第7-6話 彼女のいない日常

「クラス替え? 何それ」

「え、クレイアさん、知らないの!? なんで!?」


 登校日とやらで登校したところ、人だかりができていた。たまたま近くに、まなの友だちである、水色髪のロアーナがいたため、説明を受けていた。


「学年が上がるときに、クラスが変わるんだよ」

「なんでそんなことするわけ?」

「なんで? そんなの知るわけないけど――あ、クレイアさんって、理系だったよね?」

「ああ、あの謎システムね。それで、理系だと何?」

「文系と理系でクラスが分かれるんだよ。私も理系だから、一緒かなーと思って」


 このとき、僕も初めて、クラス替えなるものがあることを知った。なんなら初めは、席どころか教室だって自由に選べるとばかり思っていたくらいだ。


「あかりって、文系じゃなかった?」

「うん。なんか、よく分かんないまま文系にしちゃった気がする。記憶にないけど」

「あー、じゃあ、あかりくんとは、今年から別のクラスだね」


 そんなトラップがあったとは。不覚。


「あかり、一人でもちゃんとするのよ」

「はいはい」


 友だち作りに困るということはない。人を相手にする仕事には慣れている。


 クラスに入って、まず、気づいたこと。女子が圧倒的に多い。


「見て見て! これ、新作のネイル! 着けてきちゃった!」

「えー、可愛い!」

「先生にバレないようにね?」

「大丈夫大丈夫。いざとなったら、手のひら外に向けるから」

「何それー」

「あ、榎下にも見せてみよっ、ねえねえ、これ、どう思う?」


 と、流れるようにこちらに話題が回ってきた。


「そうだね。可愛いけど、前の方が似合ってる気がする」

「あー、確かに、それも一理あるかー」

「使いきるまで、こことここは別の色にして――」

「ふむふむ」

「さすが榎下、女子より女子してる」

「参考になりますなあ」


 あっという間に人だかりができていた。


「榎下ー、スカート短くしたいんだけど、裁縫してくれない?」

「いいけど、膝上にすると階段で男子が鼻の下伸ばしてくるよ?」

「うわキモい、やっぱやめた」


「えのしたー。ヘアゴム貸して?」

「あーこれあげるよ。もう使わないから」


「榎下ぁ、上着のボタン取れちゃった」

「いいよ、貸して」


「榎下榎下、練習中の弁当なんだけど、毒味して?」

「んー……四十三点」

「シビアっ!」


「榎下さん、次の授業で使う教科書、貸してもらえませんか?」

「いいよ、僕、全部置き勉してるから」

「ありがとうございます!」


 通りがかったティカちゃんに、置き勉は禁止だと怒られた。


「榎下、髪バッサリ切ったよね。私もショートにしよっかなー」

「わりと良さげだけど、君の彼氏はロングが好きだって言ってたよ」

「マジで? ……伸ばそ」


 とまあ、ほぼ全員知り合いだ。人間関係や弱みの掌握も済んでいる。


 昼はまなとロアーナを連れて、屋上で食べるのが日課だ。


「あかりくん、すごい人気だって聞いたよ」

「なんか、普通にしてるだけで人が寄ってきちゃって」


 人をタラしている自覚はあるが、別に、取り繕っているわけではない。力を抜くと、こういうことになるというだけの話。まあ、女子の気持ちが分かるため、いいように利用されているのだろう。


「あかりはみんなに優しいから」

「……あれ、もしかしてクレイアさん、妬いてる?」

「やいてるって?」

「嫉妬してる、ってこと。嫌な気持ちになったりしてない?」

「……まあ、ちょこっと」

「きゃーっ、可愛いー!」

「突き落とすわよ」

「殺さないで!?」


 この二人は同じクラスだったらしい。出席番号順なので、クレイアとルーバンでは近くになることはないだろうが、世の中には席替えなるものが存在していると聞くので、期待は持てる。去年はなかったが。


 ふと、まなの意識がなくなったのが見えて、僕は彼女を腕に抱える。


「クレイアさん、最近、たまに意識がなくなっちゃうんだけど、何かあったの?」

「ま、ちょっと色々あってさ。保健室連れてくから、教室戻って帰る準備してあげて」

「うん、分かった」


 事情を話すわけにもいかないが、その辺りは察してくれるのがロアーナだ。


 空の弁当箱を片付けて、軽い体を保健室へと運ぶ。


「お兄ちゃん……」

「一人で帰れそう?」

「それは、大丈夫、だけど」

「まなちゃんのことなら、気にしなくていいよ。本人も気にしてないってさ」

「でも、前は帰れって言わなかったのに、なんで?」

「僕が同じクラスにいれば、それでもよかったんだけど、今は、誰も朱里を助けてあげられないから」

「そっか……」


 もし、まなが何か頼まれごとをしていたとしても、朱里にはそれが何か分からない。僕がいれば伝えてやることができるが、そういうわけにはいかない。伝言を通じて互いにやり取りすることもできなくはないが、意識がなくなるタイミングが分からない以上、完全ではない。


「晩御飯、たまには朱里に作ってほしいなあ」

「えー? お兄ちゃんが作った方が絶対美味しいよ」

「えー、朱里が作ったのが食べたいー」

「もー、しょうがないなあ……」

「うん、ありがとう。楽しみにしてるね」

「そんなに大したものは出てきません!」

「ははっ」


 もうじき、天界で定めた運命のストックが尽きる。僕や朱里の干渉のせいで、定めた通りには進まなかったが。ともかく、主神がこれ以上、席を外せば、世界は指針を失い、混沌に包まれる。


 だが、今の僕は主神ではなく、破壊神だ。主神の権能を返してもらうには、朱里と一度、話す必要がある。


 ま、今の関係なら、いつだって話せるか。




 ――しかし、そんな平和な日々は、いつまでも続かなかった。


 夏が過ぎる頃、れなの予言通り、僕は朱里の隠し事を知ることになるのだ。

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