第8-9話 裏ボス
記憶のマナを倒すには、正々堂々と戦うしかない。
とはいえ、過去の僕のこともあり、一応、場所を変えて、説得を試みてはみた。
「というわけでさ――」
「あなたは、自分が物語の中の人物なのではないかと、考えたことがありますか?」
不意にそう尋ねられて、考えてみる。
「ある、かな」
「仮に、それが事実だとしたら、どうしますか?」
「そりゃ、僕をこんな風にしたやつを、恨むだろうね」
「その言葉と思考と行動のすべてが、あなたの意思ではなかったとしても?」
「うん。話してるのも考えてるのも動いてるのも、全部、僕だからね」
すると、彼女は鋭い顔つきになった。
「それなのに、私に死ねと、そう言うんですか」
「ま、もっともだね」
「それに。三人で別の時間平面に移動したとして、本当に幸せになれると、そう思っているんですか」
「思ってるよ。どのみち、僕は取り返しのつかないことをしたから、元の世界に戻っても、死刑か無期懲役になるだけだし。ま、死ぬまで逃亡生活すればいいんだけど」
「過去の罪を償いもせずに、未来で幸せになれるわけがない」
それも、もっともだ。でも、
「君が綺麗事を語れるのは、綺麗に生きてきたからだ。僕と同じ人生を送ってたら、きっと、同じことは言えない」
「そうかもしれませんね。……でも、それは、ありえない。ありえない今を語る必要性を、私は感じません」
どこまでも、純粋で、真っ直ぐで、綺麗だった。
そんな彼女が、僕は、大好きだった。今でも愛している。心の底から。
「分かってるさ。これが、間違った選択だってことくらい。それでも、こうするって、決めたんだ」
「……いつまで経っても、あなたは、頑固なんですね」
「そんな僕は、嫌いかな?」
「いえ、とっても、大好きですよ」
お互いに、虚空から剣を取り出して、構える。勇者である僕と、女王である彼女は、城から実践用の真剣を持たされていた。
「僕も、永遠に、君を愛してる。だから、殺したくない」
「本気でいきます。――手加減したら、命はないと思いなさい」
ああ、強いなあ。
――お互いに間合いを読み合う。
直後、殺気に向けて、刃を動かすと、不可視の速さで振られた剣の、衝撃だけが、くる。
「重……!」
すかさず切り返される刃に、なんとか合わせる。がら空きの胴に放たれる一撃を、鍔で落とす。落としたはずの剣先が脳天から振ってくる――が、そちらはフェイクだと判断し、反りの体勢でかわした後、剣を立てて、横なぎを受ける。
……まったく勝てる気がしない。
「遊んでない!?」
「遊ぶほどの余裕はありませんが」
「……ほんとに?」
「それくらいの見極めは自分でやってください」
意識をそらす作戦も無効だ。その上、僕が彼女に勝っているのは、反射神経と魔力のみ。より正確には、反射神経があるからこそ、形だけでも戦いになっているのだが。
剣筋を追うだけで精一杯なのに、そこにフェイントが入る上、たまに加速する。リズムが取りづらい。それに、何より、
マジで重い……っ!
上手く衝撃を受け流さないと、手首が馬鹿になる。少しでも痛めれば、確実に負ける。
回避し続けていると、つばぜり合いに持ち込まれる。純粋な力押しで、勝てるわけがない。
「降参したらどうですか?」
「それはできないね」
「そろそろ、本気を出してもいいですよ」
「……じゃ、お言葉に甘えて」
押しきられそうになるのを、意地と根性でなんとか押さえつつ、魔法を構築する。
基本的に、詠唱も呪文も必要ない魔法だが、より高度な魔法を使うときに限っては、それが求められる。それすらも、訓練すれば、無詠唱でいけるのだが、威力は落ちる。
「プラーミア!」
プラーミア――炎の最上位魔法。噴き上がる爆炎が、周囲一帯を溶岩の海へと変える。
「リエット」
リエット――氷の最上位魔法。絶対零度の冷気が、溶岩すらも凍てつかせる。
溶岩を凍らされたが、そちらは折り込み済み。本命は、無詠唱のヴェーチェル――風の最上位魔法だ。
「くっ……」
風が一切合切すべてを吹き飛ばし、地面をひっくり返さんとする。それをマナは、足の踏み込みで、相殺する。――予想通りだ。
一つ、想定外があるとするなら、布が所々引き裂かれて、図らずも、目のやり場に困るような格好にしてしまったことと、意外にも、マナが照れているところだろうか。いや、二つだった。
「ごめん、でも、わざとじゃない」
「謝るくらいなら私に勝ちを譲りなさい」
「僕も上だけ脱ぐからさ、それでチャラにしない?」
「この変態!」
さらに顔を真っ赤にした、涙目のマナから、無詠唱のリエットが飛んできて、凍らされかけた。
どうやら、男の裸を恥じらうお年頃らしい。ほんとに、ごめん。そして、ありがとう。
〜あとがき〜
こんなんだけど、次回最終回です。
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