第8-4話

 バサイと愛。お互いに、どこからか取り出した剣を、ぶつけ合う。その余波で、(まな)があかねを背負ったまま、吹き飛ばされる。


「うひゃああっ!?」


 無重力空間ではなかなか止まることができず、魔法が使えない(まな)は、必死に宙に向かって抵抗し続ける。


「やっと止まったわ……」


 二人の姿は見えていないが、二人の通った軌跡は辛うじて見え、剣や魔法のぶつかり合う音だけは聞こえる。


「は、速すぎて見えない……。引くわ」


 バサイは、真正面に突進するように見せかけて、愛の脇を通り抜けて胴を切り裂かんとする。


 その物性も何もかも無視した貫通の刃を、愛は、上から素手で叩き、軌道を反らして無理やり空振りさせる。


「なんじゃ今の!?」

「実は、私もあなたのファンで。あなたの得意な戦闘スタイルくらいは知っていますよ」

「避けろや!?」

「なぜ私がこの場から動かなければならないんですか?」

「……だアくそッ、超絶かっけエ!!」


 直後、バサイと愛の間で、爆風が起こる。


「今のも分かンのか!?」

「生憎、前にも見たことがありまして。――しかし、あなたは、魔法を戦いには使わないものだと思っていましたが」

「オレみたいな夢食いバクは、言霊くらい、魔法がなくても操れンだよ」

「さすがバサイですね」

「馬鹿にされてるようにしか聞こえねエな!」


 対する愛の魔法も、ことごとく、バサイの拳で打ち破られる。


「やはり、強敵ですね――」

「うはっ! 嬉しすぎンだが!!」


 目で追うことすら諦めた(まな)が、ため息をつく。


「まあ、マナは大丈夫でしょ。それより、あかね、大丈夫?」


 (まな)に触れている間は魔法が使えないため、彼女がこうしてあかねに触れていれば、彼は自然と、魔力を回復することになる。今、この空間から出れば、命の危険があるが、彼の回復力なら、すでに、安全な域にまで達しているだろう。


「……それにしても、あんたと付き合うなんて、あたしにはあり得ない話ね。死んでもお断りだわ」


 二人の戦いを遠目に見ながら、(まな)はわずかに笑みを溢す。


「それでも、今のあたしがここにいるのは、あかねのおかげだから。あんたの望みなら、なんでも叶えてあげたいって、そう思ってる」


 激しい閃光のぶつかり合いが、どれほどか続いて。ようやく、片方の光が失われた。


 少しして、影が近づいてくる。


「さすがマナ、勝ったのね」

「当然です。私を誰だとお思いで?」

「あはは。……それで、バッサイは、どうなったの」

「あの人がいないと、遡行の書が使えませんから。意識は残してあります。ただ、この空間はすぐに消失するでしょうね」




 そう言い終えるのが先か後か、一同は元の小屋へと戻っていた。




「お、重い……っ!!」


 あかねを背負っている(まな)が、重力を受けて、押し潰されそうになる。


「まなさんが、ぺしゃんこに!? ――それはそれで、可愛いのでは」

「いいから、早く助けなさいよ……!!」


 あかねを床に寝かせて、愛と(まな)はバサイに遡行の準備をさせる。


「……できたぞ」

「ありがとうございます」

「まあ、ここに戻ってくるつもりはないけれど、他の人が入ってこられないようにしておきなさい」

「へいへい。――そいつはどうすンだ?」


 バサイはあかねを指差す。


「連れて行けるように、時空の狭間と現実世界を混合して、私たちをこの時間平面に呼んだんですよね?」

「……そうじゃねエと、そいつが死ぬだろオが」

「マナと戦いたいっていうのも、本心だったでしょ?」


 (まな)が尋ねると、しばし、沈黙で満たされる。


「おめエ、マジで可愛いげねエな」

「そんなところも可愛いです」

「……なんで二人して頭を撫でたのかしら?」


 準備は、整った。――一人を除いて。


「あかね、行くわよ」


 そうして引かれた手を、弱々しく、だが、確実に、拒んだ。


「消えたい」


 小さな声で、そう呟いた。


「私は、もう誰も、失いたくないんです」

「あたしは、もう死なせてあげてもいいんじゃないかって、そう思う」


 愛は少女を後ろから抱きしめて。


 (まな)は肩にかけられた手を掴んで。


「それって、とっても勝手だよ」

「そうね。その通りだわ。それは、正しいと思う」

「でも、正しいだけ」


 愛はあかねの横に寝転がって、彼の頭を腕に乗せる。(まな)は二人と頭を付き合わせるようにして腹這いになり、両手で頬杖をつく。


「どうせみんな死ぬのよ」

「どうせみんな死ぬんだから」

「死ぬのはいつだってできるわ」

「全部捨てることなんて、簡単にできる」

「たとえ、死後に救いがなかったとしても」

「生きている今を、変えられる」


 届いているのかさえ分からない声を、かけ続ける。いや、実は、二人で話しているだけだったのかもしれない。


「どんなに行き詰まった状況でも、選択肢が一つしかないなんてことは、絶対にあり得ませんよ」

「逃げたっていいじゃない。あたしは、三人でいれば、どこに行ったって楽しいと思うわ」

「その責任は自分で取らなければなりませんが」

「まあ、それで怒られたとしても、みんなで一緒に怒られればいいのよ」

「嫌なことに捕らわれて死んだら、きっと、永遠に嫌なままですよ」

「コーンが嫌いなまま、一生食べなかったら、きっと、死んでもコーンが嫌いなままよ」

「うきゅっ……」


 固まる愛の頬を、(まな)は指で軽く弾く。


「まあでも、乗り越えろって話をしてるわけじゃないわ」

「乗り越えるなんて、強い人にしかできないことです。それができたなら、それは、とても、すごいことなんですよ」

「ええ。でも、どうせ死ぬなら、楽しい思い出が多い方が、いいでしょ?」

「だから、その命を、私たちに預けてみませんか?」

「どうせ全部捨てるなら、あんただけでもついてきてくれたら、あたしはすっごく、嬉しい」

「何もしなくても、何かしていても、どちらでもいいんです。ただ、一緒にいてほしいんです。あなたに」


「どうでもいい」


 あかねはぽつりと呟く。


「無理に来いとは言わないわ。その選択だけは、自分でしなさい」

「私たちが決めることではありませんから」

「もし、ついてくるなら、あの帳面に飛び込んで」

「――その代わり、きっと、楽しい以上に、あのとき死んでおけばよかったと、後悔することになりますよ」

「それでも、あたしたちの願いを叶えてくれるなら」

「生きてください。私は、あなたに、死んでほしくない」

「死んでもいいけど、あたしが見てないところで逝ってくれる?」


 そうして、白と桃の髪の少女たちは手を繋ぎ、ノートの中へと飛び込んだ。

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