第5-2話
本題に入ろう。なぜ時を止めたかと言えば、復讐の是非を問うためだ。
「朱里を生き返らせて、僕がされてきたこと全部やり返して、不老不死にした後、誰からも愛されなくなるように魔法をかける。それで、呪いを解いて、運命を書きかえて、僕は死ぬ。そういう算段なんだけど、どう思う?」
「やり口が、なんて言うか……あたしには思いつかないくらい、悪いわね」
(まな)がいい子なのは分かった。
一方の、愛の評価は──、
「そんなのでいいの?」
「やっぱり、足りないかな?」
頷く愛と尋ねる僕に、(まな)は引いているらしかった。
「一人はすごく、辛いわよ……?」
確かに、一人は、辛いときもある。だが、人による。朱里の場合、おそらく、そこまで一人が苦にならないタイプだ。
「朱里は、一人でいること自体はいいんだけど、僕から嫌われることを、極端に恐れてる」
「じゃあ、嫌いって言えばいいじゃない」
すると、愛は(まな)の頭をぽんぽんと撫でた。気持ちはすごくよく分かる。
「正面から嫌いって言ったところで、嫌われてるとは思わないだろうねえ。ま、無視するのが一番効果的なんだろうけど──それじゃあ、足りない。僕の心が満たされない」
彼女以外の嫌いな相手であれば、なんとでもやりようがあるが、相手はあの狂人だ。もっと別の方法を考える必要がある。
「相手に興味がないことを示すのって、難しいよね。普通は、興味がないってことを示そうとは思わないし。今、こうして、あの子のことを考えてることでさえ、僕にとっては不快だし」
「──あれ、そういえば」
(まな)が呟く。
「どうしたの?」
「あんた最近、教会とか行った?」
「いや、考えたこともなかったけど」
なぜそんなことを聞くのか。
「あんたの背後霊、いなくなってるわよ」
「僕、背後霊なんていたの!?」
ここへ来て急展開だなと思いつつ、僕は懸命に考える。思い当たることなど、見つかりはしない。──いや、一つだけあるか。
「それって、こんな色の髪の、ツインテールの女の子だった?」
僕は自分の長い琥珀髪を前に持ってきて、まなに見せつける。
「ええ。かなりヤバそうな感じだったわ」
「……ずっといたってことか。マズいな。──いや、待てよ。このタイミングでいなくなったってことは……まさか──!」
「それは違うよん」
そう言って、停止した時間に割り込んできたのは、れなだ。はっとして辺りを見渡すと、ゼロ地点が彼女の周りに移動したらしく、場所が変わっていた。
それに驚いた(まな)は、あえて、凶悪な笑みを浮かべながらも、背後の愛にぴったりと背中をくっつけていた。
れなはそんな(まな)を、赤い瞳で一瞥して、興味を失ったように、こちらに向き直る。
「れなさん、やっと来ましたか」
矢を放つ際に時を止めたのだから、ここに二人がいることは、そのときから知っていたはずなのだ。
「あたしはあかりんみたいに、ぽんぽん時を止められるわけじゃないからねぃ」
「それで、何をしに?」
れなは人差し指を立てて、「一言だけ」と前置きする。
「朱里の魂、天界に戻しといたから。それだけ」
「それだけって──」
「『この世界で起こりうる可能性のすべて』が見える、賢者の決定だから。そいじゃ」
「ちょっ、まだ話は──!」
そうして、れなはどこかへと移動してしまった。マジかよ。
「まあ、元気出しなさい。何一つ分からないけれど、きっと、なんとかなるわ」
「雑な慰め!」
「何かあっても、私が慰めてあげるから、大丈夫」
「めちゃくちゃ優しい……。愛、好き……」
「──なんか今、イラッとしたわ」
「なんで!?」
***
元の位相──眠るまなの隣に移動し、手を繋ぐことで、時間停止を解除する。
れなのやらかしたことを簡単に言うと、「干渉のしすぎ」ということになる。もう少し詳しく言うと、死神は決められた魂しか扱ってはならないのだ。
そして、天界の規則を破れば、当然、罰が下る。天罰、というやつだ。
──つまり、れなの言ったことを要約すると、こうだ。
れな、死ぬかもしれないから、後はよろぴくー。
「ふざけるなよマジで……」
死神が死んだら、誰が地上の魂を刈り取るんだ、という話。亡くなった生物の魂が地上に残り続け、何かの拍子にもとの体以外の体に入ると、ゾンビになる。基本的に、土葬なので、死体はその辺に残っているのだ。
最悪、世界がゾンビパニックになる。
「僕、怖いの嫌なんだよねえ。それに、ゾンビって、黒い二本の触覚が──まるでやつみたいだし」
想像するだけで気持ち悪い。気を紛らわせるために、寝ているまなの頭を撫でる。
「んにゃあ……」
「変な寝言」
まなは幸せそうな顔をして、白い頭をすりすりと手に寄せてくる。こうされていると、安心するのだろう。
「ふあぁ……ねむ……」
時間を止めていた分の疲れが、だんだんと押し寄せてきた。張りつく汗を乾かそうと、襟首をぱたぱたと動かすが、不快感は拭えない。
そうしてそのまま、僕は眠りに落ちて──。
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