第7-8話 義姉の狂気

 魔力探知により、指輪の形をした影を捜していく。だが、やはり、見つからない。というよりも、同じような影が多すぎて、見分けがつかない。


「無理ですね」

「残念だ。元より期待はしていなかったがな」

「期待してないなら、残念だと思わないはずですけどね」

「残念だという表現が、私の気遣いだと分からないのか? ふっ、いや、お前に分かるはずがなかったな」


 ほんっとにムカつくんだけど! マジでなんなの?? マナのお兄さんじゃなかったらぶっとばしてたわ。


「そりゃ、お気遣いいただき、ありがとうございます」

「それにしても、本当にやってみただけだったな。やってはみる、とは言っていたが」

「しつこい!!」


 すると、エトスはふっと、笑みを漏らした。


「お前に礼儀正しい振る舞いは似合わない」

「似合わなくても建前上しなくちゃいけないでしょう、仮にも王様の前なんですから」

「――変わったな」


 元がこちらというだけで、別に、マナに殴られたときも、王様に喧嘩を売りたくて売ったわけじゃない。


 とはいえ、それを表に出せるようになったのは、最近だが。いつからだったかは、思い出せない。


「マナ・クレイアにも話を聞きたい」

「まなちゃんーはー、今ちょーっと、お控え願いたいと言いマスカ」


 もし今、彼女が朱里だったとしたら、大惨事になる。エトスは、自分の思い通りに事が進むまで曲がらないタイプなので、隠し事は慎重にする必要がある。……すでに手遅れかもしれないが。


「そうか」


 しかし、意外にも、あっさり引き下がった。


「彼女には、生前、マナが大変世話になったからな。迷惑はかけられない」

「魔王の娘なのにいいんですか?」

「それを上回るくらいの恩を受けている。それに私は、マナの代わりに彼女を守ると、そう誓ったんだ。まあ、今日はこの辺りにしておこうか」


 そうやって、何かを守り続けて、何かにすがるしか、彼に生きていく道は残されていないのだろう。最愛の妹を失った彼の気持ちは、よく分かる。彼と僕は、向き合い方が違うだけで、その実、痛みは同じなのではないかと、僕は思う。


「そういえば僕、マナのお葬式とか行かなかったけど、ま、どうだった、って聞くのも変ですけど、どうでした?」

「国民の混乱に関しては、ギルデルドが対応している。トイスはいまだに部屋で寝込んでいる。後で少し、様子を見てやってくれ」


 トイスは、マナにとって一番上の弟だ。ゴールスファ家はその下にも多くの弟妹たちがいる。下は意外にしっかりしているのか、まだ幼いからか、トイスほどの動揺は見せていないらしい。


「モノカさんは、どうでしたか?」


 モノカというのは、マナの姉でエトスの妹にあたる女性だ。つまり、ゴールスファ家は上から、エトス、モノカ、マナ、トイス……となっている。


「正直、あれが一番、驚かされたな。まさか、あんな風になるとは」

「ま、人ってどこでどうなるか分からないですからね」


 当然、僕自身の経験だ。


***


 その後、再び城へと戻った。弟の方は少し話しただけだが、相当参っている様子だった。今度どこかに連れ出してやろうか、なんて思いながら、エトスの後に続く。


 城内でも隔離された場所にその部屋はあった。中から、何かが割れる音や、裂ける音、発狂する声が聞こえてくる。


「心の準備をしておけ」


 きいっと、音を立てて扉が開かれる。


 そこには、我を失った様子で枕の綿を引きずり出す、モノカの姿があった。マナの姉というだけあって、昔は綺麗な人といった印象だった。それを知っていると、ことさらに狂気が引き立てられる。


 シーツを歯で噛んで引き裂き、花瓶を床に叩きつけて割り、真っ白な額を床に擦りつける。


「ァアァアァアア……ナゼナゼナゼ……ェ……」


 すると、額を床に強く、何度も何度も何度も打ちつけ、ついに出血した。


「アハ、アハハハァ……アァ、イトオシイクルオシイネタマシイ」


 ――ぎろっと、マナとそっくりな黄色の瞳がこちらを振り返って、言う。


「オマエノセイカ?」


 ああ、まだ完全には狂いきれていないのだなと、可哀想に思った。それだけだ。


 僕がおかしいのは今に始まったことじゃない。性癖は刺激されるが、だからといって、なんでもいいというわけではない。これはゲテモノ枠だ。


「モノカさん、なんでそうなっちゃったんですか? いつも飄々ひょうひょうとしてるイメージだったんですけど」

「オマエノセイデしんだ。オマエノセイデ、マナガしんだ。オマエガころした! オマエサエイナケレバ!!」


 飛来する大きな炎の塊を、僕は魔法で蒸発させる。追撃も適当に対処する。


「ま、確かに、僕さえいなければ、少なくとも、あんなボロ宿舎で死ぬことはなかったでしょうね。僕が連れ出したわけですから」

「ナゼころした……ァ」

「あなたに教える義理はないですね。それに、マナは自殺したんですから、僕が殺ったわけじゃないですよ」


 それが信じられないから、本当に自殺したのかどうか調べているのだが。


「ジサツ……?」


 モノカはそう呟くと、ガリガリと、爪で頭をかきむしり、


「ジサツなんて、するわけがない。ジサツなんて、信じない。マナがジサツ? アリエナイ。アリエナイ、アリエナイ! キイヤアアアアッ!!」


 また、綿をむしり始めた。楽しそうだ。と思ったら、今度は短く整えられた爪で、シーツをキシキシと引っかき始めた。


「そんなに、マナが自殺したのが信じられませんか? なぜ?」

「ミテイタカラアアァァ!!」


 見ていたかラアアァァ。だそうだ。そうか、ストーカーさんか。


「ま、これ以上ここにいても仕方ないので、僕は帰りますね」

「あ、ああ、そうだな……」


 何か言いたげなエトスを黙殺した。なぜ僕が引かれにゃならんのだ。

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