scene.38 人と魔物の境界線



「どうすればいい………」


 あれからしばらく経ったが声は聞こえない。

 聞き間違いかもしれない。


 引き返すのが正解のはずだ。

グレゴリー先生は言ってたじゃないか。1人で行動をするなら常に1人でいられる状況にしろって……そうだ、気にしないのが正解のはずだ。俺は勉強が出来る人間だ。この程度の問題どうということもなかったな!



「……………て……………」



 ……ちょっと様子を見に行こう。

 助けるわけではない。


 大丈夫、俺には正解がわかっている。



 街道から少しずつ離れていき声が聞こえた方へと歩いていく。

周囲に民家はなく、畑もない。この辺りはまだ開拓があまり進んでいない場所なのだろう。大きな街道から外れ、脇道にそれて、森が広がる方向にいく。

 なーに全然問題ない。

そもそも今日の目的地はその森の中にいる猪だし?

俺はいつも通り魔物の討伐に来ただけだし?

ヤバそうな人がいたら全力で逃げるし?


 しばらく進むと馬車が停まっているのを発見した。

森のギリギリ近くまでよく乗ってきたもんだな……しかしまあ、それにしても良い馬車だな。俺が王城に行ってた時もこんなだったけど、普通は個室みたいな馬車なんて乗らないらしい。


「(もしもーし………)」


 小さな小さな声で話しかけながら馬車の扉を叩いたが、返事はなかった。


 恐る恐る中を覗き込むも…………


「ふぅ…………誰もいないんかい」


 びびって損したーと安堵した瞬間、



「イヤアアアアアア!!」



 うーわ………………ハッキリ聞こえちゃったわ…………

 俺が安心したからか?俺がほっとしたせいで、俺の代わりに誰かが災難にあったのか?

 いやいやそんなまさか…………確認だけしよう…………


 声の聞こえた森の方向へと気配を殺し音を殺し無心で向かっていくと、段々と声が聞こえて来た。


 女?女の子?の叫び声と、2,3人の男の声だ。

まだ男の人数はわからないが、複数なのは確かだろう。



「ちゃ〜んつーかまえた」

「逃げないでよ〜ほーらおとなしくしようねー」


「イヤアアア離してええええ!!!」


「すぐ済むからねぇ?」

「だ、大丈夫、殺したりなんかしないから」

「お前らの趣味はわっかんねーなー」


「誰かアアアア助けてエエエエエ!!!」


 聞こえてきた声は気持ちの良いものではなかった。

 

「いい加減うるせぇんだよ!」


「ギャッ!やめッ………やッ…ください」


「こらこら、女の子を蹴るもんじゃないぞ?」

「よーしよし、ほーら大人しくしてれば怖くないよー」

「けっ………お前らのやる事の方がどうかしてると思うが、まあ好きにすりゃいいんじゃね、死なない程度に遊べよ」



 あーよかった……俺は前世では勉強が出来た方だったからな……

 だからこの程度の問題ならすぐに正解がわかった


 気付かれないようにように慎重に慎重に声の出処をさがし、声の主を探し周り、ようやく見つけた。


 目の前では服を破かれた女の子が男に何度も蹴られて謝っていて、女の子を蹴っていた男を宥めた男が下半身露わにして女の子に伸し掛かっている所だった。



 あー…………ほんと良かったわ、前世で勉強しといて……



『人間を照らす唯一のランプは理性であり、生の闇路を導く唯一の一本の杖は良心である』とは誰の言葉だったか……


 危なかった……一瞬目の前の生き物が人間だと思ってしまった。


 目の前に居るアレは年端も行かぬ女子を襲う魔物(おとこ)だ。

 アレは人じゃない。


 理性という人の灯りを失った者は人ではない、アレは獣だ。




『初撃決殺(しょげきけっさつ)、次撃確殺(じけきかくさつ)、三度(みたび)これを振り返らず』


 魔物は一撃で殺さないといけないんでしたよね、グレゴリー先生。

 こちらに気付いていないうちに勝負を決める



 <初撃決殺(しょげきけっさつ)>


「火雷(ほのいかづち)は連理の枝となりて、眼前に立ち塞がる我が障害を射穿いた……我はそれを見届ける者也」



 魔術は成った。狙いは必中。死は確実だ


 詠唱が完了すると同時に、俺の指先から3人の男の頭に吸い込まれるようにして赤と紫の美しいラインが走った

 それは赤き熱線であり、紫電が如く雷であり、

 音もなく瞬きの合間に魔物に迫った


 俺の指先から放たれた赤紫のラインに気づいたのは、女の子を蹴り飛ばしていた魔物(おとこ)だけだった。

 そいつは一目見て即座にこれを回避しようと<纏(まとい)>を使ったが………無駄だ


 俺の創り上げた魔術は絶対に当たる


 <纏(まとい)>によって向上した身体能力をもって、目にも止まらぬ速さで赤紫のラインを回避した魔物(おとこ)はしかし、次の瞬間に直角に曲がった赤紫のラインにコメカミを穿かれて絶命した。熱線に穿かれた頭は焼け焦げ眼球は蒸発していた。


 女の子の上に覆いかぶさっていた魔物(おとこ)と、女の子の手を抑えつけていた魔物(おとこ)は、俺の魔術に気付くこともなく後頭部と額を穿かれて絶命した。



 <次撃確殺(じけきかくさつ)>


「大地を巡る雷鳴(かみな)る剣(つるぎ)は罪過を負いし眼前の闇を討ち滅ぼした……我はそれを見届ける者也」



 呟くと同時に、3匹の魔物(おとこ)の身体が横たわる地面の下から轟音と共に雷を纏った何本もの剣が天高く打ち出され、魔物の身体を何度も何度も切り裂いた。そうして、地面から天へ伸びる雷のような剣は雷鳴を轟かせ空に消えていった。



 <三度(みたび)これを振り返らず>



「ふう……魔物は死んだか!」



 森の地面の上で転がされていた女の子に聞こえるように言った。


 あれは人じゃない。

 魔物だ。人間のはずがない。

 人はあんな事をしない。そうだよな。

 大丈夫、間違えていないはずだ

 

 俺は……正解できたはずだ……



 いや……いや……今はいい………



 震えている女の子を見る。



 果たして、彼女はどちらに恐怖しているのだろうか……

 果たして、震えているのはどちらだったのか……

 



 正解したはずなのに……

 魔物を殺しただけなのに……


 俺は吐きそうだった。

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