第7-7話 義兄

 セミの鳴き声もまばらになってきたある日。


 宿舎に一通の手紙が届いた。珍しいなと思いながら手に取ると、ある男の立体映像がそこに映し出された。


「榎下朱里、いますぐ城に来い」


 そう言い残して、映像は消えた。


「久々のエトスじゃん……うわあ、絶対嫌なんだけど……」


 エトス・クラン・ゴールスファ――マナの兄だ。


「でも、マナに関することかもしれないし……行くしかないかあ」


 白髪の少女に一言断ってから、僕は城へと向かった。


***


「お久しぶりです、お兄――エトスさん」

「ああ、久しぶりだな、榎下朱里。いや、榎下朱音、と言った方がいいか?」


 エトスは、マナの代わりに王となった。そのため、僕の名前について知っていてもおかしくはない。


「手短にお願いします」

「――マナの死因に何か心当たりはあるか?」

「それ、警察に散々話したと思うんですけど」

「このままだと、縊死いしの自殺ということで片付けられることになるが、いいんだな?」


 縊死――首吊りのことらしい。


「事実、そうじゃないですか。どう見てもあれは自殺でしたよ。大きな魔法の痕跡もなかったし」


 小さな魔法は、日常生活でも使われるため、完全にない、というわけではなかったが。


「本当に、お前ごときのために、マナが自殺すると思うか?」

「それは。」


 繰り返し、問いかけたことだ。あのマナが、僕と別れたくらいで、本当に自殺するだろうかと。


 事実として起こっているのは確かだ。僕が認めたくないだけかもしれない。




 ただ、あの日、白髪の少女としたという会話が、心のどこかに引っかかっていた。離れる覚悟をした彼女が、それによって命を落とすことなど、果たしてあるのだろうかと。




「思いません。あの子は絶対に、自殺なんかするような人じゃない」


 ただの、理想の押しつけなのかもしれない。それでも僕は、彼女を身勝手に信じていた。


「――マナの、本当の死因を、見つけてくれるか」


 エトスはいつになく真剣な様子で、懇願した。


「真実を明らかにして、マナを、救ってやってほしい」


 ――過去は捨てな。


 そんな言葉が思い出された。だが、


「はい、やります。今度こそ、マナを救ってみせます」


 僕は、過去マナを選んだ。


***


 公的機関による捜査は終了したらしい。一国の王女というだけの立場に留まらないマナのことだったので、人手が総動員されたそうだ。それで自殺と決定づけられては、どうしようもない気がする。


「しかし、マナの私生活について知る者は少ない。あいつは、せっかくつけてやった護衛を叩きのめした後、別の仕事を斡旋するようなやつだったからな」

「親切なのか、容赦ないのか……」


 証拠品や資料に目を通していく。後で現場であるマナの部屋に行き、色々と見る予定だ。


「うわ、すっごい量」

「手は貸してやる」

「手はって――手伝ってくれるってことじゃないですか」

「お前のためじゃない。マナのためだ」


 そうして、エトスの手を借り、少しずつ、整理していく。それから、部屋に移動して、一つ一つ見ていく。


「特に変わったものはないですね。全部、生前マナが持ってた物です」

「そうか。何か無くなっているとかは?」

「うーん……ちょっと待ってくださいね」


 新しいものが増えているというのは気づけても、何かちょっとしたものが無くなっているのに気づくのは難しい。


「えーと……あれ?」

「どうした」

「宝石が一つ、足りない気が」


 とはいえ、百ほどある宝石の数だ。間違えて覚えていてもおかしくはないが、


「やっぱり、一つないですね」

「どんなやつだ」

「ピンクトルマリンがついた……あー、婚約指輪です」


 説明するよりそちらの方が早いと判断し、一言で済ませる。


「あの安物か」

「あの安物がないですね。盗るほどの価値もないとは思いますけど」

「全くその通りだな」


 本当に、嫌味なやつだ。一ヶ月一万円のお小遣いで、次期女王サマにお似合いの高価な指輪など、どう買えと。そもそも、プレゼントはお金じゃないと思う。


「あの指輪は、安物のわりに中に映像を記録しておけるんだったか?」

「そうですね。安物のわりに」

「その映像に、何か残っているのかもしれないな」

「ってなると、指輪を見つける必要がありますね」


 しかし、一体、どうやって探したものか。


「あれは、つがいではないのか?」


 つがいの指輪とは、一つの石から切り出されたペアの指輪のことで、魔力による繋がりがあるため、他方の場所が分かるようになっている。


「つがいがあんな安物なわけないでしょう」

「そうだな。あんなのがつがいなわけがないか」


 いちいちムカつくんだけど。


「魔法で捜せないのか?」

「やるだけやってみます」

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