第6-2話

 ある日。いつも置き勉で一杯になっている引き出しの一番上に、見覚えのないものが入っていることに気がつく。


 ――それは、一冊のノートだった。


「なんだろう」

「どうしたの?」


 一緒に登校してきた白髪の彼女――まなが、首をかしげる。入れ替わりに規則性がなく、その都度、合言葉で確認しているから間違いない。


「いや、ノート――」


 と言いかけて、ふと、まながアイにノートを持っていったときのことが思い出された。となれば、これも、まなが作ってくれたノートか。


 しかし、手渡ししなかったということは、問いつめたとしても、「自分が作った」とは言わないだろう。まったく、素直じゃない。


 それならばと、大人しく受け取っておくことにする。ペラペラとめくってみれば、やはりそれは、テスト範囲を一冊にまとめてくれたもののようだった。思わず、釘づけになってしまうほど、なぞりたくなってしまうほど、惚れてしまいそうなほど、綺麗な字だ。


 ……勉強、しなきゃなあ。


「やっぱり、なんでもない。ありがとう」


 ちなみに、隣にはいつも通りアイが座っている。今日は、黙々と勉強をしていた。


「アイは、テスト受かりそう?」


 ――はい、安定の無視。


「ま、アイちゃんが落ちるはずないよねえ。まなちゃんはどんな感じ? 確か、入学したときは首席だったよね」

「ええ、まあそうね」


 そう、この少女は、何においても、天才、頂点、人類の到達点、などと評されるアイを差し置いて、学年トップの成績を修めているのだ。その上、前期のテストはすべて満点だったらしい。


「入試も満点だったの?」

「ええ。そうよ」

「もはや、人じゃないよね。――ちなみに、アイはどこを間違えたの?」

「社会、問五、(二)、魔族と人間の戦争について。この戦争はどちらの勢力によって始められたものですか。理由を述べ、簡潔に答えなさい」


 無視されるかと思いきや、普通に答えてくれた。ちなみにここ、ノア学園では、入試問題はすべて返却されることになっている。直しを全問正解にして提出するとかいう、かなり無謀な課題が出た記憶がある。


「へー。僕は、魔族って答えたけど。アイは?」

「人間。レイノン・ミーザスが、魔族を打ち負かさず、和平の道を進む、ないしは、魔族に勝利した際、勇者町譲渡を行わなければ、戦争は続かなかったから」

「それで、バツだったの?」

「二点引かれました」


 そっか、あの記述、五点満点だっけ。


「あかりはなんて答えたの?」


 と、まなに尋ねられる。


「僕は魔族が悪いと思います。なぜなら、最初に勇者たちに手を出したのは魔族だからです、だったかな」

「それ、点数もらえたの?」

「一点、おまけでもらえた。――それで、まなちゃんはなんて?」


 まなはさも当然といった様子で、


「どちらとも言えない、って書いたわ。戦争なんて、どっちも悪いに決まってるでしょ? どっちかだけが悪いなら、それは戦争じゃなくて虐殺よ」

「あー、なるほどねえ。確かに、ごもっとも」


 その後に、まなはこう続けた。


「でも、この千年戦争をどっちから始めたか、って聞いてるんだから、そんなの、先に魔族をボコボコにした勇者で間違いないわよね。魔族が手を出したって言っても、一人の人間を殺しただけなんだから。戦争にまで発展させなければよかったのよ。そのせいで何人死んだか、分かったもんじゃないわ」

「人の命に重さはないですからね。やはり、数だと思います」


 と、アイが少し嬉しそうに言った。しかし、僕はそうは思わない。


「命の重さには、明確な差があるよ」


 それだけ言い残して、僕はホームルーム前から、早速、睡眠に入ることにした。


***


 ノートをペラペラとめくってみると、これでもかと言うくらい、分かりやすくまとまっていた。僕でも分かると言えば、どれほど分かりやすいか伝わるだろうか。しかも、一冊で全教科を押さえている。


「ま、でも、これだけ分かりやすいなら、今すぐやらなくてもいっか」


 テスト二週間前。しかし、僕にテスト前の緊張感などというものはなかった。


 そんなことよりも、朱里の機嫌をとる方が大事だ。


「どうする、どこか出かける?」

「お兄ちゃん、テスト前でしょ? 勉強しなくていいの?」


 と言いつつ、朱里は床に寝そべって、僕の次に大好きなゲームを、ぽちぽちやっていた。


「いや、その言葉、そっくりそのまま返すけど?」

「ボクとお兄ちゃんを一緒にしちゃあダメだよ」

「うわ、ずるっ」

「そりゃあ、ボクは恵まれてるからねー。まあでも、勉強しなくても大丈夫だよ。ボクが一生、養ってあげるからさ」

「一生、ね」


 自殺したくせに。


「お兄ちゃん、何か怒ってる?」


 ――マズい。もし、怒っていると思われたら、何をされるか分からない。いや、怒っていてもいいが、その理由が朱里の利益になるものでなくてはならない。


「怒ってるよ。僕の可愛い妹が、勝手に自殺したからね」


 きっと、これが、最善解だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る