第5節 苦しい
第5-1話
その日は、少し用があって、時を止めていた。
「なんで生き返らせないの?」
白髪の少女が特に深い意味もなく、そう尋ねる。
「多分だけど、もうちょい仲良くならないと、まなちゃんに願いを聞いてもらえないと思うんだよねえ」
「その心配はないわ」
少女は、はっきりと否定する。
「いや、分かんないじゃん。もしかしたら」
「ないわね」
「……なんでそう言いきれるのさ」
「なんで? 変なこと聞かないでくれる?」
少女はこう続けた。
「あの子はあたしなんだから、分かるに決まってるでしょ?」
そんな少女――仮に(まな)としておくが――その言葉を受けて、僕は返す言葉を失う。
「あのとき、あのまま、まゆみのことを忘れてたら。あたしは、まゆみへの想いを肩代わりした相手になら、なんでもしたと思うから」
すると、いつも通り、(まな)を抱きしめている愛が、少女の顔を覗き込む。
「私に親切にしてくれたのは、嫌われないため?」
すると、(まな)は困った顔をして、
「あたしは、あんたの大好きな『まなさん』じゃないから、正しいことは分からないけれど。それだけじゃないと思うわ」
「それだけじゃ、ない?」
「ええ。きっと、あんたのことが、大好きだったのよ。それで、心から何かしてあげたいって、そう思ったんじゃないかしら」
すると、愛は(まな)に顔をうずめて、いつものように、泣き出した。
――本人たち曰く、彼女たちは、未来の『まな』と『マナ』らしい。その上、それぞれ、違う時系列から来たのだとか。
ただし、体は元の年齢に戻っているため、本物たちと見た目に差異はない。髪型が違うくらいだ。
だが、人とはこうも変わってしまうのかと、そう思うくらいに、彼女たちは僕の知っている人物とは全然違う。
「それで? なんで、生き返らせないのよ?」
「いやあ、それは……」
「まさか、迷いがあるの?」
僕は、黙って頷く。すると、愛ががばっと顔を上げて、僕の顔を見て、涙を流した。
「愛、涙腺ガバガバだねえ……」
「私のあかねはっ、そんなこと、言わなかった、と思う」
その上、愛は訳あって、僕のことをまったく覚えていないのだとか。それなのに、僕を見ると、酷く心が痛むのだそうだ。
――それにしても、私のあかねとは。僕も言われてみたいものだ。
「そりゃあ、僕とマナが結ばれるためには、朱里を生き返らせるしかないからねえ」
「じゃあ、今は、結ばれたくないの?」
「そういうわけじゃないんだけどさ」
愛の問いかけに歯切れ悪く答えると、
「……もう死にたがってるわけ?」
嫌になるほど鋭い、(まな)の指摘が飛んできて、僕は口をつぐむ。そして、出会って初めて、二人に少しだけ、事情を語る。
「ほんとは、僕、死ななきゃいけないんだよ。そういう運命だから。でも、普通に、死にたくないんだよねえ。マナと、死ぬまで幸せでいたい。だから、朱里を生き返らせて、運命を入れ替えようって。……そう、思ってた」
「でも、マナの辛そうな顔を見るのが耐えられないわけね」
情けない話だが、僕はマナのあんな顔は見たくない。壊したいが、壊れるのは嫌だ。一生に一度しか食べられないなら、美味しいものは、死ぬまで食べずに取っておきたい。
「死にたがる……?」
愛はそう呟いて、抱きしめる手に力を込め、(まな)越しに、黄色の瞳で僕を睨みつける。そして、
「あなたは、死にたいの?」
また、涙を流す。
「愛って、ほんとによく泣くよね」
「誤魔化さないで」
「いや、誤魔化してるつもりは――」
「じゃあ答えて!」
大声で驚かせないように、(まな)の耳を塞ぎながら、彼女は叫ぶ。アイならこれで騙されてくれるが、彼女はそうもいかない。
「少なくとも、死んだところで、救いにならないってことは知ってる。どうせ、上に行くだけだからね」
僕は上を指差す。この世界では、死後の行き先が決まっている。上での暮らしも、だいたいこちらと同じような感じだ。
ただし、運命の書きかえは、地上でしか行えない。だから、死ねない。
「死にたいって言うより、消えたいって感じだね。もう無になりたい。生きるのも死ぬのも、大変すぎるよね。まあ――」
自業自得なんだけどさ、と言いかけて、僕は閉口する。
「まあ、何よ?」
「いや、なんでもない」
すると、急に、愛はいぶかしむ(まな)を脇に置いて、僕の目の前に立ちはだかる。
「生きて」
「え、急にどうしたの?」
「生きて」
「な、何――」
「生きなさい!」
混乱する思考に、続けてマナの憤怒が叩きつけられる。
「私は、あなたのせいで……っ。生きてよ! それくらい、簡単にできるでしょ!? 運命なんて、わけの分からないものを入れ替えるより、今日一日を生きる方が簡単だって、それくらい、私でも分かる!」
「そうだけどさ……」
「それでも頑張れないって言うなら、私とあの子のために、生きて」
「愛とアイのために? いや、でも僕、殺されかけたんだけど」
「あれは――!」
何事か言いかけた愛の口を、(まな)が塞ぐ。
「それは言っちゃダメよ。あの子の想いを踏みにじることになるわ」
「……分かりました」
そうして、愛は(まな)を抱え直して、座った。
「とにかく。あなたは、生きて」
「いや、でも――」
「嘘でもいいから、うんって言って」
嘘でもいいからとは、ずいぶんな言い様だ。
「……分かったよ。ちゃんと生きてみるから」
「よろしい」
そう言う愛の笑顔は、いつか見た、アイの笑顔と同じだった。
そして僕は、しばらく、アイの笑顔を見ていないことに気がついた。
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