scene.44 王女は忠臣と手を取り合う



「ロティー……私はもう限界です……!」


 開口一番、ケルシーはシャーロットに食って掛かった。



「私だって…どうにかしようとは考えているのです!」


 大陸の中心に位置する大陸の覇者ラーガル王国。

 そのラーガル王国の中心に聳え立つ絢爛豪華な城の中で、最も堅牢な守備が敷かれた一室で今……



「謝りましょう……専属側仕えの方に謝りましょう。それしかないと思います」


「そ、そうですよね。そうですけれど……許して貰えなかったらどうすればいいのですか?あの日のオーランドの視線を思い出すと……ど、どうしても……」



 シャーロット=ラーガル、ケルシー=アトワラスは苦悩していた。

 


「そのようなもの謝ってから考えましょうロティー!私はもう限界なのです!ロティーが待ってというから私は待ちました!待って待って待ちました!オーランド様をお茶に誘う事も我慢して、お手紙1つ差し上げる事も、待って待って待ちました!もう限界なのです!」


「そんな……ケシーはいいじゃない!貴女はあの側仕えに何も言ってないもの、オーランドだって貴女の事はきっと何も怒っていないわ……だからいいじゃない、ちょっと会えないくらい」


「ちょっと?ちょっとですって?!ロティー!私にはちょっとではないのです!3ヵ月毎日毎日毎日毎日!!私は遠くから見ることしか出来なかったんですよ!オーランド様を!!ロティーが待ってと言うから……ちょっと待ってと言うから!密偵からの報告書を読むだけで、お話を交わす事も手紙を送る事も我慢していたのですよ?!」


「な、なんで毎日遠くからみているのよ…」


「オーランド様は私を幸せにすると仰ってくださったのです。俺だけを見ていろと仰ってくださったのです!」


 そんな事は一言も言っていないが、ケルシーの頭の中ではそうなっていた。


 ケルシーは良く喋る。

 シャーロットと2人のときはとにかくよくしゃべる。

 それは昔からそうだったのだが……

 オーランドと出会って以降は口数が更に増えた、激増した。


「そ、そう?いいわよね!!貴女は!髪を褒められ、目を褒められ、幸せにするとまで言われて!でもオーランドはリンドヴルムの婚約者よ?貴女のものではないのよ?わかっているのですか?」


 シャーロットは自分の事を全力で棚に上げて言い返した。


「い、いえ……それは……と、とにかくです!私はもう見ているだけは嫌なのです!」


「だから待ってって……謝罪はタイミングも大事というではないですか。ドレイクに聞いてもオーランドはいつも忙しそうにしていると言いますもの……こういう謝罪は落ち着いた時に言わなければ伝わらないものです」


 もっともらしい事を言っているが、ビビッているだけだった。

 謝罪しても許してもらえなかったら……

 あの拒絶の瞳を向けられたままなら……

 そう考えてビビっているだけである。


「まさかとは思いますが……ロティーが待て待てと言ってる間に、グリフィアの屋敷に鴆毒(ちんどく)が入り浸っているのをご存知ないのですか?仲良さそうに毎日毎日毎日毎日毎日!べたべたべたべたと私のオーランド様に馴れ馴れしく触る女がいる事をご存知ないのですか?」


 オーランドはケルシーのものではない。


「……え?知らないんですけど。ドレイクは何も言ってませんよ?」


「え?本当に何もご存知ないのですか?カラドリアの孫娘が毎日朝早くから夜遅くまでオーランド様に付きまとっている事を。クラウディアお義母様も心を許している御様子……知らないのですか?」



「カラドリアの孫娘が…?そんな……え……?」



 その時、シャーロットの頭はフル回転した。


(え?なんで?カラドリアってカラドリア商会よね?え、あそこの孫娘と親公認のお付き合いをしているの?え、やばくない?え、嘘。カラドリアがオーランドを取る為に孫娘を送り込んできたの?なんで?ラーガルとグリフィアとアトワラスの血より固い絆が壊れちゃうんじゃない?カラドリアの婿になるの?え、嘘、ホント?カラドリアの婿になんてなったら生涯私を支えてくれなくなるじゃない。ダメダメ、オーランドは護衛騎士になって生涯王家を支えるの。カラドリアであってもあげるわけにはいかないわ!)


 フル回転した結果、自分本位に着地した。


「本当に何も知らないのですね……どうやらカラドリアの女に何かされたようで、オーランド様はここ数日は部屋から出ても来なくなってしまったのですよ?ロティーは心配にはならないのですか?」


「カラドリア……」


「私はもう限界ですロティー…ロティーは大切な友達だから、一緒に謝ろうと思ってずっと待っていましたが……12日ですよ!?オーランド様が部屋から出てこなくなって!12日間も私はオーランド様のお顔を拝見していないのですよ!?頭がおかしくなりそうです!」


「そう……ですね……」


 わなわなと身体を震わせるケルシーは、半年前の弱々しく儚げな少女ではなくなっていた。瞳はギラギラと輝き、友であり主であるシャーロットを圧倒していた。


「カ…カラドリアの女……あ、あの女……私が見ているのを知っていて……みみ、み、見せ付けるようにオーランド様に身体を押し付けて……なんて羨ま…いえッ!なんとはしたない!もう見ていられないのです!」


「そうですね……そうね……許して貰えるかどうかなんて今は重要じゃないわね、カラドリアの毒婦からオーランドを救い出さねばなりませんね……今すぐに!」


(謝るのが嫌だったんじゃない。許されないのが怖かったわけじゃない。私が怖かったのは、私の気持ち、自分の想い。足繁く王城に通ってくれたオーランドに励まされる度に、気付かないうちに惹かれていた……伝える事も飲み込む事も出来ないどうしようもない想いが怖かった。もう一度会った時に今まで通りに話せるかわからなくて……それが怖かった…でも!)



「ロティー!」


「ケシー!!」



 固い握手を交わす王女とその忠臣


 2人共、欲望には忠実だった。

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