第8節 もう動けない

第8-1話 犯人は

 僕は朱里に指輪を見せる。


「ねえ、これ、どういうこと?」


 朱里は酷く怯えた様子で、ガタガタと震える。


「この中の映像さ、僕が最初に撮ったときと変わってたんだよね。しかも、マナの顔が映っててこの会話ってことは、まなちゃんの体が撮ったってことだよ」

「ご、ごめ」


「調べたらこの映像が録られたのって、マナの命日なんだよね」

「ごめんなさいごめんなさい」


「まなちゃん、僕がマナに告白したいと思ってたことは知ってたみたいだけど、その結果については、何も僕の口からは聞いてないって言うんだよね」

「もう、許して……」


「ちゃんと確認しなかった僕も悪いとは思うよ? 思うけどさ、嘘をついて、まなちゃんの真似するのって最低だよね」

「こんなに謝ってるのに、どうして許してくれないの……?」


「朱里。昔、僕が言ったこと、覚えてる?」

「……全部、僕がやったことにすればいい。関係者は全員、さっきみたいに殺せばいい。そうすれば、誰も君がやったって分からないさ」


 多くを語らずとも、朱里にはすぐに伝わる。


「じゃあ、君が言ったこと、覚えてる?」

「本当に、ボクのことを愛してるなら、今ここで、ボクを殺してよ……」

「はい、正解。よくできました」


 それじゃあさ、と前置きして、僕は続ける。


「殺してもいいかな、君を」

「な、なんで? どうして殺すの? 今度こそ、ボクたち、幸せに暮らせるって――」

「マナを殺しておいて、何言ってるんだよ」


 僕は再び、指輪の映像を再生させる。


『――つらいですよ。それはもう、死にたいくらい、つらいです』




『でも、私の命は私だけのものではないんです。だから、自殺なんて勝手な真似はできません』




 映像は、ここで終わっている。


「確認だけど。あの日、僕がマナに告白してる間に、君はまなちゃんと入れ替わった。そこで、僕から、マナに告白して、それが失敗したことを聞いた」


 そして。


「その後、僕が寝たのを確認して、マナを殺した」




「ごめんなさい」




 否定は、してくれなかった。


 ああ、あのとき、否定してくれないんだと嘆いたマナも、こんな気持ちだったのか。


「どうやって殺したんだ」

「それは……」

「言えよ」


 朱里は、震える声でぽつぽつと話した。あの日のことを。


***


「お、お兄ちゃん、怒ってる……?」


「お兄ちゃん、ごめんなさい。ボク、お兄ちゃんのためになればと思って、逆にお兄ちゃんを傷つけたんだね」


「でも、ボク、お兄ちゃんを選んでくれるなら、マナを許すつもりだったんだ。ほんとだよ? それでも自殺を選んだのは、マナだもん。ワケ分かんないこと言って、自分じゃお兄ちゃんを幸せにできないとかなんとか、お兄ちゃんを言い訳に使ってさ」


「それにさ、いつかは、どうせ、みんな死ぬんだよ。マナはそれが今だっただけじゃん。お兄ちゃんも、綺麗なマナが、あんなに汚く死んでくれて、嬉しいよね?」


「なのに、どうしてそんなに怒ってるの?」


「どうしたら、許してくれる?」


 どうしたら、か。


「僕の方が聞きたいよ……」

「え?」

「どうしたら、許せるかなあ。あはは、あはははは……っ」


 知らなければよかった。れなの忠告を聞いていればよかった。マナがどうして死んだかなんて、関係ない。死んだんだから。


 こんな想いをするくらいなら、何も知らないまま、朱里と、昔みたいに、仲良く過ごしていたかった。


 僕はふらつく体を腕で支えながら、隣の自室へ向かう。


「お兄ちゃん……?」


 背後をついてくる気配を感じながら、扉を開け、洋服棚を開ける。


 そこには、白いワンピースがかかっていた。


「これ、何か分かる?」

「もしかして――」

「そう、君の誕生日にあげたワンピースだよ」


 ハンガーから外して、それをそっと抱きしめる。


「朱里が亡くなったとき、朱里がここにいたって証明できるものが、これしかなくて。だから、ずっと、飾ってたんだ。自分が半分なくなったみたいで、体がバラバラになりそうで、耐えられなかった」

「お兄ちゃん……」

「だから、魔法が効かないように、魔法をかけたんだ」




 そのワンピースを、素手で引き裂いた。継ぎ接ぐことすらできなくなるまで、何度も何度も何度も何度も何度も何度も、引き裂いた。




「お兄ちゃん、落ち着いて――」

「うん。落ち着いてるよ」


 それから、僕は彼女を突き飛ばす。


「いっつ……」


 その鼻先に、指を添える。


「安心して。脳幹ぶち抜けば即死だから」

「まなって子が死んじゃうんだよ!? ボクが死んだら! お兄ちゃんは、それでいいの!?」

「死なないよ。君を半身として宿した時点で、まなちゃんの魂はこの世をさまよい続けることが決定してる。それに、その体には、命の石が入ってるから、頭が死んでも、心臓が止まっても、死ねないよ」

「それじゃあ、すぐに回復するじゃん……」

「大丈夫だよ。簡単に回復しないように、脳幹があるところには鉛を詰めておくから。血液はちゃんと乾燥させておくし、心臓には栓もする。肺は水銀で満たして、頭と胴体は切り離しておくから」

「お兄ちゃんに、そんなこと、できるわけないじゃん。本当は、虫の一匹だって殺せないのに」


 恐ろしいくらいに、心は落ち着いていた。


「確かに、僕は今まで、直接人を手にかけたことはない。……でもそれは、全部、朱里が僕の肩代わりをしてたからだ。殺せないわけじゃない。自殺に追い込んだことなら、ある」

「それだって、ボクがそうしろって、命令したようなものじゃん」

「そうしたいと思ってたのは事実だよ」

「優しいお兄ちゃんが、そんなこと思うわけない!」

「僕をこんな風にしたのは、誰だよ」

「それは……ほんとに、ごめんなさいって思ってる」

「ありがとう、朱里。ちゃんと謝ってくれて」

「許して、くれるの?」


 潤んだ赤い瞳が、上目遣いで見上げてくる。


 ああ、かわいいなと、何も感じない心で、そう思考した。


「もちろん、許すよ。だから、即死で済ませてやる」

「待って、お兄ちゃ――」


 その言葉は、最後まで聞かなかった。


「そういえば、君には、ゆりあの記憶ってあったのかな?」


 ぶち抜いた脳幹に鉛を詰める。


「ああ、返事なんてできるわけないか。不死身でも、口を塞げば話せなくなるもんね」


 血液を乾燥させる。


「今、どんな感じ? やっぱり、痛いとか、苦しいとか、そういうのはあるのかな?」


 心臓に栓をする。


「まなちゃんには、本当に悪いと思うけど」


 肺を水銀で満たす。


「朱里は嬉しいに決まってるよね? 僕に殺されたいって言ってたし」


 それから、適当な紙を取り、マナの死について書き綴った。




 ――犯人は、榎下朱里です。




 その一文で締めくくった。


 その傍らに、処理を終えた白髪の少女の頭部を置き、体は時空の歪みに収納する。


 そうして、僕は。

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