scene.19 偶然とは即ち必然である



「そうなんだ…じゃあ私もこういう所を掃除した方がいいの?」


「可能ならそれが一番早いランクアップ方法だが……」


 掃除を始めたのは早朝だったはずなのに、太陽はすっかり真上に昇っていた。


「ドブ掃除の報酬は少ない。この一区画をやってもたったの10ゴールドだ」


「じゅッ……10ゴールド……」


「俺は詳しくわからないが、<丘狼(ランドヴォルフ)>や<長耳兎(チューピッシュオア)>の討伐クエストをこなしたり素材を売った方がはるかに金になるんじゃないのか?」


「うん……」


「俺はまあ…生活には困っていないから、こうやって冒険者ギルドに対する貢献度を最優先にあげて最速で冒険者ランクを上げているんだが、リリィはそれが出来そうか?毎日朝から晩までドブ掃除をして10ゴールドや30ゴールドを貰って、それで生活はできそうか?」


 俺の言葉に、リリィは首を振った。


「だったら、リリィは今まで通りの方法で冒険者ギルドに対する貢献度を稼いで、少しずつ実績を積み上げていくしかない。そもそも、なんでそんなに冒険者ランクを急いであげたいんだ?リリィの家庭事情はわからないが、生活するだけならそれほど大変じゃないだろう?」


「うん……でも私…お金欲しくて」


 事情は聞いていいんだろうか……いや、やめておこう。


「金は……そうだな。誰だって金は欲しいよな」


「でも、有名にもなりたくて……」


 自己顕示欲が強い子なのだろうか?

 まあ、冒険者ランクが自分より高いってだけで俺に殴りかかってくるような子だしな。


「有名に、か……そりゃまた、漠然としてるな」


「だ、だから、少しでも早くダンジョンに行きたくて……強くなって、有名になって……」


 ダンジョンか……


 リリィとは同じ下級冒険者だが、<腰(ルンバーリ)>の俺はもう初級ダンジョンへ挑戦する事が出来る。

リリィがこの調子で毎日魔物の討伐クエストをこなしていくとして、<腰(ルンバーリ)>にランクアップするのは一体いつ頃だろう。1年後か、2年後か、もっと先だろうか。俺はそんなに暢気に待ってられないし、そんなに暢気に待つ必要がない環境が揃っていたが……オーランド=グリフィアが平民だったら苦労したかもな……



「……なあ?」


 リリィね……かなり危なっかしい猪突猛進の直情少女だが、脇目も振らず隠しもしないむき出しの向上心を叩きつけてくるのは寧ろ心地良いくらいだ。


「お前はダンジョンに挑戦してどうするんだ?どうして有名になりたいんだ?」



「そんなの決まってる!私はダンジョンに潜って、誰よりも強くなってすごくすっごーく有名になって、1人でも立派にこの世界を生きていけるようになるのよ!」



 俺の問いかけに、リリィは真っ直ぐ、何の迷いも無く答えてきた。

 握り締めたままの手の温度が少し熱くなったような気さえした。



「はっははは!!!」


 その言葉を聞いた瞬間、思わず笑ってしまった。

 前世の記憶が蘇ってから初めて笑ったかもしれない。

 それにしても、マジかこいつ……


「な、なによ……笑う事……ないじゃない……私は1人でも……」


「いやーーはっはっはーすまんすまん!ついな……だが、馬鹿にしたわけじゃない」


「じゃあ…なんなのよ……」


「あーわるいな……リリィの答えがあまりにも俺好みだったから、つい笑っちまったよ」



 誰よりも強くなってすごくすっごーく有名になって、1人でも立派にこの世界を生きていけるようになる

 有名になる気は欠片程もないが、強くなって1人でこの世界を行き抜くのは俺の目標でもある。

 まさか同じような事を考えている奴だったとはな……そりゃあ早くランクアップしたいわけだ。



「好み?」


「俺の人生の目標も『強くなって1人で生きていく』だからな。よく似てるなと思ってつい笑っちゃったんだよ。気を悪くしたなら謝るが、馬鹿にしたわけじゃない」


「そうなのね!一緒ね!」


「ああ、だからこれは俺からの提案だ」


 同じ事を考えている人間に出会えたことが嬉しいのはどうやら俺だけではなかったらしい


「提案?」



「俺とリリィでパーティーを組まないか?」



 リリィはこの世界の人間だ。そんな名前のゲームキャラは居なかったし、仲間にする最低条件は満たしている。そして何より、必死になって全力で1人でも生きていこうとする人間というのは好ましい。

 詳しい事は聞いてみなければわからないが、活動拠点なんかにもこだわりは無いだろうし少なくとも俺がラーガル王国から脱出する18歳までの間だけでもリリィとは是非パーティーを組みたい。


 燃え盛るような向上心を体現したような赤い髪に赤い瞳の冒険者の少女リリィ

殴りかかってきた所を見てもこいつは前衛職っぽいし、魔術主体の戦闘をする俺にとっては喉からで出るほど欲しい人材でもある。それに……なんやかやリリィとのやり取りは嫌いじゃないかもしれない。

 


「私とオーリーでパーティー?」


「ああ、俺は誰よりも強くなって1人で生きていくつもりだし、リリィだって誰よりも強くなって1人で生きていくんだろ?最終的にはお互い1人で生きていくにしても、ダンジョン攻略を開始するならしばらくはパーティーで行動したほうが効率はいいだろ?」


「うん……うん!そうね!わかったわ!」


「じゃあ決まりだ。俺とリリィは今日からパーティーだ。後でギルドにパーティー申請をしにいこう」


「うん!」


 見た感じ、リリィは裏表がないさっぱりした奴だ。

 約束を破れば泣いて怒るような奴は貴重だ。

 いずれ背中を預けるのであればこういう奴がいい、裏切りを心配しなくて済む。

 最初は馬鹿なガキだとむかついていたが、しっかりと話を聞かせれば理解するだけの頭もある。


 それに……話しぶりからするにリリィに家族はいないのだろうからな……

 都合が良いと言えば語弊があるが……孤児であればグリフィアが取り込んでも問題はないだろう



「さっ!立てるかリリィ」


 先に俺が立ち上がり、地面に座ったままのリリィの手を引張りあげる。


「オーリー、私達2人で誰よりも強くなるのよ!いいわね!」


「はいはい、じゃあまずはリリィのランク上げからだな。早く<腰(ルンバーリ)>になってもらうぞ」


「う、うん」


 


 この世界に来て初めての仲間が出来た。


 名前はリリィ。赤い髪に赤い瞳、ちょっと粗暴だけど素直で元気な女の子だ

 

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