第6-3話
朱里が自殺したとき。僕はどうしても、自分の心が分からなかった。
「相談はしなかったけど、でも、お兄ちゃん、ボクが死んで、嬉しかったでしょ?」
朱里はいつもと同じ、自然体で、そう言うのだ。朱里は、自分が僕に嫌われていることを知っている。
そして僕は、朱里の考えていることなら、たいてい分かる。ずっと、一緒に過ごしてきたから。
「うん、嬉しかったよ、すごく」
そう答えるのが正解だ。
「やっぱりねえ。ボク、お兄ちゃんのことなら、なんでも分かるから」
いや、朱里じゃなくても、こんなことをしてくる相手が嫌いだってことくらい、分かるとは思うけど。
「魂だけになってる間、ずっと僕に取り憑いてたの?」
「うーんとね。最初の一週間くらいは、意識がぼやあってしてたけど、だんだん、これがお兄ちゃんだあって分かるようになってきて、そこからはわりと一緒にいたよ」
「わりと?」
「うん。お兄ちゃんが瞬間移動とか、時間停止とかすると、生霊じゃあ追えなくてさ」
「……ごめん、置き去りにするつもりじゃなかったんだけど」
「ははっ、知ってるよ、そんなに怖がらなくても」
よかった、何もされなくて。
「何にもしないよ、って言っても、信じてもらえないと思うけどさ」
と、朱里が言う。
「もう、二ヶ月くらい何もしてないんだから、そろそろ、信じてくれてもいいじゃん」
果たして、なんと返すのが正解なのか。
「あ、返事とか求めてないから」
――ということらしい。
いまだに、彼女が破壊神の記憶を受け継いでいるのかどうかも聞けていないくらいだ。僕も主神の記憶を取り戻したことは話していないし、聞かれてもいない。
「もしあれだったら、ボクが勉強教えてあげようか?」
「え、マジで? いや、でも、やる気が一切、起きないんだよねえ」
「ふーん。ま、いいけどねえ」
しかし、こうして、朱里と一緒にいても、何をすればいいのか分からない。謎に緊張する。まなの姿だからだろうか。よく分からない。
「そんなに暇なら、掃除でもしてたら?」
「え、あ、ああ、うん、そうだね」
――調子狂うなあ。
「でも、まなちゃんの部屋って、隅々まで掃除が行き届いてるんだよねえ。タンスの裏も、シンクの中も、鏡もコンロも換気扇もピッカピカで、掃除するとこないんだよね。ほんと、気持ちいいよ」
「……お兄ちゃんって、掃除馬鹿だよね」
「そう? あ、料理でもしよっかな。朱里、何か食べたいものとかある?」
「良妻か」
「いや、今日、朱里、誕生日だからさ。プレゼント買う暇なかったし、何か作ろうとは思ってたんだよ」
すると、朱里は、興味なさげに、
「そっか」
と、呟いた。
僕は、どうしても、そこに残り続けるものを渡すのが、嫌だった。別に、ケーキでもなんでもよかったが、それで朱里が喜んでいる顔を見たことがなかったので、やめた。
「誕生日おめでとう、朱里」
「生まれてこなければよかったのにね」
それを、否定してやることは、できなかった。
なんやかんやで、ポテチをリクエストされたので、作っていく。まずは、じゃがいもを調達するところから。
「はい、こちらに用意しましたのは、魔王が家庭菜園で育てている、魔力たっぷりのおじゃがです」
「魔王にそんな趣味が」
「これをね、包丁で薄く切っていきます」
朱里は皮つきが好きだ。いや、さすがに、芽を残すとかはしないよ?
「スライスした方がいいんじゃ……って薄っ、しかも相変わらず速っ」
「タンタタタン、と切り終えたらね、これを水に浸します」
その間に、包丁とまな板を洗っておく。
「水気取るんじゃなくて?」
「うん。仕組みは知らないけど、これを二、三回やるとパリパリになる」
「なるほど、デンプンを洗い流してるんだ」
「水もね、水道水だとあれだから、ちゃんと、チアリタンの地下水、汲んできたよ」
五百ミリのペットボトル五つ分。
「燃やしたくせに恩恵は受けるのね」
「そして、水が白くならなくなったら、キッチンペーパーで水気を取る、って言いたいところだけど、キッチンペーパーごときに頼るのは癪だから、魔法で瞬間乾燥しまーす」
「キッチンペーパー様に何ということを」
いつも髪を乾かしているのと同じ要領で、しなしなのじゃがいもを一瞬にして乾燥させる。
「さあ、いよいよ、揚げます!」
「おお、ついに!」
「油はポテチメーカーが使ってるって噂のやつを買ってきました」
「そんな油があるのか」
適当に調べたら出てきた。多分デマ。
「低温で、じっくりやるといいんだよ」
「へー」
「くっつかないように注意してね」
「ふむふむ」
昔から、僕が料理をしていると、朱里はその様子を見に来ていた。
その料理をゴミ箱の中でぐちゃぐちゃにされて、手掴みで食べるよう指示されたところまで、バッチリ覚えている。いや、今は忘れよう。
「それで、何味にする?」
「塩とコンソメとホ――」
「却下」
「えーなんで? ホイサバ、いいでしょ?」
「僕の可愛いポテチたちに、そんな酷い味つけはできません」
「酷くないよ。だって、ホイップクリームと鯖の水煮を合わせた味だよ? 両方食べ物じゃん」
「ホイサバを食べ物とか言い出したら、土食べてた方がマシだね」
「そんなに?」
「そんなに」
ホイサバとは、世にも名高いホイップクリーム鯖サンドの略だ。マズイことで有名。石を舐ってた方が数百倍マシ。昔、胃に穴が開くまで石と砂を食べさせられたことがある僕が言うのだから、間違いない。それはさておき。
「大人しく、わさび醤油くらいにしておきなさい」
「はあい」
そのポテチたちを、調味料と一緒に袋に入れ、割れないよう気をつけながら、しっかり振って味をつける。
「よし、できた」
「……時間かかりすぎて、食べる気失せたあ」
「あ、そう。じゃあ、僕一人で食べちゃお」
「やっぱり、ボクも食べるー」
――うん、結構、美味しい。手間をかけただけのことはある。
「うまっ。手作りの味じゃないね、これ」
「ははっ、何回も作ってるし、手作りだよ」
ポテチを床にばらまいて、足で粉々に踏み潰し。
ペースト状にした後で、「汚い」と一蹴して。
全部便器に捨てて。その上。
――もったいないから食べろ。
と言ったあの日を、僕はどうしても、忘れることができない。
一瞬、アイにおすそわけしようかとも思ったが、拒否されることは分かっていたので、やめることにした。
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