第8-2話
朱里を殺した僕は、適当な場所に瞬間移動して、すぐに時を止めた。
それから、倒れるようにして、地べたに背を預ける。
「疲れた」
すると、愛が近くに寄ってきて、僕の頭を膝に乗せる。前までは無意識に避けていたが、今は触れても、何も感じない。
「たくさん、甘やかしてあげます。今は、ゆっくり、休んでください」
頭を撫でられて、その温度に意識を溶かしていく。
願わくは、二度と、目が覚めないままでいさせてくれと。
***
「目、覚めましたか?」
「――背負っていきますね」
琥珀髪の少年を背負い、桃髪の少女――愛は、白髪の少女――(まな)を伴い、歩き出す。
「どうする?」
「ここではないどこかへ」
「アテはあるの?」
「いえ。ただ、れなさんが生きていたら、連れ戻されることになるでしょうね」
「そうよね。まあ、生きてるのは、いいことなんだけど」
そうして話しながら、三人は進んでいく。
「あたし、一つだけ、アテがあるの」
「何ですか?」
「遡行の書を使うのよ。それで、ひとまず、その本の中に避難するの」
「まなさんも来られるんですか?」
「ええ。あれは、魔法に関係ないから」
「……しかし、遡行の書は、中の人物に気づかれると、歴史が正しく再生できなくなり、外に追い出されるんですよね?」
人の少ない森の中を、止まっているリスやウサギを踏まないように気をつけながら、歩いていく。
「たまたま、機会があって聞いたんだけれど、遡行の書って、対象者の体の一部を使って、その人の過去に入って、その風景を見ることができるものなんでしょ? そのとき、対象者に私たちの存在がバレると、過去が変わって再生できなくなって、本から追い出される。でも、対象者以外になら、バレても大丈夫なの」
「ということは」
「例えば、あたしの髪なんかを使って、過去に入って、あたしに気づかれずにあたしを殺せば、そのまま、何事もなかったみたいに、可能性としての過去が続いていくの」
「なるほど……。まなさんはここにもう一人いるわけですから、殺してしまっても、そのままの過去が続けられるということですね?」
「ええ。髪型さえ整えれば、なんとかなるわ。マナも、だいぶ伸びてきたみたいだし」
「はい。昔と同じくらいには伸びました。伸びるのが速いので」
少しずつ、話題がそれていく。
「相変わらず、綺麗な髪ね」
「本当? とっても、嬉しい。まなさん大好き!」
「はいはい、あたしもよ」
「……もう! これくらい、ちゃんと構ってくれてもいいでしょ? ねーねー」
「はいはい、あたしもマナを愛してるわよ。永遠に恋人にはならないけれど」
「えー」
「でも、あたしにとって、一番大切な存在よ。光栄に思いなさい」
「えー、二番目も三番目もずっと、私一人じゃないと嫌だー」
「はいはい、じゃあそれでいいわよ」
「やったー! いっちばーん!」
そんな喜びようを見て、(まな)は目をきゅっと細める。
「――本当、子どもみたいね」
「然るべきところではしっかりできるから、普段はしっかりしなくていいのです。……でも、敬語が落ち着くんですよね、不思議と」
「あたしも、マナが普通に話してると、違和感しかないわ」
「違和感だけじゃないもん。こっちの方が、可愛いもん」
「は? あざといだけでしょ?」
「あざといも可愛さのうちだもーん」
「マナじゃなかったら殴ってたわね」
「まなさんとあかねの前じゃなかったら、こんな風に喋らないから、大丈夫」
「それでも、まなさん、なのね」
「まなさんって、マナサン・クレイアって名前でしょ?」
「じゃああんたもそうしなさい。お揃いよお揃い」
「それは道連れって言うのっ」
「まあ、旅だから」
「上手くまとめたつもりなの?」
「わりと上手いと思ったけれど」
そんな、なんでもない会話をしながら、二人はノアのギルドへとたどり着く。カウンターの脇をすり抜けて、立ち入り禁止を無視して、倉庫に立ち入る。
資料が壁の棚一面に敷き詰められ、机の上にも積んである。
「多い……」
が。
「はい、見つけたー」
「はやっ」
「私の勘に不可能はないのです。ふふん」
「すごいわね」
愛の勘ですぐに見つけ出し、ギルドを出る。
――すると、愛は泣き始めた。
「ぴゃあああぁぁ……。レイ、レイ……っ」
「可愛い泣き方ね。可愛いわよ。元気出して」
「慰め方が雑なのっ!」
「でも、元気、出たでしょ?」
「――うん」
しばらく泣き続けていたが、そのうちに涙も収まり、また、普通に歩いていく。
「本――遡行の書の中と外で、時間の流れにどの程度、差があるのでしょうか?」
「そうね。ちょっと、計算するから待って」
「計算式さえ教えてもらえれば、暗算できますよ」
「遡行方程式と時空関数がもとになってるの。遡行方程式は分かるわよね?」
「バッチリです」
「時空関数は時代の魔力密度と、存在空間の性質に依存するんだけど――」
そうして、導き出された結論は、
「滞在時間が体感で、一年未満であれば、外の時はほとんど進んでいませんね。――ですが、一年が経った瞬間、時空に大きな変化が生じます」
「どういうこと?」
「――遡行の書内で一年間過ごすと、時を戻す前、つまり、まなさんが来た時空に移動することになりそうです」
~あとがき~
タイトル代わりの挿絵。よっかったら。
https://kakuyomu.jp/users/sakura-noa/news/16816700428975132858
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます