scene.37 快適な世界と知らない問題
「んじゃ行ってきまー」
そう言って、俺は玄関も屋敷の正面門も通らず自室の窓から飛び出した。
初めての魔物討伐から一週間が経過した。
リリィの勉強も進んでいるので早いところダンジョンに行ってしまっても良かったのだが、自分がそれなりに戦えるのだとわかってからはフィールドワークが楽しくて、ついつい王都の外を遊び回る毎日を過ごしていた。
あの日、何も考えずに適当に向かった雑木林は全然ちっともこれっぽっちも初心者向けの狩場ではなかった。駆け出しの下級冒険者がいくような場所ではないし、棲息する魔物の討伐クエストも下級冒険者では受けられない、そういう場所だと言うのを帰る途中グレゴリーに教えて貰った。先に教えろよ。
グレゴリーが言うには冒険者ギルドでクエストも受けていなかったし、自分に同行を願ってきたのでてっきり知っていて向かったのだとばかり思っていたとの事だ。まさかスライムや兎を探しているとは思わなかったらしい。
俺がギルドに相談や報告せずに討伐しようとしているのを見て、ギルドには内密で討伐難度の高い魔物素材を集めようとしているのだと思っていたと……いやいや違いますやん……
ゲームではフィールド探索なんて無くて、ダンジョンしかなかったからフィールドの何処にどんな魔物がいるかなんて知らなかったのだが、適当にそれっぽい場所にいけばどうとでもなると考えていた俺が悪いのはよくわかっている。
リリィにダンジョンの勉強をしろと言っておきながら、俺は外の事を何も知らなかったという事だ……情けない。
因みにあの日に倒した魔物は<戦魔熊(クランプベア)><黒魔蛇(ソイルシュランゲ)><甲魔鎌蟲(ソイルホイシュレッケ)>が殆どで、そいつらが縄張り争いをしている場所は王都を北に出たところにある魔物林と呼ばれてきる雑木林なのだが、なんでも、ダンジョンの息抜きに中級冒険者が狩る場所だとかなんとか。
早く教えてよんグレゴリー先生………
何の相談も連絡も無しにそんな所に行って素材をギルドに持っていっても、俺の将来の査定に響きそうだったのでグレゴリーとマデリンで狩ったのをカラドリア商会に買い取って貰った。金はどっちでもよかったのだが、そこはきっちり適正価格で取引をすることになった。
やっぱり、持つべきものは金持ちお嬢様だな!
あれから俺は、夜になるとひたすら周辺地理と魔物の生息域の勉強をした。
地理の勉強はもちろんしていたが、魔物情報なんてグレゴリー先生から習わなかった。
普通はそんなところに貴族は行かないだそうで、教える意味があるとは思えなかったらしい。
「オーリー!お待ちなさい!」
そして、日中は陽が昇る前から王都周辺の魔物狩りに勤しんでおり……
何時に出ようとも、窓から飛び出そうとも、必ずマリアに捕捉される事もいつもの事だが、
「待たない!マリアが来るとマデリンも付いてくるだろ!マデリンが強すぎて俺の戦いには緊張感がないんだよ!」
グレゴリーも付いて来たがっていたが、弟子とはいつか師匠から離れるもの。まだまだ教わる事は多いが1人での戦いもまた修行だ、とかなんとか口から出任せに喋って納得させた。
「マ、マデリンは…置いていけませんが!お待ちになって!」
「ふはははは!マリアが護衛を外すわけにはイカンからな!マリア!お前はそうやって馬に乗ってチンタラ追い掛けてくるがいい!!!」
「意地悪を言わないでくださいまし!!」
馬で必死に追い掛けてくるマリアだが、王都の建物を縦横無尽に飛び回れるようになった俺には追いつけまい!
「悔しければマリアも<纏(まとい)>を覚える事だな!!俺は先に行かせてもらう!」
「オーリー!!」
建物の屋根から屋根へ、地面に降り立っては再び屋根の上へ、ぴょんぴょんと飛び回る俺の耳にマリアの叫びが聞こえてきた。
だが、知ったことではない!
