scene.29 平行線は崩れない
「マデリン!次は何を教えてくれるの!くれ…くださるのしょうか!」
「リリィ様のお望みのままに」
俺の予想はいつだって外れる。
午前中、庭の一角でマデリンから剣術の基礎を教わっているリリィは今日もご機嫌だ。
あの日、マリアがリリィの家庭教師としてマデリンを連れてきてから早くも1月が経過しようとしていたが………リリィはマデリンの事を慕ってなんでも聞くようになったし、なんでも教わっている。
マデリンのことを見誤っていたのもある。
午前中は剣術を教え、昼からはリリィのランクアップのためにのドブ掃除の手伝いまでして、夜になると読み書きの勉強を教える。そんな馬鹿な………ドブ掃除の手伝いまでするような奴がいるとは思ってもみなかった……どうなっているんだこいつは………
今日も今日とて真剣に、それでいて楽しそうに剣術の特訓をしているリリィを横目にみながら、俺は俺でグレゴリーと形稽古をしているのだが……
「オーリー様ー!素敵ですわー!」
クソうぜえ観客がつくようになった。
少しはなれた所に椅子や机を設置して日傘まで立てて俺とリリィを眺めている女がいる。
もちろん、マリア=カラドリアだ
「オーランド様、稽古中は集中なさってください」
「す、すまない!」
気が散るなんてものではない。
おかけでグレゴリーに注意されたじゃねぇか!
「ちょっとそこのちょび髭メガネー!オーリー様を叱るのはお止めなさい!」
「い、いえ、これは……」
遠くからとんできたちょび髭メガネというどうしようもなくシンプルな野次にグレゴリー先生も怯んでしまった。そんな野次を飛ばしているのも
もちろん、マリア=カラドリアだ
「うるせぇぞマリアァ!!!!」
「きゃ〜ごめんなさ〜い!」
頭に手を乗せて、あっ!いっけねーという感じのポーズをしている…
う、うぜぇ…………
「オーリー様!お稽古はその辺になさってこちらで飲み物は如何ですか?本日は南のメグリアより取り寄せた甘〜い飲み物ですわ!」
毎日毎日鬱陶しい!
鬱陶しいが……お母様は完全に取り込まれてしまった。理由は非常にシンプルで、ここ数週間マリアが金に物を言わせて色々な物をグリフィア家に貢ぎまくっているからだ。
ラーガルにはあまり流通していない食べ物から始まり、筆や食器と言った小物、椅子や絨毯などの調度品に続き………化粧品……美容品を用意し始めた所で、お母様は完全に奴の手に落ちた。
日頃、王女様の護衛でほとんど屋敷に帰らない父の代わりにグリフィア家に拘束されてお茶会すらも禄に参加できていないお母様に、お菓子や化粧品を献上しながら話し相手にもなるマリアはとても良い子に見えたのだろう。
「いらん!稽古の邪魔をするな!」
「や〜ん、クラウディア様からはオーリー様と仲良くしてあげるようにとお願いされているのですわ~」
何が、や〜んだ、ぶん殴るぞ!
怒りがこみ上げてきた俺が声を荒げようとすると、
「そう言う事であれば、この場は私が引いた方が宜しいかと」
グレゴリーが恭しくその場で礼をして俺の怒りを静止してきた。
「まてまてまて!行くなグレゴリー!」
俺に剣の稽古をつけてくれ!
俺は一日も早く最強になりたいんだ!
「オーランド様。奥様の意向は尊重すべきでございます。マリア様はかのカラドリアの孫娘にあたるお方。カラドリア家と親交を結ぶことは剣では得られぬ価値がございます。ささ、私に構わずマリア様の下にお急ぎください」
なんて事だ……グレゴリーの言っている事は間違いなく正論だ……正論だが……
カラドリアと仲良くなる事はだれもが望む最高のステータスだ……普通はそうだろう。国さえ手出しが出来ない世界一の金持ち一族と仲良くなれれば人生薔薇色だもんな………
だが、俺はオーランド=グリフィアであり、あの女はマリア=カラドリアだ。
この2人に仲良くなるような未来は存在しない
「……わかった。集中が出来ていない俺も悪かった。今日の剣術指南はここで一度終わろう」
「仰せのままに」
グレゴリーが去っていく……そんなぁ………
俺がこの世界で信頼できる数少ない人が……あの小娘め!!
毎日毎日!俺の稽古の邪魔ばかりしやがって!!
リリィに短剣を譲れと言っても癇癪を起こして会話にならないからか、いつも俺の邪魔をしてくる。
剣術指南を受けていると俺からグレゴリーを引き剥がし、部屋で勉強をしていると当たり前のように入ってきて聞いてもいないのにベラベラベラベラと話を始め、二言目にはいくら欲しいのか、金ならある、何が欲しいのかと聞いてくる……正直、気が狂いそうだ。
相手があのカラドリアということもあり元々強く言わなかったお母様も、度重なる貢物攻撃で篭絡され今ではマリアが大好きなご様子。どうみても俺が鬱陶しがっているにも関わらず止めようともしない有様だ。
「オーリー様!さあこちらに座ってくださいまし!」
屋敷の一角に当たり前のように快適空間を作って寛いでいるが、ここはグリフィアの屋敷だぞ…
「あのさぁ……マジで稽古の邪魔すんのやめてくんない?」
いつも通り楽しそうに笑っているマリアと、最近では表情を取り繕うのもやめて接している俺。
俺としても色々考えがあって相手をしているのだが、それにしたって限界はある。
「剣よりもこちらの果物ですわ!本日スフェールより取り寄せた最高級の林檎ですわ!蜜のように甘く―」
「いらん!稽古の邪魔をするなと言っているんだ!」
「まあまあそう仰らず、美味しいものを食べてゆっくりとお話をしませんこと?本当はクラウディア様と交渉をしたいのですが、鎧の事は全てオーリー様に任せると仰ってそれ以上前に話が進まなくてワタクシも困っておりますの」
「だから譲らないって言ってんだろ、今回の取引は諦めろ。マリアに勝算はないし、無理矢理奪うなら冒険者ギルドに駆け込んで保護してもらうって言ってんだろ」
「今はそうかもしれませんわね!ですので、まずはご希望の額を仰ってくださいまし!」
俺の言葉が聞こえていないのか、マリアはいつも通りの楽しそうな笑顔を向けてきた。
マリアはいつだって自信満々で笑ってばかりいるが……正直、会話にならない。
この一月、オーランドとマリアの関係には何の変化もなかった
それでも俺はカラドリアを刺激したくなかったし、考えうる限り最良の対応を心がけていた。
「俺もリリィも、こればっかりは金じゃねぇんだよ」
世の中は金だけではない。金だけでは手に入らないモノもあるんだぞ、マリア。
毎日のように邪魔をされ、会話にならない会話をしながらもマリアに付き合っているのは、
金以外に何も信じられないマリア=カラドリアという少女に、どうにかそれに気付いて欲しいからだ。
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