scene.31 話し合いとは言うけれど
マリア=カラドリアは自信家で傲慢なヒロインだ
カラドリア商会を率いる一族カラドリア家の孫娘であり、海の様に深く美しい青色の髪と空のように澄んだ青い瞳を持った、主人公やオーランドと同じ年齢のヒロインが、マリア=カラドリアだ。
カラドリア一族で生を受けた孫娘のマリアは、素直に真っ直ぐに育っていった………ようにみえた。しかし、人当たりもよく美しい彼女の中心はいつだってお金だった。
自分の何倍も年齢が上の人間から頭を下げられ、何処に赴いても誰もがひれ伏し、彼の英雄王の血を引くラーガル王ですら病に臥せった折にはカラドリアに頭を下げて助力を請うたのだ。
誰もカラドリアには逆らわない。誰もカラドリアには逆らえない
物心がついた頃には『どんな事もお金さえあれば解決する』『私に不可能は無い』と悟っていたし……それと同時に、誰一人としてマリアを見る者がいないという事実にもまた気付いてしまっていた。
誰もが平伏すのはマリアではなく、カラドリアだった。
誰もが見ているのはマリアではなく、カラドリアだった。
その事に気付いてしまってから、マリアは誰にも見られない寂しさを埋めるように欲しい物を全て手にいれるようになった。たった1人の孫娘を溺愛している家族は笑顔で頷くだけだった。
欲しい物は何でも手に入る
物も、人も、心も、全てが手に入る……と
そんな彼女も主人公と出会い、1人の女の子として見られるようになって変わっていった。自分の事を特別扱いしない、ダメな事をすれば叱責すらしてくる平民に心惹かれていき……
そしてあのイベントだ
『カラドリア様への数々の無礼、死して償うがいい』
主人公とマリアを幾度と無く邪魔し、主人公がダンジョンで集めたお宝を掠めとっていたオーランドはマリアの逆鱗に触れカラドリアの私兵によってひっそりと処理される。
カラドリアの力は凄まじく、ラーガルの大貴族だったグリフィアの嫡子やその取り巻きを容易く葬り去ることが出来る程で、ご丁寧に魔物に殺されたように完璧な偽装までしていた……
何も知らない主人公はあれ程のゴミ人間だったオーランドの死を悲しみ、マリアはそれを慰める。
その後、邪魔な奴がいなくなった2人はカラドリアを変えて行く為に各地を奔走し、イチャイチャラブラブと幸せに過ごしていくわけだ。
いやーめでたいめでたい!
オーランド以外はな。
「はあ………………」
マリア=カラドリアにお引取り願った夜
あの後マリアはどうしても鎧と短剣が欲しいようで涙を流しながらしばらく抵抗してきたが、絶対に譲るつもりのない俺が何度も頭を下げて家から出て行ってもらうようにお願いしてようやく出て行ってくれた。
あのマリア=カラドリアが泣くほどの鎧と短剣だ、想像を絶するレアアイテムと言う事は確定していいだろうが……
「ちょっと早まったか…?いや………でもな………」
攻略していないリリアナや隠しヒロインを除いて、俺が最も警戒していて1番敵対したくなかったのが何を隠そうマリア=カラドリアだった。
カラドリア家の私兵はとてつもなく強い……ゲーム中にあった説明では、元上級冒険者や何処かの国の元騎士、快楽で魔物を殺すような狂人のような奴だったり、とにもかくにも化け物のように強い連中が集まっていると描写されていた。
世界一の大金持ちであるカラドリアはいつ何時どのような人間からも命を狙われたり誘拐されてもおかしくない存在なので、カラドリア一族の周囲はとんでもなく強い私兵で固められているわけだ。
詳しくはわからないがマリアがいつも隣に連れてあるいているマデリンもどうせとんでもなく強いのだろう。カラドリアの孫娘の護衛をたった1人でこなし、マリアに信頼されている時点で化物と考えていいだろう。
怒ったマリアが命令すれば、今日にでも俺の頭は胴から離れてしまう可能性もある。
流石に学園に入るまではそういうイベントは無いと信じたいが、この世界はゲームとは何処かが違うからな……何より、俺の楽観的な予想はいつだってあてにならない
「何でそんなにこの鎧がほしいかねぇ……この鎧とリリィの短剣についてもっと知らなければならないか…」
しかし、鑑定が終わった後に再度お母様に聞いてみたものの、前回教えてくれた以上の新しい情報なんて何にも出てこなかったしな……お父様なら何か知っているのだろうか?
マリアに聞いても笑顔で無視されたしな……
「あーーーもうめんどくせええええ!」
と、ベッドの上で暴れているとドアをノックする音が聞こえてきた。
「はい!お入りください」
そして、ゆっくりと音も無くドアを開けて入ってきたのはお母様だった。
「お母様、どうされたのですか?」
「いいえ、少しお話でもと思いまして」
供回りも連れずに1人で来るとは珍しいな
「どうぞお掛けになってください」
なんだろう?
「オーランド。私は当事者ではありませんから深い事情まではお聞きしませんが、ちゃんと話し合いはしたのですか?」
「なんの事でしょう?」
「カラドリア様の事に決まっているでしょう」
ですよね……
「貴方の言うとおり、献上されたものの中でお返し出来るものは全てお返ししました。カラドリア様にご迷惑をおかけしたのであればお金を包む事も問題はございません」
「ありがとうございます」
「ですが……その前に、ちゃんと話し合いはしたのですか?」
話し合いって…
「それは何度も致しました。先方はあろうことかプリドウェンを欲しがり、私はそれを何度となく断りました。この一月、毎日のように話し合いをしておりました。私は再三申し上げました、鎧(プリドウェン)も短剣(マルミアドワーズ)もどちらも……私もリリィもそれらを譲るつもりはないと。それでも毎日屋敷に来ては同じ話の繰り返しです」
そうだ。話し合いはしていた。
だけど結局は無駄だった。それだけの事だ
「では何故?」
お母様の言葉は短く難しい……
「何故とは?」
何を聞いているのかまるでわからん。
「何故、マリア=カラドリア様は泣いていたのですか?カラドリアの者が人前で涙を流すなど聞いたことがありません」
なんだそんな事か…
「それは鎧と短剣が絶対に手に入らないとわかったからです」
何でも手に入れてきた我侭お嬢様の初の敗北だったのかもな
全くいい気味だ
「そうですか…………」
お母様の表情からは何も読み取れない。
何を考えているんだろうか?
そうして、ゆっくりと立ち上がり部屋から出ようと歩きはじめた所で、
「ああ………そうでした。ペンを………ペンを一本返し忘れておりました」
何かを思い出したように、パッと振り返って話しかけてきた。
「お母様が?珍しいですね」
「こう言う事もあります。カラドリア様に失礼にならぬよう、今すぐにお返ししなければなりませんが………オーランド、貴方にお願いします」
「え?僕ですか!?」
「ええ、元はと言えばオーランドとカラドリア様、2人の勝手に振り回されているのです。貴方からお返しするのが筋というものです」
そういうものか……確かにお母様には迷惑でしかなかったよな……
「………そうですね、畏まりました」
カラドリアデパートにいる使用人とかスタッフに渡して適当に帰ってくるか……
「このペンはちゃんと手渡しでお返しするようにしなさいね」
と思ったが、お母様は俺の考えている事などお見通しだった。
「……はい」
キレたマリアに命令されたカラドリアの私兵に殺されても知らんぞ?
いいんだな?本当に俺が返しに行ってもいいんだな?
夕暮れ、陽が沈む前に俺はカラドリア商会へと馬を駆った。
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