第6-6話

 最低だ、僕は。そんなことを言いに来たわけじゃないのに。


 マナは、意味もなく周りを傷つけるような人じゃない。常に、周りに誰かいるような、そんな人だ。


 分かっていたはずだ。何か理由があるのだと。好き好んで一人でいるわけじゃないと。


 すると、彼女は。


「ふっ、あはっ、あはははは!」


 タガが外れたように、笑い出した。


「何笑ってんのさ、気持ち悪い」


 また、心にもないことを。


「あかね。――今、幸せ?」


 脈絡のない問いかけに、僕は首をかしげる。


「私と別れてまでしたかったこと、ちゃんと、できた?」

「え、あ、うん、それは、まあ……」


 運命を入れ替えることに専念するために、僕はマナと別れたのだ。マナを幸せにしたかったから。


「――よかった」


 その笑顔に、時が止まったのではないかと錯覚するくらい、僕のすべてが絡めとられた。そのまま意識を失いそうなほどに、全身が歓喜に震えていた。


「私、あなたのこと、待ってた。蜂歌祭のとき、あなたなら来てくれるって、信じてた」


 心臓に、優しく爪を立てられたようだった。ハイガルを殺そうとなんてしていなければ、確実に間に合っていた。


「ずっと、大好きだったよ。――さようなら」


 開いたままの扉から、胸を優しく押されて、外に出される。


 その笑顔を最後に、何も伝えられないまま、扉は閉まった。


***


 戻ってきた僕を見て、まなはすぐ、異変に気がついたらしかった。


「君のせいじゃないよ」


 口を開きかけるまなに、そう告げる。


「僕に、勇気が足りなかったんだ」

「どういうこと?」


 彼女の優しさに甘えて、僕はすべてを打ち明けた。


 ――分かってしまった。僕がマナ以上に愛せる人など、この世にいないのだと。


 それでも僕は、まなに、すがるしかなかった。


「どうして、こうなっちゃったんだろう……」


 最初から、すべて間違っていたのだろうか。


 もし、呪いのことを隠したまま、マナと一緒になっていたら。マナを幸せにしてあげられたのかもしれない。


 後に、僕がいなくなるとしても、今だけは。


 もし、何も告げずに、マナから離れていれば。マナは、僕にとらわれ続けなくて済んだのかもしれない。


 いや、一番悪いのは、ハイガルを殺そうとしたことだ。マナと一緒にいたいと願うあまり、僕は願いを得ることを急いた。



 それらを抜きにしても、僕たちは、別れた方が、幸せだったのだろう。



「今日は、ゆっくり休んで。また明日、一緒に考えよう?」


 そうして、何も考えず、彼女に身を委ねることがどれほど楽か、このとき、僕は知った。


 全部、どうでもいいと、諦めてしまうのが、一番苦しいようで、一番、簡単なのだと。


***


 ――次の日。僕はまなと一緒に、学校を休んだ。普通は休まないのだと、朱里が言っていたが、そんな常識すらも欠落した僕には、学校を休むことへの抵抗感というものがまったくなかった。


「まなちゃんは、こうやって休んでると、悪いことしてるなあって、そう思う?」

「頑張りすぎなくていいと思う」


 ベッドの上で、小さい体を抱きしめる。


「一日、こうしてていい?」

「うん。ちょっと、熱いけど」


 まずは、ちゃんと、謝ろう。何か、マナの好きなもの――高いお肉とか持って。それから、今度こそ、想いを伝えよう。いや、食べ物で釣るのは卑怯かな。


「やっぱり、ちょっと出かけない?」

「どこに?」

「美味しいお肉が売ってるお店。マナにあげようと思って」

「それなら、ネットで買えないか、調べてみる」


 二人で色々と調べて、結局、魔法通販で購入した。一瞬で届いた。お金は魔法通貨からばっちり引かれていた。ちなみに、この世界では現金を使う方が珍しい。


「あー、お金が消えた」

「これから稼げば、なんとかなるよ」

「そうだね」


 その肉を空間収納にしまう。こちらの方が、冷蔵庫よりも格段に鮮度を保てる。


「花は持っていかないの?」

「マナって、花より団子なんだよねえ。むしろ、僕の方が花とか好き」

「じゃあ、指輪とかは?」

「え、指輪?」

「うん。マナの部屋、たくさん宝石があるから、そういうの、好きなのかなって」


 その宝石たちは、全部、僕がプロポーズするとき、彼女にあげたものだ。


「……もしかして、僕、プロポーズしようとしてる?」

「違うの?」

「待って、ちょっと考える」


 いやいや、昨日の明日でプロポーズは、さすがにおかしくない? マナも何考えてるか、全然分かんないし。


「でも、マナが好きなんでしょ?」

「うん」

「結婚するんでしょ?」

「そりゃ、できればね?」

「じゃあ、いいじゃない」

「でもさ、プロポーズって、こんなボロ宿ですることじゃなくない?」

「明日、休みだし、どこかに連れて行ってあげたら?」

「えぇ、そんな急に? 心の準備ができてないんだけど……。やっぱり、謝るだけでいいんじゃないかなあ」

「まあ、あかねがそう言うなら」


 微妙に噛み合わなさを感じながらも、結局、指輪は用意しなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る