第7-3話 言わなきゃいけないこと

「まなちゃんの奨学金が無くなったら、どうなりますか」

「――幸い、今は父親から支援を受けているらしいから、すぐにどうこう、という話にはならないだろう」

「そう、ですか。でも、進学には響きますよね」

「これから次第だ。今後、上位の成績を押さえ続ければ一度くらい、大した影響はない。それよりも、入試本番の点数の方が重要だ」


 理解するのに、多大なエネルギーを必要としながらも、インプットしていく。分かりやすく簡単な話に聞こえるかもしれないが、僕にとっては非常に難しい話だ。


「まあ、クレイアなら、大丈夫だろう」

「そう、ですかね」

「ということで、だ。今後、お前とクレイアが高い成績を取り続けると確約するなら、試験を受けさせてやってもいい」

「ほんと!? マジで!? 約束するする!」

「具体的には、九十五点以上だ」

「キュージューゴッ!?」

「ちなみに、私は平均点が六十点付近になるように調整しているつもりなんだが、なぜか毎年、三十を下回る」

「へー。僕、前、〇点だったなあ」

「前期のテストは、ほぼ全員が三十付近で、半数は赤点だ。クレイアとゴールスファだけは百点だったな」

「僕みたいなやつが、二人の頑張りを消すってことですね」


 ティカ先生は鼻で笑う。


「後期は、前期の反省を生かして、難易度を下げたため、平均は五十八だった。赤点は、クレイアだけだった」

「えっ、まなちゃん、赤点だったんですか」

「そうだ。だから、今度、追試を受けさせる。お前もクレイアと同じのを受けてもらう」

「ありがとうございます。ま、でも、難易度低めならワンチャン」

「何を言っている。追試験で手加減するわけがないだろう」

「へ?」



「今回の追試験は、合格させるつもりはない。普段のテストでやると、平均が一桁になりかねないからやらないが、今回はお前たち二人だけだからな。落ちたところで、私は困らない」



 おっま、うっそだろ。


「お慈悲を……!!」

「教科書に書いてあることをよく読み、理解し、関連事項を調べ尽くしておけ。後は、計算問題だな。だが、これはサービス問題みたいなものだ」

「うわああぁ……絶対、嘘だああぁ……!」


 ほんと鬼!!


***


「魔法抵抗値が五百オミルのとき、五百マレットの魔力を使用することにより得られる魔法効果値はいくらか。えええっと、まおえ、だから、マレット割るオミルで」

「そうそう」

「つまり……一エフィスだ!」

「そう! あかね、すごい!」

「よしっ、次いこ次」


 まなに相談したところ、とりあえず、基礎から学べと言われたため、こうして基本から勉強していた。


 最初は、文字を読むのが壊滅的に遅い僕が、問題文に慣れるためと、ひたすら音読させられた。


「計算問題は、しっかり読まなくても、数字だけ見ればだいたい答えが出せるの。分かってる数字で計算できるものしか、答えにはならないから」

「よく分かんないけど、頑張るね!」


 スケジュールとしては、まなが指定した問題を全部解くのに三日。まなが作った問題を解くのに一日。その結果を見て、後の方針を決めるらしい。


 今はその一日目。とはいえ、半日は学校に掛け合っており、その前は朱里を痛めつけていたのだが。


 ちなみに、一人を恐れるまなを長時間、置いていくことはできなかったため、彼女を昼寝させている間に掛け合った。


「よし、できたっ」

「え、まなちゃん問題、もう完成したの? 速くない?」

「そうかな。あ、それが終わったら、マナのノートを見せてあげるね」

「めっちゃやる気出た」


 しかし、本当にまなは赤点を取ったのだろうか。とてもそうは見えないのだが。


「まあ、本当に勉強してなかったら、誰でも赤点だと思う」


 だそうだ。さすが、やればできる子。


「ごめんね、僕のせいで」

「ううん。私の方こそ、ずっと一緒にいてくれて、本当にありがと。最近、ちょっとだけなら、離れても大丈夫になってきたから」

「まなちゃんも成長してるってことか。あれ、そういえば」


 前にも、まながすんなり離してくれたことがあった気がする。あれは確か――。


 ふと見ると、まなの意識が無くなっていた。ゆっくり開かれる赤い瞳を見て、僕は強い緊張感を抱く。


「お、お兄ちゃん……」


 ずいぶん、久しぶりに会ったような気がする。その姿は、ビックリするくらい怯えていた。


「朱里」


 名前を呼んだだけで、背筋を伸ばし、頬を強張らせる。その頬を優しく撫でてやって、緊張をほぐす。冷たい。


 それから、ガチガチと震える体を、優しく抱きしめる。


「ごめん、朱里。怖い思いさせて」


 頭を撫でると、少し落ち着いたようで、


「怒ってないの?」


 と聞いてきた。


「朱里って、そんなに可愛かったっけ?」

「そんなに、可愛かった、と、思うけど……」

「自分で言うかっ」


 頬をつくつくつついてやると、朱里はやっと、表情を少しだけ緩めた。それから少し、切なそうにうつむいて、


「ボク、お兄ちゃんに言わなきゃいけないことがあって」

「何?」

「……やっぱり、なんでもない」


 あの日と同じだ。きっと、このまま、何も言わせてあげられなかったら、後悔する。


 そんな予感があった。


「なんでも言って。朱里は、僕のたった一人の、大切な妹なんだから」


 すると、躊躇うように、視線をさまよわせて、それから、確かに、こう言った。




「――ごめんね、お兄ちゃん」




 その一言で、今までのすべてが許せてしまうくらいに、僕はどこまでも、彼女に甘かった。

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