scene.36 戦いの心構え



 ある日、森の中、クマさんに出会った


「って!」


 考えてる場合じゃねえぞ!!

 視線を外すな!俺!


 背後にはグレゴリーがいて、その向こうではマデリンもクマと戦っているのか?いや、間違いなく戦っているはずだ。だが、後ろはいい、後ろは大丈夫のはずだ。おおおおちつけ俺!


 クマは俺を見つめ、俺もクマを見つめる。

 剣を両手に構え、いつ襲われても避けられるように。

 いつ襲われても逃げられるように。

 クマの動きから視線を外さないようにする。


「オーランド様、動きを見られるのは構いませんが、初撃決殺(しょげきけっさつ)をお忘れなく。獣の生命力は中々に侮れません」


 後ろからはいつも通りのグレゴリーの声が聞こえてくる

いつも通りだ。怖くないのだろうか。俺が傷付くとは考えないのだろうか?



 そうか、考えられないのか……俺が負ける事を。


 ふむ……



「雷よ、眼前の敵を穿け」


 そう考えてからは一瞬だった


「グキャッ!」


 最近ハマっている雷の中級魔術。

敵を一瞬で殺せるだけの威力は無いが、滅茶苦茶痛くて痺れるらしく、グレゴリーも素晴らしいと手放しで褒めてくれたこの雷の魔術を目の前のクマにぶつけた。


 どうやらクマさんには雷耐性がなかったようで、のたうち回るようにしてその場で暴れ出した。

 そうして意識が俺から逸れている間に、


「ぬんッ!!!」


 無防備な横っ腹にミスリルの剣を突き立て、捻り、抉り、切り裂いた。

 どす黒い血が傷口から噴出し、間違いなく致命傷を与えた事に俺は完全に勝利を確信した。


「グガアアアアア!!!」


 しかし、楽勝と思った俺の考えとは裏腹にクマは普通に生きて動いた。

そして、剣を突き立てて攻撃してきた俺を視認するや否や目にも止まらぬ速さで前足を振り回し、こちらを切り裂こうとしてきた。


「やッ!!?」


 ヤバイと思った時には俺は死んでいた。完全に油断した。



 呆気なく、簡単に終わってしまった。


 魔術で牽制し、その隙に剣を突き立てるだけの簡単な狩りだと思って油断した瞬間にこれだ。

クマだぞクマ?普通に考えればわかるだろ。俺の身長より遥かにでかい体躯の化物がちっとやちょっと怪我をしたからって、たとえそれが致命傷だからって、すぐに動きを止めるわけがなかった……人間の犯罪者とかでも銃で撃たれてるのに気にせず警官に突撃する奴がいるじゃん………



「オーランド様。生き物は首を落とせば死にます」


 俺は完全に死んだ。そう、グレゴリーが助けてくれなければ。


 近距離に居た俺が絶対に間に合わないと諦め反応すら出来なかったと言うのに、グレゴリーはそんな俺の意識の外から現れて俺に向けて振るわれていたクマの腕と首を視認出来ない速度で刎ね飛ばしていた。


「………すまない」


 見えなかった……なんだ今の動きは?


 グレゴリーが強いのはなんとなく分かっていた。

冒険者ギルドに登録してからは可能な限りの冒険者の情報を集めたが、魔術を2属性使える剣士は殆ど居ないと受付の人に教えてもらった。ついでにグレゴリーの素性について聞いてみてたものの、下級冒険者程度の俺には情報開示はされなかった。こんな世界の癖にプライバシーがしっかり守られているのは素晴らしいが、パソコンも何もないこの世界だからこそ情報の価値は計り知れないかもしれない。


 そもそも、グリフィア家の嫡子の家庭教師を任されるくらいだから、なんとなく凄い人なのはわかっていたつもりだったが……認識が甘かったのかもしれない。クマが悶絶して暴れだすような雷の中級魔術をその身に受けて『これは素晴らしい!』『この痛みは必ず魔物を硬直させます!』なんて笑顔で言っていた人だ、どう考えてもヤバイ。



「オーランド様、初撃決殺をお忘れなきようお願い致します。私の指南不足でありました。初撃決殺(しょげきけっさつ)、次撃確殺(じけきかくさつ)、三度(みたび)これを振り返らず。魔物から意識を外すのは息の根を止めた後にございます。魔物との戦いに無用な手数は不要でございます」


「ああ………いや、グレゴリーが悪いわけじゃない。俺が油断したのが悪い、ありがとう」


「私に礼など不要でございます。それでは有用な素材の回収と討伐部位の剥ぎ取りを致しましょう」


「わかった……済まないが教えてくれ」


「もちろんでごさいます」


 振り返ればマデリンの方の戦闘も終わっていた。

争った形跡がないし、何より何も音が聞こえなかったことと転がっているクマの首を見ればわかるが、彼女もまた一撃で仕留めたのだろう。

 俺も次からは気をつけよう………生き物を殺すのであれば首を落とすのが1番だ。魔物である以上、特殊な個体も存在するだろうが、まずは首だな。覚えておこう。



 いやー………ダンジョン攻略開始前に来といて良かったー!!



