第8-3話

「あたしのいた世界に──」

「思わぬところで思わぬ収穫を得ましたね」

「マナ賞必至の、有史以来の大発見だわ」


 ちなみに、マナ賞とは、この世界で実際に存在する賞で、大変名誉ある賞である。


「まなさんとの愛の共同作業ですね。らびゅ」

「あたしのいた世界なら、きっと、八年経っても平和だから、安心ね」

「スルーされた。悲ピ」


 わりと本気でへこんでいる様子の愛を、(まな)はそれでもスルーした。愛が勝手に拗ねて、勝手に黙っていることに耐えられなくなり、そのうちに、また(まな)に、ブンブン尻尾を振る。


「私、まなさんの──この世界のまなさんの髪の毛、持ってます」

「相変わらずのストーカー気質ね。引くわ」

「ああ、まなさんが二人いるなんて、本当に幸せすぎます。ここは天界ですか」

「あんたは天界に行きなさい。あたしは地獄に堕ちるわ」

「まなさんが堕ちるなら、私も一緒に堕ちます。一心同体です」

「死んでもストーカーされるのね……」


 とにかく! と、愛は少し怒り気味に言う。


「一年以上前であれば、どこまで戻っても、さほど違いはないですが、入学したころがいいと思うんです。すべてをやり直したいので」

「あれって、そういう、いつに戻るかとかの調整ってできたかしら?」

「私が気合いで調整します」

「不安だわ……」


 そうして、乗り物も魔法も使えないこの空間を、二人はどこまでも歩いた。乗り物が使えないのは、使う乗り物を持っていないからで、魔法が使えないのは、彼女たちが未来から来たからだ。


 魔法を使えば、魔力量を通して、世界にわずかなズレを引き起こすことになる。それを恐れてのことだった。


「歩くと、やっぱり遠いわね」

「それでも、たどり着けましたよ」


 時の止まった中を、数ヶ月かけて、三人は目的地にたどり着いた。食料は、森の動物たちの命をいただいた。少年の世話は、主に愛が行った。


「──ヘントセレナ。懐かしい場所だわ」

「こんな風に、また三人で来られるとは」


 パステルカラーの建物が立ち並ぶその場所で、愛の先導で歩いていく。


「この辺り、全然分からないのよね」

「まなさんは方向音痴ですからね」

「うっさいわね」


 (まな)の真っ赤な頬を、愛はつんつんして、えへへと笑う。


「多分、この建物だと思います」


 たどり着いたのは、赤レンガの壁に白い屋根の建物だった。


「あたしも、ここだった気がするわ」

「入りましょうか」


 愛は背中の少年を軽く背負い直し、その顔を確認して、眉尻を下げる。そんな様子を見た白髪の少女が眉間にシワを寄せる。


「こんな風になっても、時を止める魔法だけは発動させてるってことは、このまま死ぬつもりなんでしょうね」

「死なせません。……まだ、今は」


 瞳に黄色い炎を揺らめかせて、愛はその扉を開ける。──瞬間、(まな)の手を引いて、その場から飛び去る。


 直後、地面が割れ、砂煙が舞った。


「……ふぇ?」


 状況が飲み込めない(まな)の頭を撫で、愛は正面を見ながら、後ずさる。


「チッ、胸糞ワリイカッコしやがって」


 その低い声に二人はそれぞれ、反応を見せる。


「あら、久しぶりね、バッサイ」

「バッサイじゃなくて、バサイですよ、まなさん」

「──死人が話すなんてこと、あるはずねエんだよ。おめエら一体、何なんだ?」


 二人は顔を見合わせて、


「未来から来たの。大切な友だちに、寂しい想いをさせないために」

「未来から来ました。大切な人たちと、共に未来を歩むために」


 それぞれが、それぞれの決意を胸に。


「未来から来た、か」


 バサイは繰り返すようにして呟く。


「未来から来たってンなら、生かしてはおけねエな」

「時空の狭間に暮らしてるし、魔法も使ってないから、迷惑はかけてないはずよ」

「動物は食べていますけどね」

「そんなことはいい。それよりも、おめエらは、本来ならあり得ないことをやってンだよ。時間の遡行、別の時間平面への転移。それがどンだけ危険なことか、知らねエだろ」

「──知ってるわ」

「私たちの存在が、時空の誤差として許容できなくなったとき、世界は別の時間平面と融合し、新たな時間平面を作り出す。言い換えれば、世界の書き換えが自動で行われてしまうわけですよね」

「知ってて生きてンのか」


 これ以上は無駄だとでも言うように、バサイはため息をつくと、魔法を発動させ、三人を別空間へと移動させる。



 ――そこは、無限に続く、白いだけの空間だった。重力はなく、空気だけがある。そういう空間だ。



「うわあ! 助けて! くるくる回る!」

「今日はいつもより回っておりまーす」

「ぐるぐるしてきた……」


 そんな(まな)を受け止めて、愛は傍らにあかねを横たえる。


「ここは、時を隔絶した空間だ。時を止める魔法は使えねエ。魔法は使えるが、周りへの影響はねエ」

「……きっと、あなたは、ここまで分かっていたんですね」


 真ん丸な瞳で首を傾げる(まな)に、マナは微笑む。


「お二人は邪魔なので、どこかに避難してください」

「邪魔……!?」

「はい邪魔です。巻き込まれても、責任は取りませんよ」


 愛の黒い笑みに、(まな)はしばらく、固まっていた。


「で、でも、動き方が分からないんだけど」

「泳ぐ感じです」

「──まあ、なんとかなるわよね」


 あかねを背負い、じたばたと離れていく(まな)に、愛は目を細める。


 それから、バサイの方に向き直り、華麗に優雅に、礼をする。


「この世界では、初めましてですね。……すみません、自分の名前を忘れてしまって」

「マナ・クラン・ゴールスファ――マナ様じゃねエのか」


「そうですね。──では、彼女の言葉を借りて、榎下愛、ということにしておきましょうか」


「オレは、バサイだ。これでもマナ様の大ファンでな、マナ様が一戦交えてくれるなんざ、奇跡だと思ってる」


「知っていますよ。未来で私と戦うと、約束まで取りつけたあなたですから」

「マジかっ。パネエな。で、結果は?」

「きっと、この戦いと同じでしょうね」

「──そいつは、楽しみだ」


タイトル代わりの挿絵。

https://kakuyomu.jp/users/sakura-noa/news/16816700429002767263

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