(はると)にだって、やり残した事は沢山あった。


 何1つ上手く行かない人生だったし何の才能もない人間だったけど、死ぬ気なんてなかった。どうしようもない人達だったが、家族だって居た。近所の懐いてくれる猫も、楽しみにしていたアニメや漫画も……


 叶えたい夢だってあった……

 好きな人だっていた………



 気に入らない事があれば俺を殴る父、お前なんか産まなければよかったと言う母。クソみたいな両親の元で育ち、常に金がない、何の遊びも何も無い家庭だったと思う。

 それでも彼女と約束をしたから……だから俺は、夢を叶える為に命を削りながらバイトと勉強を両立して生活して、頭はよくないかもしれないが勉強も死ぬ気で頑張って、それでようやく国立大学に入った。何も上手くないかない人生で、ようやく勝ち取った俺の一歩。

 周りは普通の家庭や金持ちばかりで、俺は浮いていたかもしれないけど……それでも頑張れば、頑張っていれば誰でも努力の向こう側に立てるんだって思った……

 台風のあの日だって帰ってバイトの支度をしようとしただけで……他の子みたいに仕送りで生活できるならしたいし、休めるなら休みたかったし、適当に時間を潰していいなら一緒に遊びたかった。



『グランドフィナーレの向こう側』は大学で出来た友達に薦められたゲームだった。

ゲームになんて興味なかったけど、使ってないノートパソコンまで貸してくれたから、仕方なくやり始めたゲーム。バイトと勉強で時間がないから睡眠時間をゴリゴリに削ってプレイした……俺が初めて遊んだテレビゲームというやつだった。


 金も時間もないから他の娯楽なんて知らなくて……図書館においてあるラノベとか無料で読める小説とか、ネットで見れるアニメとか、そんなのしかわからない俺が初めて遊んだゲーム……本当に楽しかった。

 大学に入学してようやく両親から離れて一人暮らしを始めることが出来て…毎日大変だった。

それでも楽しかった。少ないけど友達も居て、手が届かないけど好きな人も居て……充実した毎日だった。

 ゲームだけじゃない、世の中には面白い物が沢山あるのだと……これから先も大変かもしれないがそれでもきっと楽しい人生になるんだと、そう信じていた。


 なんなんだよマジで……

 どういう確率であんな死に方すんだよ……

 スケボーなんて何処から転がって来るんだよ……


 辛くて大変な毎日だったが、死ぬ気なんてなかった。

 異世界なんて漫画や小説だけで十分だった。

 簡単に切り替えられる程どうでもいい人生じゃなかった。

 


 なんで……



 なんで……俺……




「はぁー………」



 溜息をつくとドアを叩く音が聞こえた。



「オーランド様、私です、リリィです!」



 リリィだけか……



「お身体の具合、大丈夫ですか?だ、い、如何ですか?」


 ドア越しに話すリリィの声を聞くとちょっとだけど心が癒される。

 ドブ掃除中に殴りかかってきた女の子がたった3ヶ月で大したもんだ。


「お外に出ないと元気が出ない、と思います」


 日光を浴びる事によってセロトニンがどうのこうのというやつか、よく知ってんなリリィ

 って、知ってるわけないか。なんとなくそんな感じがするってだけで言ってるのか。

 

「ダンジョンはい、いつ行きますか?」


 そういや、なんでダンジョン行くんだっけ……

 どうでもよくね……


「わ…私の頭が悪いから話をしてくれなくなったの?」


 ちゃうちゃう……お前の頭が悪くて話さないなら最初から話なんてしてないって


「<ディカイ>の勉強してる!ます……」


 あんなところ行っても大したもんドロップしねぇじゃん


「ふ、2人で……最強になるのは……」


 あー…………そうな………


 だらけきった身体をベッドから起こす。


「私が……弱いから……パーティメンバーは……」


 もういいか……


 ドアまで歩いていく。


「頑張る!私頑張るから……強くなるから……」


 もういい……難しく考えすぎていた


 ドアを開ける。


「オーリー!」


 泣きそうなリリィの顔が飛び込んできた。

 何やってんだかな……俺は……



「よ!悪い悪い、ちょっと体調悪くてなー!心配しなくてもダンジョンには行くし、俺とリリィは最強になる。そんな顔すんなって」



「わかった!いつ行く!?」



 そうだ

 最初から全部を捨てるつもりだったじゃないか


 捨てるものについてうだうだ考えて……

 どうかしていた。


 ヒロインや主人公が悪役と敵対する道を選ぶのはこの世界のルールだし、悪役キャラが気まぐれで誰かを助けたからって感謝されるわけがない。そんなものは今更どうでもいい……いや、最初からどうでもいいもの、どうでもいい事に時間を割きすぎていた。


『ハルトは馬鹿だからね…愚痴愚痴いっても結局は自分を後回しにして人の心配ばっかりしちゃう……困ってる人を見つけては手を出して、落ち込んでいる人を見れば声をかけて。自分が一番困ってるくせにホント馬鹿……そういう所…嫌いじゃないけど』


 そう言ってくれた彼女はこの世界には居ない

 飯塚 陽翔を照らしてくれた光はここには無い。


 今の俺はオーランド=グリフィアだ

 いい加減に切り替えなきゃいけないんだ。

 俺はこの半年、生きる為に必要な事だけをしてきたか?


 毎回毎回油断して、楽観的に考えた瞬間に物事が上手く行かなくなるわけじゃなかった…違ったんだ。オーランド=グリフィアはこの世界に存在するだけで何1つ上手くなんて行ってなかった。やらなくていい事に首を突っ込んで、関係ない事で思い悩み、出来もしないのに救おうと手を伸ばし、馬鹿馬鹿しい……必要な事をしていたつもりで最初からずっとくだらない勘違いをしていた。



「そうだな、今から行こう」


「わかった!準備してくる!!」


 ヒロイン連中など知ったことではない

 好きに敵対して俺を殺しにくればいい。


 誰に感謝されようがされまいがどうでもいい

 最初から感謝されたくてやったわけじゃなかった。


 人だろうが魔物だろうが関係ない

 俺の前に立ちはだかるなら殺そう。


 

 思い出せ…

 オーランド=グリフィアが生きる為に定めた目標を……


 ひとつは、1人で生きていく為に強くなる事

これはいい感じだと思う。俺の魔術はそれなりに使えるようになった、ダンジョン攻略をするための仲間も出来た。この調子でいけばきっとこの目標は達成出来るはずだ。


 ひとつは、ヒロイン連中に絶対に関わらない事

これに関しては酷いもんだな…既に3人のヒロインに出会ってしまった。それどころかこいつらを助けようだなんて完全にどうかしていた。困っている人を見るとついつい身体が動いてしまう……悪い癖が出ていた。反省しよう。

 

 ひとつは、主人公には出来るだけ優しくする事

学園に入るまでにはまだ時間があるが、これは問題ないはずだ。主人公を見つけたらヒロインの誰かとくっつける為に全力で支援しよう。もちろん、見つけてもなるべく接触は回避しよう。



 オーランド=グリフィアはリリィと2人で強くなる。

 ヒロインには関わらず、

 主人公の恋路を助け、

 18歳の成人の儀の前までにラーガル王国を脱出する。


 馬鹿な俺でも遂行できる単純な作戦だ。

 もう二度と忘れないようにしよう。

 

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