第6-5話

「今日は、アイを振った日なんだ。ちょうど、一年前の今日。だから、やめよう」


 確信があるならいい。アイが僕を受け入れてくれるという。


 だが、彼女の傷を広げてしまうかもしれないのだ。


「なんでマナを振ったの?」

「それは――」


 言えない、と、答えようとして、そう答えたら、まながどう思うか考えてみた。


 きっと、すごく、傷つくだろう。彼女は弱い。だから、守ってあげたい。


 だが、本当の理由を言うことは、できない。


 世界の根幹に関わる話だ。十五の誕生日に、『世界のすべて』を思い出した僕や、一部の者にしか分からない話だ。


 最大限、簡単に言うとしたら、


「かわいすぎたから、かな」


 彼女を好きになること自体、罪だった。すべてを忘れていたから、好きになってしまった。気づいたときには、この想いを捨てることなど、できなくなっていた。すべてと引き換えにしても、彼女だけは幸せにしたいと。


 ――そう考えて、余計に傷つけたのは、どこの誰だよ。


 考え事に耽っていると、扉が静かに開かれ、最愛の少女が、桃髪を揺らして出てくる。首にはヘッドホンをかけていた。


「あの。扉の前で話されると、聞きたくなくても全部聞こえるんですが」


 すると、まなは、僕の背中をぐいぐい押して、アイの部屋に押し込めた。


「いやちょっと、まなちゃん!?」

「ほら、入って入って!」

「そんなに押されたら――うわあっ!?」


 アイの方に倒れる。これは合法的に押し倒せる流れでは――と思ったら、がっしり支えられた。


「大丈夫ですか?」

「ああ、うん……」


 そういえばアイ、めちゃくちゃ強かったな、と、少し残念に思う。人類最強の名は伊達じゃない。


「あかねが、何か話したいことがあるそうよ。それじゃあ」

「あ、ちょっ、おい!」


 まさに、脱兎のごとく、まなは逃げていった。あいつ……。


「まなさんを一人にして大丈夫なんですか?」

「あれ、確かに……。ま、本人がいいならいいんじゃない?」

「そうですか。それで、話というのは?」

「え、あ、いやあ……」


 女の子に愛を囁くくらい、いつもならなんてことないのに、今に限って何も言葉が出てこない。


「そういえば、アイ、僕に話したいことがあるって言ってなかった? だいぶ前だけど」

「それは、爆発沙汰になりかけたときの話ですか?」


 ――ああ、逃げてしまった。


 アルタカモールでの爆発を障壁により防いだとき、「後でお話があります」と言った彼女は、その後、僕の首を絞めて気絶させ、王都へ向かい、襲撃にあって意識を失った。


「別にいいですよ、あんな前の話」

「いや、僕が気になるんだよね」

「では、お聞きしますが。――あのとき、どうして反応できたんですか?」

「え?」

「あなたの反射神経が優れているのは知っています。ですが、あの黒い箱を見て、咄嗟に爆弾だと判断し、最適な処置を取ることは、極めて困難です」

「困難ってことは、不可能ではないんだよね?」

「はい」


 と言い置いて、彼女はこう続けた。


「あの場に爆弾があることを知っていれば」


 確かに、僕はあそこに爆弾があることを知っていた。だが、それは、未来の二人から聞いたからだ。


 とはいえ、それを正直に話すこともできない。片方は、未来の彼女だから。


 同じ時空に同じ魂が存在することは、許されていない。それが、彼女たちが時空の狭間にいる最たる理由だ。


 ――二つの魂が出会ってしまったら、どちらかが、消滅しなくてはならない。どこかで聞いたような話だ。


「どうして、爆弾があると知っていて、あそこに私とまなさんを連れて行ったんですか?」


 黄色の瞳が正面からぶつかってくる。それを僕は、できる限り、受け止める。


「あの爆発は、王国の威信を落とすことと、国のトップである君を殺めることを目的としたものだった。もし、あそこに君が来なかったら、今度は別の場所で同じような爆発が起きてた。でも、僕が知ってるのは、あのショッピングモールで爆発が起こるってことだけだった。それじゃあ、防げない。だから、連れて行った」

「……そうですよね。やっと、分かりました」

「ごめん、危険に巻き込んだりして」

「私を、遊びに誘ってくれたわけではなかったんですね」

「へ?」


 遅れて理解が追いついた。もちろん、半分は誘うしかなかったからだが、もう半分は、彼女と遊びたかったからで。


「いや、半分はそうだけど、もう半分は――」

「その半分だけで、本当に私を誘ってくれましたか?」

「誘ったに決まってるじゃん!」

「でも、その前。まなさんが地図を買いに行ったとき。睡眠薬を使ってまで、私を置いて行きましたよね」

「あれは――!」


 君を危険に巻き込みたくなかったからだ。とは、言わせてもらえなかった。


「王都へのお見舞いにも、数回しか来てくださらなかったとお聞きしましたが」

「それは、エトスが会わせないっていうから、仕方なくて」

「本当に想っているなら、会えなくても、来てくれますよ。あなたは、そういう人ですから」


 あの頃は、まなの願いを手に入れることに必死だった。それに、ハイガルとまなの邪魔になると思った。


「意識が戻ったときは、会いに行ったじゃん。でも、君が拒絶した」


 死ねと言われたのを、覚えている。二度と顔を見たくないと言われたのも。だからこれでも、今日まで、関わりを避けてきたつもりだった。


「全部、私のせいですか」

「そうは言ってないよ。でも」

「でも?」




 君が好きだと。どうして、言えなかったのだろう。




「――僕は、悪くない。まなちゃんに酷いことして、周りを突き放して、勝手に一人になってたのは、マナだろ」

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