scene.18 馬鹿な子供と情けない大人



「名前は!」


「あぁ?」


「ゴミ……じゃなくて、あんたの名前を教えなさいよ!」


 炎の壁が怖かったのか、リリィは少し離れた場所に座り込み名前を聞いてきた。


「なんで教えなきゃならないんだよ、仕事の邪魔だからあっちいけって言ってんだろ」


 しかし、そんなものに律儀に答える理由はない。

 勝手に名乗ったのはリリィであり、俺が名乗る必要なんてものはないし、二度と会いたくもない。


「なんでよ!!私はリリィって言ったのに、ほんとムカツク!!!」


「逆になんで教えないといけないんだよ。教える意味がわからんし、名前を教えたら二度と仕事の邪魔をしないって言うんだったら教えてやってもいいけどな」


「いいわよ!!それでもいいから名前教えなさいよ!!」


「本当だな?じゃあ、俺の名前はトニー=ゴンザレスでいいよ。ほら、教えたから仕事の邪魔すんな。しっしっ」


「トニー=ゴンザレスね?わかった!約束は約束だもの!でもトニー!!覚えてなさいよ!!!私の方が早く中級にあがるんだから!!」


「はいよー出来るだけ覚えとくわー」


 俺の言葉を聞いたあと、リリィは肩を怒らせながら去っていった。


 なんだったんだよマジで……なんて態度のガキだ、いきなり殴りかかってくるとか普通じゃねぇよ。冒険者同士の喧嘩はダメだってノインツ教官も言ってただろうに、マジで馬鹿なんだろうな。



 溜息をつきながらも、その後の掃除を黙々とこなした。



 ◇ ◇ ◇



「トニーーーーー!!!あんたああああーー!!!!うわっぷッ!!」



 その数日後、再びリリィの襲撃があった。


 あったが、当然魔術で対処した。顔面に強めに水の塊をぶつけて速効で戦意を削ぐ事にした。


「おい約束は守るんじゃなかったのか?なんでまた仕事の邪魔しにきてるんだよ。」


 地面に転がっているリリィが起き上がる前に何度も何度も水の塊を真上から身体にぶつけて起き上がれないように身体に負荷をかけつつ、ゆっくりと近付いていった。

 この先何度も何度もこんな風に絡まれるのは俺の好む所ではないので、もう二度と近付いてこないようにちょっとお灸を据えてやろうと考えたのだが…


「だっっわっっ!!」

「ちょっ!うわッ!」

「やめっっぷッ!?」

「話ッ!!!きいッ!!!!」


 必死に何かを言おうとしていたので、少しだけ話を聞こうと思って水責めを一時的に停止した。



「なんなのよ!!なんなのよ……先にッうッ約束ッやぶったっの、そっちッうわあああああああ!!!!」



 するとリリィは鼻を啜りむせび泣きながら話し……終いには号泣してしまった。



 まさか気の強そうなリリィが泣くとは思わなかったが、なんだかこれはヤバイ!

 目の前で女の子が号泣しているのを見るのは前世の事を思い出しすし本当に勘弁して欲しい……


「まてまてまてまて!泣き止め!なっ!」


 前回はこれの何十倍も襲い掛かってきたから大丈夫だろうと思って相手をしていたが、今回は何故か泣き始めてしまった。理由はわからないが多分俺のせいなのだろうということは何となくわかる。


 王都貧民街に、少女の泣き喚く声が響くのは色々まずいことになりそうだ。

 こんな現場を誰かにみられようものならあらぬ誤解を与えてしまう。


「ほら!はい、握手しよう!俺は逃げないから、言いたいことがあれば言ってくれ!な!」


 完全に今更ではあるが、リリィの手を握り、営業スマイルを向けて語りかけることにしたが…



 リリィはそれから10分ほどわんわんと泣き続けた



 ◇ ◇ ◇



「だって…あんた…トニー=ゴンザレスって…嘘…ついてて」


 ぎゃーぎゃーと泣き喚くのは終わり、リリィは目を真っ赤にして鼻を啜りながらポツリポツリと話をはじめた。その手は俺を逃さないといわんばかりに握りしめており、俺とリリィは汚い路地裏で向かい合うようにして座って話を始めた。


「私…名前いったのに…約束って」


「あー……そうな。それは悪かったって……」


 なんか面倒臭そうだったから適当に思いついた名前を教えたが、それがいけなかったのか。

 こんなに泣くほど怒るとは思わなかった……


「だから…私…悪くないのに…水、ボンボンってして…なんで…私…悪くないのに」


「わーーーるかったって!!ごめん!この通り!」


 まあそれは俺のほうが悪いかも……いや、全面的に俺が悪いです……

たとえこいつがクソ面倒くさくてクソ生意気でクソむかつく女児であろうが、名前を教えたら仕事の邪魔をしないって約束を最初っから破ってたのは俺のほうだ


「だからほら、殴りたいなら殴ればいいだろ。それで許してくれ」


「別に…殴りたくない…わたし」


 ヒックヒックと泣きながら途切れ途切れに話をされると余計に罪悪感が増すな……


「殴りたくないのか?てか、そもそも何で俺を探してたんだ?」


「ランクアップ…私より早いから…ずるいって…おかしいって…私一番頑張って…」


「あー……」


 同じ日に冒険者登録した人間の中で自分が一番魔物を討伐してクエストをこなしているはずなのに、どうしてドブ掃除や道端の糞尿の処理みたいな掃除ばかりしている俺のほうが自分より冒険者ランクが上なのか、それが気に食わないってことでいいのだろうか?


「リリィは冒険者ランクがどうすれば上がるか知ってるか?」


「魔物…いっぱい倒したら……そしたら上がるって…」


「まあな。それは正解なんだが、冒険者ランクが上がる仕組みを考えた事はあるか?」


「わからない……」


「だよな……いいよ、わかったよ。今日は俺の仕事も中断するから、冒険者ランクがどうすれば上がるのか、どういうクエストが良いのか、色々教えるよ」


「うん……」



 女の子をギャン泣きさせたんだ……

 罪滅ぼしに色々と教えてあげよう……

 いくら鬱陶しかったからって、前回も今回も俺の態度は最悪だった…反省しよう。


 いくら俺に余裕がないからって周囲に当たるのはダメだ。

 それは最低だ。

 リリィには偉そうにモノに当たるなと言っておきながら、


 俺はこの世界に対する不満をリリィにぶつけてたんだ……




 マジで情けない……

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