「オーリー?大丈夫ですの?お怪我は?」


 黙ってじっと見ていたであろうマリアがそこで初めて口を開いた。


「あ?おう、生きてるから大丈夫だな」


「あ、あの………何か欲しい素材があるのなら私が差し上げますわ?あっいえいえ!違いますのよ?カラドリアには余っている素材が沢山ありますのでそんなまさか、オーリーをお金で釣ろうだなんて事ではなく……」


 よくわからんが素材余ってるのか…

 いつか錬金術をやる時にでも有り難く貰えるだけ貰おう……ってまあ、そうじゃないよな。

 

「いや、素材が欲しいわけじゃない。ただちょっと魔物と戦っておきたくてな」


「いえ……そんな、本当にそんなつもりではなくですね、そ、素材が欲しいのでしたら差し上げますので………」


 マリアは一言目に怪我の心配をしてきた。

いつだって自分に正直な奴だからな………だからそれが全てだろう。

俺の危なっかしい戦闘を見て心配してくれてのか……こいつがねぇ……仕方ないか…


「いいか?マリアだけに話すから耳を貸せ。ほら、いいから耳を貸せ」


「あっ……はい」


「今まで俺は魔物を倒した事がないんだよ。だからこれはダンジョン攻略する前の戦闘訓練だ。恥ずかしいからリリィとかグレゴリー先生には黙ってろよ?」


 心配されていらぬ勘違いをされるくらいならさっさと話して気兼ねなく魔物を倒したほうがいい。いくらクソ金持ちの高慢ちきお嬢様のマリアであっても、心配してくれているのであれば申し訳ない。


「…ッやん!」


 人が折角………特別に話してやったと言うのに!

 マリアの野郎!身体をくねらせて人を馬鹿にしやがった!


 ゆ、ゆるせねぇ……!


「はん!馬鹿にするのは結構だが、今言った事は誰にも言うなよ!」


 なんて奴だこいつ……マリアには二度と内緒話はしない!


「はいぃ……」


 

 ボケーッとしているマリアを放置して、グレゴリー先生に教えて貰いながら初めての素材回収をした。結構グロかったが、俺は冒険者として生きて行くのだからそうも言っていられない。

 その後クマの死体を焼却をしたわけだが、ダンジョンの中だと死体は放置しておいてもいいらしい。なんでも、勝手になくなるんだとか……便利やら怖いやらゲームの名残りなのだろうか?相変わらずよくわからない世界だ。


 

 それからすぐに次の魔物の探索を開始し、クマを見つけては殺し、馬鹿みたいにでかい蛇を見つけては殺し、気持ち悪いでっかい虫を見つけては殺し、魔物を見つけてはすぐ殺して歩いた。


 途中何度か5匹とか10匹の虫の群れにも遭遇したが、そう言う時はグレゴリーとマデリンがよくわからない動きをして敵を瞬時に倒してくれた。俺が常に1匹だけを相手に出来るようにという配慮なのだろうが…こいつら人間か?



 まずいな……


 俺が想像しているよりもこの世界の人間の強さは常軌を逸しているかもしれない。

 

 主人公やヒロインと敵対した場合、こいつらみたいな異常な人間が敵対することになるのだろうか?

それはまずいな……ステータスと呼べるものはギルドプレートで確認する以外の手段がないし、仮にこれから魔物を数百数千と狩ってギルドプレート上でステータスが上昇したとしても、グレゴリーやマデリンのような人間に襲い掛かられて勝てるヴィジョンがまるで浮かばない。


 この世界の主人公がゲーム一周目のステータスなのか、それとも周回したステータスの主人公なのかはまだわからないが、主人公やヒロイン連中との敵対は俺の死に直結すると考えるべきだな……やはりシャーロットやケルシーとの敵対は早計だったか……



 その後、マリアは終始俺の方を見ては実に気持ち悪い笑みを浮かべていた。

 グレゴリーやマデリンと違ってクソ弱い俺の戦いを見て笑っていたのだろうが、非常に腹が立った。

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