第7-2話 君のための諦悔

「私が覚悟を決めきれなかったせいで、マナはすごく、苦しんだと思う。だから、マナを責めないで」

「――マナらしい」


 でも。


「すっごく、馬鹿じゃん」


 自分の幸せを他人に譲るなんて。


 だが。


「そうさせたのは、僕だ」


 マナを遠ざけたのも。


 マナを惚れさせたのも。


 マナを愛しているのも。


 全部、僕だ。


「マナは、あかねと私が幸せなら、それでいいって。あの子は、私たちのことが、大好きだった」

「そんなの、身勝手すぎる」


 願った幸せの分だけ、君は幸せになれたのか。


「なんで、死んじゃったんだよ……。死ぬくらいなら、自分の幸せだけ見てろよ……」


 あの日、ただ一言、君が好きだと言えたなら、何かが変わっていただろうか。


 彼女を生き返らせたい。どちらの願いも、まなに頼めば、それは叶うだろう。――だが、そうしたところで、マナは喜ばない。自分のために、まなが不老不死となることを、望むわけがない。


「これだけマナに想ってもらったんだから、あかねも、幸せにならなきゃ」

「――そうだね」


 目尻に残る涙を指で拭って、頬をパンと叩く。それから、台所へ向かい、包丁を手に持つ。


「何するの?」


 彼女の問いかけに、行動で応える。



 ――太ももまで伸びた長髪をまとめて、スパッと切った。



 驚いて、口をぽかんと開けるまなに、切り立ての琥珀髪を差し出す。


「これは、僕が朱里に囚われてきた証なんだ。朱里の代わりの人生を生きてきた証。朱里を恨み続けなきゃいけないって、そう思ってきた証」


 でも。


「幸せになるためには、過去に縛られ続けるわけにはいかない。朱里への恨みや憎しみを、すべて捨てなきゃならない。それが、どれほど、つらくて、苦しいことでも」


 マナの願いを叶えたい。


 だから僕は、朱里に、僕のされてきたすべてをやり返すことを、諦める。彼女の目の前で自殺することも。



 いつか、それを悔いる日が来るのかもしれない。


 なぜあのとき、彼女の心を生かしておいたのだろうと。



 いつか、自分に問いかける時が来るのかもしれない。


 本当に僕の心は、それで満足しているのかと。



 それでも、僕は。



「マナのために、幸せになるよ」



 琥珀色の髪を魔法で燃やした。


「いい顔してる」

「そうかな」

「うん」


 しかし、そのためには、僕がしてきたことを、遡らなければならない。


 朱里をまなの体に憑依させてしまったことや、まなが背負うことになった代償。運命を入れ換えたことや、命の石を体内に埋め込んだこと。


 そのすべてを、精算しなければならない。――本当に色々と、過ちを冒した。


「これから、どうするの?」


 まなが尋ねる。


「ま、色々やることはあるし、まなちゃんに説明しなきゃいけないこともたくさんあるんだけど……とりあえず、あれだね」

「あれって?」


***


 すでに春休みに突入している学校へ行き、


「テスト、受けさせてください!」


 平身低頭、誠心誠意、各教科の担当に頼んで回った。しつこさと押し売りには定評のある僕。


 まなから事前に情報を得ていたため、出席日数が足りていることは分かっていた。あとは、試験がどういう扱いになるかというだけの話だ。受けさせてもらえるまで、諦めるという選択肢はない。いっそ、訴えられても迫ってやる勢いだ。


 そうして、僕は、勢いだけで着々とテストの予定を取りつけていた。


「あとは、ティカちゃんだけか」


 ティカちゃん先生の担当は魔法学だ。一応、僕の得意科目と苦手科目について述べておくと、得意なのが魔法実技、そして最も苦手なのが、魔法学だ。


「お願いします、先生。後はティカ先生だけなんです!」

「他の担当をどう落としたかは知らないが、私はそんなに甘くはないぞ」

「あ、はい。それは知ってます」

「お前な……。まあ、お前の前期の成績を見る限り、受けても受けなくても同じだと思うけどな」

「今回は、ちゃんと勉強しますから! お願いします!」

「宿題も、人のを丸写ししてくるようなやつを、どうやって信じろと?」

「……知ってたんですか」


 宿題はまなのを写させてもらっていた。だから、僕の知識は空だ。


「お前にだけ話すが、クレイアの成績が落ちたのを知っているか」

「え、まなちゃんが? いやでも、まなちゃんって、天才だし、特待生ですよね?」

「クレイアが天才? そう思ったことは一度もないな。ゴールスファは、本物の天才だったが」

「どゆこと? ……あ。デ、デスカ?」


 ティカ先生はため息をついて、それから少し、笑みを浮かべた。


「クレイアは確かに、勉強が得意な方ではある。だが、天才というほどではない。人並み外れた努力あってのことだ。そんなクレイアと、同じ解答をしていたら、写したことはすぐに分かる」

「確かに、まなちゃんって、勉強ばっかりしてるイメージでした」

「そして、そのクレイアの成績が落ちた。どういうことか、分かるな?」

「……努力が減ってしまった、ということですか」

「そうだ。何があったかは知らないが、おそらく、クレイアの来期の奨学金は無くなるだろうな」


 僕のせいだ。僕が彼女を一人でいられなくした。彼女に朱里の分の時間を背負わせてしまった。そのせいだ。

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