第8-10話 最後の問いかけ

 引き続き、桃髪の少女と戦闘を繰り広げていた。地形が変わることを想定して、場所は選んでいる。


「はあっ、はあっ……」


 僕の息がこれだけ切れているということは、彼女の魔力も限界のはずだが、それをまったく表に出さないところが、恐ろしい。


「次で終わりにしましょう」

「そうだね」

「――リエット、チャール」


 チャール――俗に言う、エンチャントというやつだ。剣に魔法を付加させて、属性剣とする魔法。


 少女は、氷を剣に付加させる。


「プラーミア、チャール」


 対する僕は、炎を付加させる。


 チャールは魔法と剣技の乗算だと、城で習った。要は、剣と魔法の両方を考慮して、より強い方が勝つ。


 炎と氷。相性は五分五分だ。


「私は、あなたを妄執から解き放ちます」

「僕は、君を倒して、三人で幸せになる」


 剣は彼女が、魔法は僕の方が強い。


「どちらが負けても、恨みっこなしですよ」

「僕が氷像になったら、一生大切にしてね」

「私は、ただの記憶ですから」

「それ、今言う?」


 一振りで終わる。それに寂しさを感じている自分に気づく。


「楽しかったです、あかね」

「僕もだよ、マナ」


 名残惜しい。


「最後に一つだけ、聞いてもいいですか?」

「何?」

「私は、殺されたくらいで、忘れたくなってしまうような存在でしたか?」


 その問いかけに、上手く、答えを見つけられない。


「――忘れないで」


 僕の答えを待たずして、氷結の刃が振るわれる。だから、それに応えるしかなかった。




 彼女が最後に残した魔法が、ただの幻覚だと、知っていても。




 ――一瞬で、彼女は跡形もなく、消え去った。


 もし、本当に、本気で打ち合っていたら、彼女が勝っていた。僕がどれだけ研鑽しても、彼女の努力と才能には、決して敵わないことは知っていた。


 だから彼女は、負ける道を選んだ。



 負けて、僕の心の深いところで、強固な楔となった。



「マナには、一生かかっても勝てそうにないわね」


 どこからか、この戦いを見ていた二人が現れる。


「私は強いですから」


 その場に、泣き崩れる僕を、二人はとことん、甘やかしてくれた。


***


 それから、一年が経った。ずいぶんと平和で、穏やかで、和やかな日々だった。鳥のさえずりに耳を傾けられるほどに、心はゆとりを持っていた。


 それは、まさに、僕たちが望んでいた生活だった。


 ――でも、何かが、足りなかった。みんな、心に穴が空いたように感じていながら、僕たちは何事もなかったかのように振る舞って、お互いに、寂しさを埋め合っていた。


「これで、理論上は、時を戻す前に戻れているはずです」

「何度も計算したから、ミスはないわ」

「でも、確証はないんだよね?」

「まあ、前例がないんだから、そうなるわよね」

「最悪、四肢がバラバラになる可能性もありますね」

「これからってときに、怖いこと言わないでくれる!?」


 それでも、今の僕たちに、このままの暮らしを続けるという選択肢はない。ここに居続ければ、老いることも死ぬこともない。それが理由だ。


「平和って、くそつまんないね」

「平和って、くそつまんないですね」

「マナが真似したじゃない、どうしてくれるのよ?」

「僕も思ったけど、真似したマナが一番悪いよねえ!?」

「私は悪い子なのです。……えへへ」


 そんな風に騒ぎながら、時計塔へとたどり着く。最適な位相と時間を計算した結果、ここがいいという話に落ち着いた。


 塔を開けて、中に入る。内側に螺旋階段がついており、天井は雲よりも高い。そして、壁にはびっしりと、文字が刻まれている。


 そこには、歴史が刻まれることになっている。


「さすが時計塔ね。あたしたちの死が刻まれてないわ」

「やはり、現実世界でないと、死んだことにはならないようですね」

「まあ、正しい時を刻んでるからねえ」


 ここにいる一年で、文字は相当練習した。今では、問題なく読み書きできる。


「ここだね、上手くいけば、僕たちは、ここまで遡ることになる」


 そこには、マナ・クラン・ゴールスファ死去の文字があった。他は壁を削ったような文字ばかりなのに、その文字列だけが血を塗られたように、赤い。


「ここだけ真っ赤ね」

「運命が変わったってことだね。本当なら、マナはここで死んでたんだよ」

「はい。まなさんが助けてくださらなかったら、私は死んでいました。まなさん、愛してます」

「あたしもよ」

「いちゃいちゃしやがって……」


 ここから出る方法は、簡単だ。それは、この記憶の世界を壊すこと。


「言霊の力を借りれば、こんな記憶の世界を崩壊させることくらい、造作もないですからね」

「造作もないて」

「あたしは魔法が使えないから、あんたたちに任せたわ」

「はい、お任せください」

「まあ、魔法だけなら任せてよ」


 世界を壊して、僕たちは、過去に逃げる。


「――ずっと、一緒にいよう。三人で」

「ええ、そうね」

「絶対に、約束ですよ」


 きっと、今以上に、後悔することになるだろう。


 それでも、僕たちが幸せになるには、この道しか残されていないのだ。


「じゃ、せーの、で」

「はい、ぐちゃぐちゃにしてやります」

「ええ、めっためたにしてちょうだい」

「いくよ」


 呼吸を整えて、高鳴る心臓を落ち着かせる。


「せーの――」




 そうして、世界を壊す寸前。僕の耳は、確かに、弓矢が唸る音を捉えていた。




(諦悔の帳面 END)


〜あとがき〜


どうせみんな死なない。の方は、この一年の間のお話だったりします。よかったら。

https://kakuyomu.jp/works/16816452219531870146

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る