scene.30 悪役の限界


 幾度となく勉強と稽古の邪魔をされた俺はいい加減ブチ切れる寸前だった。


「……おいマリア」


「ようこそおいでくださいました、オーリー様!」


 その日もいつも通り稽古の邪魔をされ、グリフィア家の庭の一角……机や椅子、日傘を立ててマリアが当たり前のように寛いでいる場所にズカズカと歩いていったが、俺の不機嫌な形相もどこふく風といった感じでこの女はいつも通りの笑顔を見せてきた。



「さあさあ、おかけになってくださいまし!」


「マジで話を聞けよ……何度言っても何を言われても、どれだけ金を積まれても俺はプリドウェンを渡さないし、リリィもマルミアドワーズを譲る事はないぞ」


 何度同じ話をすればいいんだろうか…

 こうやって断りを入れるのはもう何回目だろうか。


「またその話ですか?おほほほ……そんな事はありえませんわ。オーリー様とリリィ様は必ず譲ってくださいますわ」


 いつもいつも、ほんと楽しそうに笑ってんなこいつ………


「その根拠は?実際に俺達に譲る気は毛ほどもないぞ?」


「またまたご冗談を。お聞きしましたわよ?なんでもリリィ様とオーリー様はお2人で最強になられるとか?おほほほ…素晴らしいではありませんか」


 リリィのやつ…………が、マデリンに話したのか……って、まあ、聞かれて困る話でもないか


「ですので、ワタクシもそのお手伝いをしようと思っているのではありませんか」


「手伝い?邪魔の間違いじゃないか?」


 邪魔以外された記憶がないぞ…


「あらあら心外ですわ!毎日足繁く通ってこの世の美食を提供しているのはワタクシですわよ?リリィ様にマデリンを貸し与えているのもワタクシですわよ?」


「それがどうしたんだよ。俺はお前の提供する物を食べちゃいねえし何も受け取ってないだろ」


 リリィはめっちゃ食ってるけど。


「いえいえ、食事などどうでも良い事でございますわ。ワタクシが言いたい事は、最強になる為には何かと物入りになる、と言う事ですわ!今はまだ大丈夫と仰ってはいますが、お金はいくらあっても困らないでしょう?」


 やっぱり金なんだな……


「最強というのが何を指すのかは存じませんが、宜しければカラドリアの傭兵をあなた方のパーティーにお貸ししてもよろしいですわ!そうすればすぐにでも最強になれますわ!」


「んなもんいらねえよ、お前から借りた傭兵なんて信用できるか」


 人を馬鹿にして……ホントにムカつく奴だ


「おほほほ……まあ……確かに、オーリー様に何か光るものを感じる事は認めましょう。ですが、リリィ様は一体いつ強くなられるのですか?明日ですか?明後日ですか?それとも来年ですか?」


「……そのうちだ、そのうち。」


「ですので!いつかそのうち強くなられるリリィ様とオーリー様を末永くご支援してあげますわ。欲しいアイテムは何でも揃えてあげます、欲しい人材がいれば誰でも引っ張ってきてあげます、移動に必要なら馬車や宿屋だって全てご用意致しますわ!お2人はワタクシの支援のもとで存分にお強くなってくだされば良いのですわ」


「その代わり、鎧と短剣は譲れってか」


「いえいえ、そちらも当然ご希望の値段で買い取らせていただきますわ。その上でワタクシがお2人を支援するのです。オーリー様とリリィ様は誰もが羨むような最高の環境で好きなだけ強くなっていただくだけでよいのですわ!」


 マリアは嬉しそうに、当たり前のように、金のことを喋る

 知ってたよ………お前がこう言う奴だってことは……


 この一月……俺は何も……



「そうだよな………」


「そうですわ!納得頂けない点がありましたら、なんでも仰ってください!お金ならいくらでもありますもの!可能な限りご期待に添えてみせますし、きっとご満足頂ける額をご用意いたしますわ!」



「………もういいよマリア……いえ……カラドリア様……」



 そうだよな……本来、人はそう簡単に変わらないんだよな。知っていたじゃないか。



「な、なにがもうよいのですか?それに…マリアと呼んでくださって構わないのですよ?」


 俺は怒るでもなく声をあげるでもなく、ただただ落胆していた。どうしようもない程に、オーランド=グリフィアと言う人間の限界を感じていた。


「いえ、もうよいのですカラドリア様。私はもう貴女と語るべき言葉はありません。鎧も短剣もお譲りする事はできませんが……私より母上に話し、これまで献上されたものは全てお返し致します。お時間を取らせたということでこちらからいくらかお支払いも致します」


「な、なにを仰っているのですか…?」


「本日はお引取りくださいカラドリア様」


 俺はその場に膝を付いて額を地面にこすり付けるようにして懇願した。

 そうだよな……そうだった。俺にこいつは変えられない。

 最初からわかっていた事じゃないか……


 ひょっとしたら、俺にも主人公みたいにこいつと打ち解ける事が出来るんじゃないかと思った。

 ここはゲームに良く似たゲームではない現実だから、何かが変わるんじゃないかと思った。

 何かが変わればオーランド=グリフィアの運命だって変えられるんじゃないかと。


 でも、ダメだった。

マリアにはずっと素の自分で接していたが…………なんの意味も無かった。

まともな会話1つ出来なかったように思う。出会ってから一月……マリアの意識をほんの僅かでも変えることは出来なかった。

 


 マリア=カラドリアとわかり合えるのは……こいつをカラドリアという呪縛から解き放つ事が出来るのは、今もこの空の下のどこかにいる主人公だけだ。

 俺に出来るはずがなかったし、オーランド=グリフィアという器には限界があって何も変えられるはずがなかった。

ここが『グランドフィナーレの向こう側』と言うゲームによく似た世界だとわかっていたのに、馬鹿な勘違いをしたもんだ。



「あ、あの……オーリー様?お顔をあげてくださいまし。お金ならいくらでもー」


 また金か……


「いいえ、カラドリア様。これまでの無礼、伏して謝罪いたします。ですがどうか、本日はお引取りくださいませ。」



 こいつとの敵対は1番避けたかったが、オーランドがこいつに殺されるのはまだまだ先の話のはずだ。

 俺に何も変えられないのだしても……この世界がゲームの運命を辿るのだとしても、オーランドはまだ生きられるはずだ……タイムリミットまでまだ時間はある。


 悪役(オーランド)の限界なのか、ただ単に俺の力不足なのかはわからないが、これ以上マリアに付き合った所でどうにもならない事だけは確かだ。ヒロインの心を動かせる力は俺にはない…それがわかっただけで十分だ。



 これでケルシーに続いてマリアとも敵対かー……はぁ……


 まあいい……無意味な時間が削れたと思おう……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る