初狩の日、グレゴリーとマデリンが俺に見せた動きはおおよそ人の動きを超越していた。レベルをあげて物理で殴るとかそういう次元の話ではない。人には不可能な動きをしていた。
100メートルを3秒フラットで走れるとか、空中で2段ジャンプをするとか、滞空状態で軌道を変えるとか、そんな馬鹿な!?と言うような事をやっていた。
グレゴリーやマデリンは恐らくこの世界でも強い方の人間なんだとは思うが、とてもでは無いが一生追いつけないと悟った俺は、自分の非力さと無力さに悲嘆して泣きそうになりながらグレゴリー先生に相談したところ、
「いえいえ!あれは<纏(まとい)>と言いまして、鍛えれば誰でも出来る身体強化魔術でございます」
と、ネタバラシされた。
「しかし、身体強化を施しても基礎が出来上がっていなければ何の意味もございません。故に、オーランド様が一廉(ひとかど)の剣士になってからと考えておりましたが………そうですね、そろそろ良いかもしれません」
元々教える予定ではあったらしいのだが、まずは基礎を固めなければ身体能力が向上した所で大した伸び幅にはならないし、弱い奴が<纏>を覚えただけで強くなったと勘違いしてしまうなんてこともあるらしく、教えるタイミングを見計らっていたらしい。
「す、素晴らしい!!!見事にございますオーランド様!これ程見事な<纏(まとい)>はこのグレゴリー、初めて目に致します!」
グレゴリーに教えて貰った所、俺は一瞬で<纏>を使えるようになった。
他の魔術の時もやたら滅多グレゴリーは褒めてくれるが、オーランド=グリフィアは魔術に関しては才能があるのではないか?と最近は考えている。グレゴリー先生は淡々と教えるだけで褒めることは少ない。
実際、グレゴリー先生に剣術を褒められたことは一度たりともない。俺よりも全然弱いリリィが褒められているのは見た事があるが……うーん……剣術は一番頑張ってるんだけどなぁ……
魔術なんて教えて貰ったらすぐ出来るし、雷や土に関しては魔導書を読んで一人で勉強をしただけですぐ出来るようになったから、褒められた所でまるで実感がない。まるでなかったのだが………
もしかすると本当に、魔術の才能はちょっとくらいあるのか?
いや駄目だ!
ないな。それはない。ぜーーーったい無い。
どうせここでオーランド=グリフィアって実は天才魔術師かも!!とか少しでも考えてみろ?今までのパターンからして次の瞬間には面倒事に巻き込まれて楽観的な考えが打ち砕かれるだけだ。
大丈夫かな?余裕かも?いける!って楽観的に考えたせいで、王女とケルシーと敵対する事になったし、関わりたくもなかったマリアには毎日のように絡まれるようになった。
物事をプラスに考えるのはやめろオーランド=グリフィア
|お前(おれ)は所詮ゲームの悪役だ……思い上がるな
ちょっと自信をつけるのはグレゴリー先生に剣を褒められた時まで取っておこう。
そんなこんなで<纏>を覚えた俺は馬いらずになった。
魔物相手に油断はしないし、極力1対1で戦うように立ち回りにも注意しているが、それでも初めて魔物と戦ったあの日とは見違えるように動けるようになった。
跳躍すれば何メートルも飛び上がれるし、走れば馬より速いし、それもオーランドの身体は魔力量がちょっと多いからか全然疲れないし、動体視力も反応速度も桁外れに向上したので、熊(ベア)にもバカでかい蛇(シュランゲ)にも苦戦する事はなくなったし、兎(オア)や犬(ヴォルフ)であれば赤子の手を捻るが如くだ!
王都周辺にいる魔物(・・)で、俺の敵になるようなものはいなくなった。
◇ ◇ ◇
今日も今日とて初めての狩場に到着し、初めての魔物を殺してあそぼ……修行をしようと周辺に意識を向けたのだが……
「静かなもんだなー」
いつも通り、街の外は主要な街道沿いでもないかぎり非常に静かだ。
前世に比べれば何処に居たって静かだが、やはり魔物がいる世界と言うのは人々が身を寄せ合う傾向にあるのだろう。
互いに互いを守れるように、魔物や獣の脅威に立ち向かえるように。だからファンタジー世界の街は何処もかしこもとんでもない城塞で守られてんのかな……ラーガルは城以外守られてないけど。
「ん?」
そんな大きな街道から少し外れた静かな風景の中に、何かが聞こえた気がした。
「はぐれの魔物か?」
狩場には到着してもすぐに突撃するようなことはしない。
まずは念入りに周辺を見るようにグレゴリー先生に言われた。
何か音が聞こえるかどうか。誰かが争っているような音はないか。
人影があるかないか、人影があったとして、それが安全そうな人間か危険そうな人間か。
周りに人がいたり人の気配、人がいる可能性があるのであれば、悪い事は言わないので森や林に深入りせずに引き返せと言われた。
善人であれ、戦闘の飛び火で争う事もある。
悪人であれば、背後から襲われると考えろ。
1人で行動するのであれば、必ず1人でいる状況を作り出さなければ些細なことで命を落とす事になる、見知らぬ誰かとの共闘など決して考えるな、と。1人で行動をする場合は自分以外の全てを敵と考えて動きなさい、と。
「………れか…………た……て…………」
ですが、グレゴリー先生……
助けを求める声が聞こえた時はどうするのが正解ですか!
本日の狩場に到着すると、微かに声が聞こえてきた。
「助けて」と。
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